激しいのは、嫌いじゃないけど……
魔王国での生活も慣れてきたころ、いつものように食堂で朝ご飯を食べていると魔王ちゃんが言った。
「スミレよ、前にソルトとシュガーの喧嘩を止めてくれたようだな。感謝する。あれらは良く喧嘩して手を焼いていたのだ。……いつもはダシが止めていたのだが、其方が止めてから嘘のように喧嘩しなくなった。……どうやったのだ?」
上品にフォークを置き、ナプキンで口を拭く。
そして、まっすぐ魔王ちゃんを見て答える。
「アタシはな~んにもしてないわよ。……ただ、優しくダメよって言っただけ。アタシは子供には優しいんだから」
「ダハハハ。そうか、あの双子は60歳。まだまだ若造故、許してほしい」
「えぇ、分かったわ。……えぇ?? 60歳?? めちゃくちゃ年上じゃない」
少し首を傾げながら魔王ちゃんが答える。
「……あぁ、そうか。我ら魔族は人間の約五倍は生きるのだ。故に、60歳は人間でいえば……10代前半といった頃か。長く生きたからと言って、精神の成長が伴うとは限らない。ちなみに我は120歳だ」
アタシはコーヒーによく似た飲み物が入ったカップを少し飲んで受け皿に置く。
「そうなのね。まぁでも、年齢は飾りでしかないわよね。アタシはいつも通りの態度で接するわ」
魔王ちゃんも同じくカップを置く。カチャリと小さな音がする。
「そうしてくれ。……それはそうと、今日は少し我に付き合って欲しい。……気合をいれてな」
そういって少しだけ不敵な笑みを浮かべる。
え? 気合を入れて付き合う? ちょっとドキドキしちゃうじゃない。
そして、そのあと二人で城門の外の草原に行った。
アタシは後ろをついて歩く。
なんか、付き合いたてのカップルみたいじゃない?
太陽は高く、風が気持ちよく草を鳴らす。遠くには深淵の森が今日も存在感を放っていた。
そして、城から少し離れたころ、魔王ちゃんがふと立ち止まり言った。
「スミレよ、其方の世界では戦争はあったか?」
急にどうしたのかしら?
魔王ちゃんの後ろ姿を見ながら答える。
「えぇ、有るには有るけど……アタシのいた国では、今は無いわね」
「……其方の力は認めているが、この世界では何が起こるか分からん。我も折角出来た”戦争終結の鍵”を無くすわけにはいかぬ」
草原を吹く風が二人の間を通りすぎていく。
「アタシが鍵だなんて、そんな買い被りすぎよ? まぁ気持ちは嬉しいけど。アタシはまだ何をすべきかなんて分かってないし、魔王軍に入ってもまだお荷物じゃない」
少しの沈黙。
「いや、我の見る目に間違いはない。其方はいずれ世界を変える。……だが、その前に、生き抜いて貰う必要がある」
振り向いて真剣な顔をする。
「……つまり?」
「スミレ、今から我と戦闘訓練といくぞ! 気合を入れろ!」
そして、空に飛びあがり腰元から剣を抜く。
「ちょっと! ちょっと! アタシ、戦い方なんて知らないわよ?」
不敵な笑みを浮かべながら魔王ちゃんが言う。
「だからそれを教えるというのだ、さぁ先ずはこれを避けてみろ——”戦技・影切り”——」
魔王ちゃんが振った刀身から、黒い月の様なものが放たれ、アタシに向かって襲いかかる。
その場でアタフタしながら、真横にハリウッドダイブ。
黒閃が一直線に走り、抉れた地面に黒い靄が残る。
「ちょっとー!! 魔王ちゃん! アタシ殺す気??」
「ダハハハ! 殺しはしないが、油断すると死ぬぞ! ほら、まだまだぁー!」
今度は続けざまに二撃、三撃。
「あぁん! やだー! スパルタ―!」
アタシは情けなく連続ダイブして避ける。
その繰り返し。
そして一時間ほど経過した。
体は汗でべとべと。顔面総崩れ、でもなぜか服は汚れてない。
クロちゃんの服……やるわね。
じゃなくて!
アタシは肩で大きく呼吸をして、両手を膝に置く。
魔王ちゃんは太陽を背に飛びながら言う。
「我の攻撃を“戦技”という。鍛え抜かれた技の極地だ。……魔法と違い、使える者は少ないが攻撃の出が早い。故に、見切らねば死ぬ」
「はぁ……はぁ……アタ、アタシにどうしろと……?」
「其方は無駄な動きが多い。体力がいくらあっても足りぬ。……見切るのだ。動きを予測し、観察しろ。其方ならできるはずだ。——あの火竜の時のように」
あの火竜? あぁ、リッタちゃんを襲ったトカゲね? 確かに時間がゆっくり見えたけど。……あれは、集中していてどうにか助けたかったからで。
いや、……トカゲが落ちてくるその瞬間まで。——アタシ……見てたわ。
思い出すのよ、スミレ。
新宿のアタシの店を。
お客さんのグラスの量、表情、声色、服に至るまで全部見てたじゃない。少しの変化も見逃さないように——
「いくぞ! スミレ!!」
魔王ちゃんが大きく振りかぶり、技を放つ。
近寄ってくる脅威、当たれば多分ただじゃ済まない。
見る。見て。見るのよスミレ!
——気づけばアタシは左足を引き、身体をひねっていた。
黒い一閃が目の前を走り地面を裂く。
少しの沈黙の後、魔王ちゃんが剣を収め、言った。
「……よくやったスミレ。最後まで目を離さぬ事、それが生き抜くコツだ、そして絶対に生をあきらめぬこと。……ちょうど、お誂え向きな奴が来たぞ。最終試験だ、アレを避けてみろ」
魔王ちゃんの視線の先。
深淵の森から……牛?みたいな魔物がよだれを撒き散らして突っ込んでくる。
「なに、あれ~」
「あれは、ブルトーガと言う。凶暴な魔物だ、我らの訓練に触発されて出てきたのだろう」
角は両端の二本と、真ん中に一本。
当たったら死ぬわ。もう体力はスッカラカン。でも……やるしかない。
息を整え、目を閉じる。そして、ゆっくり心を整えて瞼を開く。
——世界が澄んでいるわね。
規則正しく草を踏みしめる音、息遣い、迫る殺意。全部わかる。目は血走りほんと可愛くない。
あぁもう……牛、嫌いになりそう。
イラついてきた。アタシ死ぬわけにはいかないの。
「はぁ、こいよクソ牛。オカマなめんな」
ブルトーガが頭を振り上げて突っ込んできた刹那——
アタシの手は勝手に振り下ろしていた。
「いやぁーーーーーん!!!」
——“おねぇスラップ発動”——
ズッドォォン!!
ハートのエフェクトが飛び散り、地面に10メートル級のクレーター。
そして牛の頭が垂直に地面に深々とめり込み、足が天へと跳ね上がる。
アタシは瓦割りポーズのまま空に向かって叫んだ。
「うぉらああああ!!」
それは、紛れもない漢の声だった。
土煙が舞うなか、アタシはついにこの力を理解した。
——“誰かを守る気持ちと、生きる本能ね”
「ダッハハハハ! やはり、其方は素晴らしいな! これならばいつでも前線に行ける。我の想像以上だ」
そういいながら、魔王ちゃんが空から降りてきた。
「……前線は勘弁してちょうだい」
アタシが疲れた笑みを浮かべたそのとき。
深淵の森からまた気配。
今度は何よ……。
「魔王様ー! スミレ様ー! 大変です!」
ゼフ達ワンちゃん隊だった。
「アンタ達どうしたのよ? そんなに慌ててー?」
ゼフが叫ぶ。
「人間軍が来ます! 数は約80名! 深淵の森到着まであと“1アージ”(一時間)です!!」
魔王ちゃんの表情が険しくなる——
「スミレ、戻るぞ。今すぐ緊急会議を開く!」
こうして、平和だと勘違いしていたアタシの日常が終わりを告げた。




