走れ!勇者!
勇者アランと、その一行は走っていた。
城の大門を抜け、そこから続く長い石段を一気に駆け下りる。
高台にある王宮から王都を見渡すと、遠く南側の城壁あたりで黒煙が上がり、建物がいくつも倒壊しているのが見えた。
その中心で――建物の数倍はあろうかという黒い甲殻の魔物が鋏脚を振り下ろすたび、かすかに悲鳴が届き、人々が必死に逃げ惑っていた。
アランは王から託された剣“フランベルジュ”を携え、先頭を走る。
「急がなければ! ……みんな、走りながら聞いてくれ。あれは“アビス・スコルピア”――災害級の魔物だ」
大きな帽子を片手で押さえながら、モウが息を切らせて叫んだ。
「災害級!? 上から三番目の危険度ですよ! 本来は深淵の森から出ないって言われてるのに!」
大盾を背負ったスキッティがアランに並び、遠くの魔物へ目を細める。
「不可解だ……だが理由は後だ! 今は私たちが止めねば、皆殺される!」
後方を走るシンジィは胸に錫杖を抱くように握りしめながら、震える祈りをこぼす。
「どうか……どうか誰も死にませんように……」
四人は大通りへ飛び出し、逃げ惑う群衆とは逆方向へ一直線に駆け抜けた。
倒れた瓦礫を越え、無人になった広場を通り過ぎると、その奥で煙に混じって剣戟の火花と人影が揺れていた。
アランが目を凝らすと、首からぶら下がるペンダント型の冒険者証が見えた。
「鉄等級の冒険者が三人!……まずい!」
言葉と同時に大きな衝撃音とともに地面が爆ぜ、冒険者たちがアランのすぐ横を吹き飛んで建物の壁に激突した。
石壁は粉塵を上げてめり込み、深い穴を穿つ。
アランが振り返るより早く、煙の向こうで巨大な影が蠢いた。
黒い甲殻が光を弾き、アビス・スコルピアが顔を覗かせる。
「来ましたね……アラン殿! 指示をください!……私はこの階級の魔物とは戦ったことがありません!」
スキッティは震える腕で大盾を前に押し出し、足を踏ん張る。
その後ろで、モウが右手を前に構え、指輪が煌めきながら魔力を集めた。
「私の魔法は周囲を巻き込みます! アランさんに合わせますから!」
後から追いついたシンジィは、壁の穴に倒れた冒険者たちへ回復魔法を施していた。
「こんな……こんな傷……絶対に死なせません……!」
アランは大剣を背から下ろし、アビス・スコルピアと対峙する。
「スキッティは防御しつつ、モウを援護! モウは俺の合図で風魔法を叩き込んでくれ!……できるか?」
モウは帽子の角度を直し、強くうなずく。
「当然です! 防御魔法以外はすべて完璧です!」
「……よし。いくぞ!」
大剣フランベルジュを地面に擦るようにして構え、アランは疾走した。
アビス・スコルピアの正面へ踏み込んだ瞬間、ヴォンという轟音とともに剣を振り上げる。
「——“戦技・天断”——」
大地を抉る斬撃が一直線に走り、アビス・スコルピアの甲殻を裂いて後方へ駆け抜けた。
「ギィアアアア!!!」
甲高い悲鳴が響き、巨体が鈍い衝撃とともに倒れ込む。
「すごい……やったのか?」
スキッティが盾を下げかける。
モウも胸を撫で下ろした。
その瞬間――。
アランの背筋が震え、叫びが飛ぶ。
「まだだ!! 油断するな!」
倒れたスコルピアの甲殻が、ミシ……と不気味な音を立てた。
尾節がゆらりと持ち上がり、影がアランたちの足元を横切る。
次の瞬間、何事もなかったかのように巨体が跳ね起き、鋏脚が水平に薙ぎ払った。
アランは辛うじて剣で受けたが、スキッティは盾ごと弾き飛ばされ、後ろのモウを巻き込んで石畳を転がる。
地面に深い亀裂が走り、粉塵が舞う。
「二人とも無事か!?」
アランは視線をスコルピアから外さずに叫んだ。
「な、なんとか……!」
「ちょっと……スキッティさん……重たい……!」
立ち上がったアビス・スコルピアの甲殻には深い切り裂き跡が残っていたが、致命傷には程遠い。
紫の液体を滴らせながら、鋏脚と尾節を震わせ、興奮したように地面を叩く。
「やはり、甲殻は固い……懐に潜り込むしかない、か。よし……スキッティ! 動けるか? 俺が隙を作る。その時に奴の態勢を崩してくれ」
片膝に手を置き立ち上がり、スキッティが盾を構える。
「分かりました!」
スコルピアの攻撃は止まない。
アランに向け、鋏脚と尾節が交互に襲い掛かる。
寸前のところで見切り、払い、切り返し、攻撃をいなしていく。
その攻撃のさなか、シンジィがモウに駆け寄る。
「すみません。お待たせしました!……怪我はないですか?」
モウは目の前で繰り広げられる剣戟を見ながら服の汚れを払い答える。
「えぇ、大丈夫です。それよりも、やはり白金等級とは凄いですね。一人であそこまで……」
「はい……私たちが負担になっている気がします。彼一人なら多分——」
その会話をかき消すように、アランと打ち合いをするスコルピアが急に距離を取り、尾節が小さく震え力を込め始める。
「毒がくるぞ! みんな注意を——!」
アランの叫びとともに、高密度に圧縮された毒が尾節より放たれ、地面を削りながらシンジィへ向かう。
「いやぁぁぁぁあ!」
モウが横で顔を咄嗟に手で覆い隠す。
シンジィには時間が止まったように見えた。
——私にできることをしなきゃ。
モウの前に飛び出し、錫杖を前に詠唱を始める。
「”守り、守られ咲く花衣。幾重に織り成し阻みたまえ”——”花籠・五重障壁”」
シンジィを中心に、花が咲いたように淡い桃色の障壁が広がる。まるで戦場に咲いた一輪の花の様だった。
そして、その花の五重の障壁を汚すように、毒の奔流が衝突する。
当たったところから紫に変色し、パリンッと音を立て一枚目が割れる。
「……どうにか、持ちこたえて!……」
二枚目が割れる。
「あぁ、どうしよう。……やっぱり私の魔法では……」
三枚目に差し掛かったとき、シンジィはふと体が熱くなるのに気づいた。
——この攻撃に当たってしまったら、……私はどうなってしまうのだろう?
その瞬間、シンジィは内股になり呼吸が荒く、顔が紅潮しはじめる。
三枚目が割れる。
「あぁん♡……やだぁ……割れないで……」
「ちょっと!? シンジィさん? なんか様子が……???」
モウがシンジィの異変に気付く。
四枚目が砕け散る。
「あぁぁぁん!!……死ぬ? もしかして死んじゃうの?……あぁ……凄い」
「ちょっと!? シンジィさん!! 変ですよ!? 戻ってきて下さい!」
五枚目にヒビが入り、シンジィが何かに達しそうになった瞬間、アランがスコルピアの歩脚を切り落とし、態勢が崩れる。
「今だ、スキッティ!」
アランが吠える。
「承知!!!——”戦技・絶盾一閃”——!」
スキッティが盾でスコルピアを横から打ち上げるように突進。
巨体がひっくり返り、歩脚がバタつく。
「モウ! 空だ! 打ち上げろ!」
アランが反対側の歩脚も切り落としながら指示を飛ばす。
「任せて!……”吹き荒れろ——蒼天竜渦”!」
竜巻が瓦礫を巻き上げ、スコルピアを数十メートル上空へと押し上げた。
ひっくり返った腹がアランの頭上へ落ちてくる。
アランは剣先を天に向け、全力で集中する。
落下直前。
「——”戦技・天突”——」
突き上げた剣先から放たれた斬撃は矢のように伸び、スコルピアの腹を穿ち、空を割った。
ドォォォン!
スコルピアが落ちた衝撃で大地が割れ、粉塵が王都に広がる。
沈黙。
やがて風が煙を払うと――
腹部に風穴の空いたスコルピアの亡骸の前に、
大剣を携えて佇む男の姿。
元白金等級冒険者、勇者アランであった。
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