始まりの狼煙
王都は静まりかえっていた。
さっきまで満ちていた絶望の気配が、いま、勇者の佇む一点からじわりと希望へと塗り替わっていく。
「アランさん!」
「アラン殿!」
「アラン様!」
モウ、スキッティ、シンジィが駆け寄り、勝利の余韻を分かち合う。
アランはアビス・スコルピアの亡骸を見つめ、背にフランベルジュを担ぎ直した。
「強敵だったな……でも、倒せてよかった」
その言葉と同時に、仲間たちの後方から足音が近づく。
王国騎士団、宰相ブルーテ、そしてタラゴン王までもが現れ、皆が手を叩いて健闘を称えていた。
「タラゴン王……」
アランが膝をつけば、仲間たちもすぐに倣う。
「アランよ、主に任せて正解であった。まさか、災害級の魔物であったとは……礼を言わせてくれ」
「いいえ、礼には及びません。私はするべきことをしたまでです」
「そうか、やはり勇者の名は伊達ではないな」
王が柔らかく笑う——その瞬間、宰相ブルーテが亡骸の側へ歩み寄り、スコルピアの目を覗き込む。
白髪に深い皺を刻んだその男は、静かに眉を寄せた。
「……タラゴン王よ。かの魔物の目に、魔法の残滓が残っております。これは……」
王がわずかに目を細める。
「どういうことなのだ?」
ブルーテは一拍置いて答えた。
「……この魔物、何者かの魔法によって“操られていた”可能性がございます。魔族の仕業かもしれませぬ」
周囲の空気が一気に張りつめた。
「……魔族が、これを?」
「はい。そう考えるのが自然かと。
最近、王都周辺で魔物が妙に増えております。それらも関連があるやもしれませぬ」
「しかし、大軍を動かせば全面戦争にもなりかねんぞ? どうするつもりだ」
ブルーテは周囲の騎士を見渡し、小さく頷く。
「術士が魔法を使ったのであれば、まだ遠くへは逃げていないはず。
ここにいる精鋭部隊と……勇者一行で、その原因を突き止め排除いたしましょう」
王は少し考え、アランを見つめる。
「アラン、主はどう思う?」
アランは跪いたまま顔を上げた。
「もし原因があの森にあるとするならば、行くべきだと思います」
「……そうか。分かった」
王は振り返り、騎士団に告げた。
「騎士団は、勇者一行に続き深淵の森の原因を究明するように。
ただし、これは全面戦争になりうる事態だ。魔族側も対処してくるだろう。
けして深追いはせぬよう。……ブルーテよ、そなたに騎士団の編成指揮は任せる。よいな?」
「……承知しました」
ブルーテは微かに訝しげな表情を浮かべつつも、悟れないように答えた。
そして、1ルゥ(約三十分)後、部隊は編制された。
――深淵の森へ向かう前、王城前の広場には八十名の精鋭がすでに整列していた。
大軍ではない。しかし、森へ入るにはこのくらいが限界であり、最も“切れる”戦力でもあった。
「こんな少数で行くのか……」
スキッティが思わず呟くと、アランが静かに頷く。
「森じゃ隊列が組めないし、動きも鈍る。
奥に入れば地形もぐちゃぐちゃで、魔物の奇襲も多い。
……まぁ簡単に言うと、死にやすいってことだ」
アランの視線の先、隊は大きく五つに分かれていた。
まず最前列には、厚い盾を持つ十名の重盾歩兵——スキッティと同じ盾士たちだ。森の魔物の突進に耐える“壁”である。
部隊を指揮するのは副騎士団長、グロセル。
スキッティの上司で、斧を携えた屈強な男であった。
「スキッティ、我らが道を開く。お前らでその術士を倒してくれ」
「グロセル副騎士団長……承知しました。おまかせください」
その後ろには剣士と槍兵、計十五名。近接戦闘の主力で、敵を押し返し攻撃の隙を作る。
「前衛二十五名……どいつもこいつもガチガチの猛者ですね……」
モウは帽子を押さえ、感心したように見渡した。
中程には魔法士と弓兵二十五名。
森の中では火力暴発を防ぐため、制御に優れた者のみ選抜されている。
モウの部下であったエシレも加わり、頭を下げて挨拶する。
後方には神官五名が控え、シンジィが声をかける。
「あの森はマナ酔いが強いそうです……治癒と解毒は私たちが全力で守りましょう!」
そして——アランの視線が少し鋭くなる。
一番気になるのは、全員黒衣の“特殊班”十五名だった。
「あれが……宰相ブルーテ様が選抜した部隊ですね」
モウが囁く。
八名は偵察・斥候、木の上を渡り歩く訓練まで受けた異色の精鋭。
残る五名は“対魔術特化班”。魔法痕跡を読む技術を持ち、術士捜索の要である。
だが、黒衣の雰囲気は不穏で、アランの背筋に微かな警戒が走る。
最後に十名の後衛警護隊。
撤退時、最後尾を守って全員を帰す——最も危険な役目を担う部隊だ。
アランは深く息を吐き、仲間たちへ振り返る。
「敵の術士は森の奥に潜んでいる……はずだ。ここからは本当に危険だ。
みんな……気を引き締めてくれ」
「もちろんです!」
スキッティが胸を叩き、
「任せてください!」
モウが指輪を光らせ、
「……誰も死なせません……」
シンジィが錫杖を握りしめた。
そして、グロセルが先頭に立ち声を荒げる。
「深淵の森の入口は、我が国の領土だ。しかし魔王国は認めていない。
……つまり、ここから向かう先は一触即発区域だ。気を抜くなよ!」
こうして八十名の“深淵遠征隊”は、静かに森の闇へと進軍を開始した。
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