ストップ・ウォッチ
出囃子 タイマーズのテーマ 〜Theme From THE TIMERS
ドヤ街の演芸場でヤクザや浮浪者に囲まれながら舞台に立って漫才をするコンビがいた。
おかしな事を言えば刺されるかもしれない、死と隣り合わせの場所でおかしな事を言わなければいけない。
出演料は雀の涙、客のお捻りを期待しなければ食っていくこともままならない。
こんな殺伐とした空気の中でひとときの清涼、お笑いなどという行為が果たして可能であろうか。下らないと一笑に付すような、その程度の寛容さすら持ち合わせていないであろう観客の、ひりつくような無遠慮で見下した倦厭的な視線の中、彼らは辞儀をして挨拶を始めた。
ボケとツッコミというものには実は大切な要素があって、それは非秩序を秩序に理解させる役割だ。ボケを単純に否定するツッコミは程度が低い、おかしな事をしている:非秩序を見つけて拾ってあげる、どんな無茶苦茶でもそれを嫌悪し無視し排除するのではなくコミュニケーションによって許容出来る形に持っていくという熟練を要する卓越した技能なのだ。
「ここんとこ毎日大麻吸うとるんやけどもな」
「ど阿呆、こんな所で言うたらあかんやろ」
「しやかて合法な国もあるんやで」
「ここはジャパンや。アムスと違う、タイやない」
非秩序は人が人の世で生きて行く限りどこにでもある。
『おもろないぞ』『金返せ』
無粋な野次が飛ぶ。
「それがなあ今困っとんねん、捕まってしもたんやがな」
「はあ? 誰が。お前が?」
「阿呆、ワシが捕まっとったら誰がここにおんねん、ワシ誰やねん」
「知らんがな、誰やねん」
「ワシはワシや、捕まったんは売人や。ええ奴やったんやけどもな」
「売人にええ奴も糞もあるかい」
「せやねん、生かさず殺さずでワシの小遣い吸い上げよんねん」
「カモやがな」
「ほんま捕まってくれてせいせいしたわ」
「どっちやねん」
「せいせいして困っとんねやがな、あかんのかい」
「どないせえいうねん」
客いじりは諸刃の剣だ、投げ銭の増える期待もあるが致死リスクは指数関数で跳ね上がる。
「お客さん。兄さんら、誰や知りまへんか?」
「止めんかい、今出てこられても困るがな」
「あとで楽屋で、秘密やで」
客席に視線を走らせ、頷く。
「やから止めえて。ああお客さんらも、本気にせんとってくれまっか。お前もなあ、ほんま来られたどないすんねん」
「垂れこんだんねん」
「刺されんで」
「小遣い稼ぎや」
「待てや。ほなおまえ、捕まったいうてその売人」
「小遣い取り返したったんやがな」
「最低やな」
「信義にもとる言われたわ」
「そら言うわい、悪いん全っ部お前や。せやけど、ええんか」
「何がいな」
「そんなん、ここで言うたらや」
「バックが居んねや。でかいバックがついとんねん」
「ほんまかあ。知らんで、誰やねん」
「んなもん言えるかいな、なあ親分」
客席で一番偉そうにしている一番高価そうな衣服の鋭い目付きの男に向かって不器用な笑い顔を向ける。
「嘘つけや、初めて来はったお方やろがい」
客はかぶりを振りVサインを見せる。
「ああ二回目でっか」
「もっと来んかい」
「無茶苦茶や。すんまへんなあ、こいつはいつもこんなんですわ」
「前座のぺえぺえがよう言うたな」
「お前や。待てえ、そらワシもやけども」
「切れてきたんか」
「何がいな」
「手えぶるぶる震えとるやないかい」
「しゃぶ、いや、違ごた。寒ぶいだけやがな」
「何やいな、お前いまワシが寒ぶい言うたんかい」
「はあっ? 何やあ、ようわかっとるやないか」
「この道ン十年の、このワシに向かって言うとんかい」
「ワシらコンビや。変われへんがな、ずっとぺえぺえで」
「刺されんで」
「阿呆かい、誰にや」
「バックの親分や」
「親分さんに鉄砲玉させんなや、何様や」
「大統領撃たしたんもワシやねん、ここだけの話やで」
「失敗しとるがな」
「ヘボこきよってあのボケほんま」
「ええけどなあ、何でそんなんさしたんや」
「大麻を解禁せんからや」
「奥さんかい。待てい、そっちは成功しとる」
「おう、そろそろ時間やで」
「もうええわい、止めさしてもらうわ」
小太鼓の音の後に次の演者の出囃子が流れ、袖で貫禄の落語家が腕組みをして頰に手を当て睨みつけている。
コンビはのしのしと退場し、彼と一礼して擦れ違う。茶子がそそくさと座布団を準備し始める。
楽屋に戻った二人は作ったしかめ面としゃがれ声を止めて、ぶるぶると奮えながら涙目で、
「こわかったネ」
と頷き合った。
*
最後のオチは他にも多数用意がありニュースが流れ大麻所持、覚醒剤使用、脅迫、名誉毀損、暗殺未遂教唆、及び殺人の容疑で人気お笑いコンビが逮捕されました報道バージョン──警察の発表に拠りますと犯人は「*****」さあ何と言っているでしょう、例えば普通なら遊ぶ金が欲しかったとかむしゃくしゃしてやったなんて言いますがこの極悪コンビはさあ何と言ったはい「洒落でやった、今は後悔している」うーん普通。他にないか「それでも僕はやってない」そう冤罪が一番怖いですからね司法の闇ですから『悪法も法、法が私を裁くのではなく私が法を裁くのだ』なんて昔の人は偉いことを言いましたさあ次は「記憶にない、シャブが効いてて覚えていない」やっとるがな張り扇スパーンって何で大喜利になっとんねんバージョン
または客席にいた全員が手に手にドスを持って楽屋に押しかけてくるワシが先やバージョン
待てやほんまにお前誰やねん、売人ですわ兄さん捕まってしもて急に頼まれましてんほんで売人の喋りの方がうけとるやんけバージョン
フルヘッヘンド!はじめての海外公演、アムスで演ったらダダ滑りバージョン
マーライオン!二回目の海外公演、シンガポールで演ったら死刑宣告獄中死、言葉も洒落も通じへんバッドエンド
楽屋に親分がやってきておもむろにツッコミ役を刺殺するほんまやったんかいバージョン
それから3回連続で親分が見にきてくれてついに回数聞けないよきっと指足りないよバージョン
それから毎回毎回彼らがどこで出演しても常に親分が隅で見ているからファンになってくれたのかも知れないけど逆に怖いよまたいるよ101回目バージョン
それから年月が過ぎ彼らがどこで出演しても常に親分が隅で見てくれてしだいにみんな年老いていき感動の最終回1001回も来てくれたらもうもっと来んかいって言われへんがなバージョン
親分がいなかったあの頃、いつもワシらは滑ってたエピソードゼロ
ニュースが流れ老漫才コンビ反社会勢力との黒い繋がりが暴露され大炎上報道バージョン2
某宗教関連のネタも幾つか思いついたけど本当に殺される危険を察知したので割愛ヘタレor作者死亡エンド
ついに解禁されてしまい演芸場の客も演者もみんなでスパーしながらどないしよワシらもうおまんまの食い上げやでハッピーエンド
楽屋に帰ったら耳の欠けたトランプが腕を組んで待ち構えているはてババ抜きでずるでもするんでしょうかバージョン
夫人が腕を組んで待ち構えているバージョン
刑務所の慰問公演、どこでこんなネタ披露しとんねんバージョン──収監されていた実際の被告本人とご対面、あかん頑張ったのにどんなどぎついギャグでも平気だったのに無茶苦茶考えたけど何をしてもどう捻ってもどう足掻いてもやっぱりこれ笑われへん
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ヤマダヒフミ様の『お笑いが笑えなくなってきた理由』
https://ncode.syosetu.com/n4060kz/
と言うエッセイを参考にしました