アタシ、出撃?
そして、再び魔王領──。
円卓の間では、ウスターを中心にダシ、サン・ショウ、シュガー、ソルトの四天王が座していた。
「不可解だ……。攻め込むにしても、なぜあの程度の人数なのだ?」
腕を組んだ魔王ちゃんが首を傾げる。
「深淵の森はこちらの領土。地の利もある。……まさか、別の理由があるのか?」
「魔王様、また“泉”を狙っての進軍では? 探りを入れているとしか思えませんね」
ダシでさえ首をひねっている。
「もうさ、勝手に入ってくるならやっちゃえばいいんじゃない? 僕とソルトで皆殺しにしてくるよ!」
「黙りなさいシュガー。全面戦争になり得ると言ってるのですよ? 少しは自覚しなさい」
「ほら怒られた〜シュガー」
舌を出し合う双子。ダシはほんとお父さん。
……でも、アタシも気になってたのよね。
円卓に手を重ね、魔王ちゃんに向き直る。
「ねぇ魔王ちゃん。人間と小競り合いが増えたって言ってたけど、あの森でもそうなの?
もしそうなら……なんで大きな争いにまで発展してないの?」
魔王ちゃんは小さく息を吐き、地図をダシに広げさせた。
「まず二百年以上前──深淵の森は“誰のものでもなかった”。
魔物が濃すぎて、土地として成立しなかったからな」
森の中央を指差す。
「魔王国は古くから、この森の魔物を狩ってきた。放置すれば侵攻してくる。
それを防ぐために狩り続けた結果……自然と“管理”する形になった」
次に、地図の西側、フルールドセル側へ。
「一方で百五十年前まで、この入口付近には小さな村があったらしい。
フルールドセルの農民と冒険者が住み、弱い魔物を倒しながら暮らしていたそうだ」
魔王ちゃんの目が細くなる。
「だが百二十年前──村は突然、人が消え、森に呑まれた。理由は不明だ。
……かの森とはそういう場所だ」
さらに泉の位置へ指を移す。
「そして百年前。“精霊の泉”をタラゴン一世が発見し、戦争を仕掛けてきた。
我が父と相打ちになったのはここだ」
魔王ちゃんは静かに続ける。
「戦後、フルールドセルはこう主張し続けている。
“入口周辺は、昔ウチの村があったから自国領だ”と。
だが、我らからすれば二百年以上魔物を狩り続けた土地。
当然、森全域は魔王国の領土だ」
椅子にもたれながら魔王ちゃんが言った。
「領有権の根拠が“古い村の記憶”か“長年の治安維持”か……。
互いに間違っていないからこそ、火種は消えぬ。境界も曖昧なままだ」
瞳が鋭くなる。
「だから深淵の森の入口は、常に小競り合いの危険を孕む。
一歩踏み込めば“理由”にされる。……人間は、理由さえあれば剣を取るからな」
アタシは身を乗り出す。
「え、それって……あんた、いつでも好きなとこまで“領土”って言い張れるじゃん」
空気がピリッとした。
魔王ちゃんは淡々と説明を続ける。
「表向きはそうでも、あちらも森の奥は怖れている。
森の南側最奥には“深淵の神”が眠ると言われている。
挑んだ者は全滅した──そんな記録しか残っていない」
「深淵の神……? 魔物の一種ってこと?」
「そうだ。だが我でさえ知らぬ存在だ。……今回の件で刺激しなければよいがな」
沈黙を破るように、ダシが一礼する。
「魔王様。ならば我が軍が正面に出向き、敵の司令官に直接“理由”を聞いては?
森では我々が有利。対処もできます」
魔王ちゃんが笑う。
「ダッハハハハ。ダシよ、“分からねば直接聞け”か。
フフ……よい。至急、王城前にアガマ部隊を集めろ」
「はっ!」
ダシが霧のように消える。
アタシは思わずつぶやく。
「また瞬間移動……いいなぁ……」
すると魔王ちゃんがアタシの肩をぽんと叩いた。
「スミレ。今回は其方にも行ってもらう。励むように」
「はぁ!? 『励むように』じゃないわよ! ストレスで禿げるって!」
「すとれす? よく分からぬが……魔王命令だ。異論は許さん」
「あーはいはい。分かりましたよ。スミレがんばりますー……」
魔王ちゃんは口元に笑みを残したまま立ち上がり、円卓の間を後にする。
アタシ、サン・ショウ、シュガー、ソルトもぞろぞろ続いた。
そして──王城前。
エリマキトカゲのようなフリフリの首に、カメレオンのような目をしたトカゲがずらりと勢ぞろいしていた。
数は分からないけど四十くらいかしら。その隣に目が鋭い、屈強な犬の獣人が各々のトカゲの背中をさすっているのが見えた。
「スミレ、見よ。あれが我が軍が誇る”アガマ部隊"だ。
彼らは我が軍の精鋭部隊で、斥候、探索、魔法、弓、剣などは一通りこなせる。
逆に言うと全部出来なければあの森では死ぬから——なのだがな」
関心しながら魔王ちゃんの話に耳を傾ける。
「其方の分のアガマも用意してあるぞ、そこにいる首元が少し赤みがかっているのがそうだ。
……気性が荒くてだれも乗せてくれないのだが。もしかしたら其方なら……フ」
「……何笑ってんのよ。まぁ任せなさいな、クレーマー手懐けるのと変わんないでしょ?」
そういいながら近づき、頭を撫でた。
そして噛まれた。
「いったいわね!」
反射的にスラップが飛ぶ。
——”おねぇスラップ発動”——
「ギヤァァス」
ハートが飛び散り、アガマが回転しながら城壁に激突する。
えーーーー!? アタシ、『いやん♡』なんて言ってないわよ。
反射的にも出るもんなの? ちょっと、さっきの訓練でバグってない?
それより、あのトカゲ大丈夫かしら。
急いで駆け寄り、安否を確認する。
「あーん、ごめん! トカゲちゃん。生きてる?」
アガマはぴくぴくしながらも、弱弱しく目を開け応える。
ダシも急いで近づいて回復魔法をかけながらアタシを睨む。
「本当に、貴方って人は。……進軍前に戦力を減らさないでいただきたい」
その奥、魔王ちゃんは驚いた表情の後、腹を抱えて笑う。
「……ぷっ。スミレよ。其方はひどい奴だな……くっ」
「笑いごとじゃないわよ……まったく」
魔王ちゃんは腹を抱えて笑い続けてるし、ダシはため息の呼吸で森を浄化できそうなくらい呆れてる。
アガマ部隊の犬系獣人の一人が、ドン引き顔でこっちを見る。
「……あ、あの……大丈夫……ですか? その……アガマ、まだ息ありますか?……」
「いやホントごめんってば! アタシだってビンタでトカゲ飛ばすつもりなかったし!」
そう言いながらアタシはアガマの頭をそっと撫でる。
アガマは涙目で「ギャゥ……」と鳴いた。
かわいいじゃん……ごめんねぇほんと。
すると魔王ちゃんがニヤニヤしながら近寄ってくる。
「スミレよ、そやつは其方を気に入ったようだぞ?」
「は? どこがよ。今の完全にDVじゃん……」
「アガマは気性が荒く、気に入った者ほど噛む。噛んで反応を試し、気に入れば懐く。
……其方は“合格”ということだ」
「それ先に言ってよ!? アタシの後悔返しなさい!」
魔王ちゃんは肩をすくめて笑う。
「まぁよい。これでアガマと其方の主従関係は成立した。出撃の準備を進めるぞ」
サン・ショウがアタシの横でそっと笑う。
「……暴力女」
「違うわよ! 事故っただけよ! ほんとに!」
すると、さっきまで涙目だったアガマが、よろよろ立ち上がりながらアタシに身体を寄せる。
……あっ、これ完全に懐いてるわ。
「……アンタ、ほんと強い子ねぇ……」
そっと頭を撫でると、アガマは喉を鳴らして首元のフリルを小さく広げた。
かわ……いやちょっと待って、アタシこの子乗るの? これ?
魔王ちゃんが姿勢をただし、部隊全体に声を張り上げる。
「これより、魔王軍アガマ部隊、深淵の森入口へ向かえ!
敵の司令官に“侵攻理由”を直接問う!
余計な戦闘はするな、よいな! そして、今回の指揮はサン・ショウが執る。
後方に新しい幹部スミレ、そしてシュガー、ソルトを配置する。皆の検討を祈る!」
サン・ショウちゃんが、頭を下げ、犬獣人たちが一斉に胸を打ち鳴らす。
アガマたちもフリフリを広げて発声し、甲高い鳴き声が城前に響く。
そして魔王ちゃんが、アタシに向けてそっと言う。
「スミレ……其方の力、今回は頼りにしているぞ。我とダシは居残りだ。失敗するなよ」
「……いや、プレッシャー与えるのやめて。禿げるから」
「禿げても其方は其方だろう? 自信を持て」
「フォローが全然フォローじゃないんだけど!? ねぇ!?」
そんなやり取りをしてると、ソルトとシュガーも横に並ぶ。
「お姉様は僕が守るからね!」
「お姉様は私が守るからね!」
また舌を出し合いながらいがみ合う。
ほんと大丈夫かしら……?
サン・ショウがアガマにまたがりアタシの前に来る。
そして振り向かずに言った。
「死ぬなよ…………アガマみたいに」
「やめてよ……泣いちゃうから……ってか殺してないつーの!」
そして、アタシもアガマの背中にしがみついて乗り込んだ。
「もう、やってやるわよ。……そうだ、アンタ名前つけなきゃね?
……ガマちゃんにしましょう。アタシもオカマだからなんか親近感あるし」
「ギャアス」とだけ鳴いて前を向く。
ふわっと身体が浮いて、アガマの首のフリルが風になびく。
魔王ちゃんが手を掲げる。
「征け!」
アガマ部隊が一斉に走り出す。
森へ向かうアガマの走りと風のうねりの中で、アタシは叫んだ。
「ちょっと! ガマちゃん!速度落としてぇぇぇえええええ!!!」
――そして深淵の森へ向かうのであった。
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