火蓋は下すと熱いんだからッ!
アガマ部隊が森へ駆けていったあと、魔王城前には静けさが戻っていた。
ウスターとダシが並んで深淵の森の暗がりを見つめている。
沈黙を割るように、ダシが控えめにつぶやいた。
「……魔王様、差し出がましいようですが。
本当に、サン・ショウに指揮を任せて良かったのでしょうか?
彼は腕は立ちますが……指揮官向きとは、あまり……」
ウスターは鼻で笑い、腕を組んだ。
「ダシよ、お前はまだ分かっておらぬな。
あやつにも成長の機会は必要だ。
……それに、あの森でサン・ショウに敵う者などおらぬ」
「……まさか、彼の種族と関係が?」
「ふむ。そういえば話していなかったか。
サン・ショウが軍に入った理由と、あやつの“力”の正体をな……」
ウスターが語り出そうとした、その時。
──深淵の森の奥、アガマ達の鳴き声が一斉に遠くで反響した。
「……森が、騒いでおりますね」
ダシの低い声が、不吉な風に溶けた。
***
一方その頃、深淵の森では──。
部隊の最後尾で、スミレがアガマの“ガマちゃん”にしがみついていた。
地を駆け抜けたかと思えば木に登り、枝から枝へ飛び移り、また地上へ。
……まじでジェットコースターじゃない。
ガマちゃんの振動で、アタシの腰が粉砕寸前なんですけど?
横でぴょんぴょん木を飛び移るソルトが、私の青ざめた顔を見てクスクス笑う。
「スミレお姉様、顔めっちゃ青白い〜。いつもの倍白いよ?」
「誰が厚化粧よ! あーもう無理っ……ぐえ……
アタシ絶叫マシンほんとダメなのー!」
「ダメだよソルト。スミレお姉様は楽しんでるんだから」
ってニヤついて言うシュガー。
「アンタら覚えてなさいよ……パンケーキに激辛ソースぶっかけてやるから」
「「こわ〜い♡」」
「はぁ、……ほんともう勘弁して……」
ガマちゃんの首にしがみつくこと約一時間。
森の魔物たちを華麗にスルーしながら、西へ一直線。
倒木をまたぎ、岩肌を滑り降り、木の陰には──ちらりと美しい泉が見えた。
あれが“精霊の泉”……?
そんなことを思った直後。
「ギャウッ!」
サン・ショウのアガマが甲高く叫び、ピタリと隊が止まる。
空気が、ふっと冷たく変わった。
アタシたち双子組は後方の枝へ飛び乗り、身を低くした。
ソルトが言う。
「お姉様、たぶん……敵を見つけたんだと思う」
「……はぁ……具合悪……で、アタシなにしたらいいわけ?」
「あー、考えてなかった。まぁ、でも今日は何も起きないと思うし」
「それ、フラグっていうのよ……」
「フラグ? 何それ、食べ物?
あ、ちょっと待って。音が聞こえない」
ソルトが目を閉じ、そっと両手を広げる。
「“風流れ、声誘う──声流れ、風伝う”
──風魔法・鳴風」
掬うように広げた手のひらの上に、小さな風の球が六つ現れ、一つを残して前方へ飛んだ。
「これで、サン・ショウの声が聞こえるよ」
魔法万能すぎじゃない?
***
その頃、サン・ショウはアガマから静かに降り、地を踏む。
前には人間軍八十名。
装備は汚れ、盾持ちは疲労している。
そして中央──妙に装備の整った一団がこちらを値踏みしていた。
(……あの大剣の男、強い。
他の者は魔物と戦って消耗している……
アガマ無しで森に入るなど正気ではない)
サン・ショウは腰元の剣に手を添えながらゆっくりと前へ歩き、最前列の男を見据えた。
「……お前が人間の指揮官か」
男は堂々と名乗る。
「いかにも。
フルールドセル王国騎士団──副騎士団長、グロセルだ。
貴様は?」
「……サン・ショウ。ナットゥ魔王国・四天王の一人。
今日は何の騒ぎだ?」
グロセルは鼻で笑って返した。
「それは……お前たちが知っているはずだ」
「……なんの事だ」
「少し前、我が王都に魔物が襲いかかった。
操られていた痕跡があった。
──魔王国の仕業だろう?」
「……言いがかりだ。我らは関与していない」
「シラを切るつもりか。
ならば、その術士を引き渡せ。
それだけでいい。
そうすれば我々は即座に撤退する」
「……答える義務はない。
知らぬものは知らぬ。その程度だ」
湿った風が、ざわりと二人の間を通り抜ける。
魔物の鳴き声すら止まり、森が息を潜める。
そして──。
サン・ショウの背後の茂み、“魔王軍側の方角”から、矢が一直線にグロセルへ飛んだ。
振り返ると、視線の端に黒い外套が草むらを這うように消える。
「……何ッ!?誰が!?」
サン・ショウは焦りを隠せない。
グロセルは咄嗟に大斧で叩き落とし、怒号をあげる。
「やはり貴様らの罠だったか!!
全隊──戦闘態勢!
魔王軍を殲滅せよ!!」
騎士たちの咆哮が森を震わせた。
その衝撃は、後方のスミレたちの元まで届く。
「お姉様……始まっちゃった」
ソルトが舌をちょろっと出す。
「ほら来た! 言ったじゃないフラグだって!
ちょっとアタシどうすんのこれぇぇ!!?」
──こうして、深淵の森にて。
魔族と人間の戦闘の火蓋は静かに、しかし確実に切って落とされた。




