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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

秘密結社デスプレア~妹が来たので臨時休業~

作者: 徒然ナルモ



『デスバール総帥! ヒロイン統一協会の第三確壁突破成功です!』


 暗く、ディスプレイの青い光だけが煌々と輝く広大な司令室に報告が響く。次々と映し出される情報のどれもが私の望む物ばかりだ。


「クックックッ……ヒロイン達の命運も今日までだな。奴らが居なくなれば後は簡単だ。この秘密結社デスプレアの大総帥! デスバール様が世界の全てを支配するのみ! 我らが悲願も後少し!」


 私は美しく腰に手を当て、優雅に胸を突き出した上で艶やかな白銀の長髪を揺らし牙を見せながら高笑いする。悪の秘密結社デスプレア大総帥デスバールこと私の目的はただ一つ。憎きヒロイン達を殲滅し世界を牛耳る事のみ。

その為に世界最高峰の財力を持つと言われる我がデスプレアの資金、その三分の一を投じて作り上げた機械兵団。それは私の想定を遥かに上回る戦果を上げてくれている。


『なんて事ッ⁉︎ 私のサンライトフラッシュが効かないなんてッ! 』


『アタシのフレイムストームも効かない! これ程かデスプレア! 』


『これが……世界最強のヴィラン、デスバールの本気……』


 ディスプレイから見えるのは燃え上がる世界ヒロイン統一協会本部の有様。巨大な機械兵達に囲まれ傷つき倒れていくヒロイン達の姿。それがなんとも滑稽で私はクスクスと笑う。


「流石は総帥。この為に半年の期間と多額の資金を迷いなく投じ実行する決断力、やはり世界の統治者は貴女様を置いて他にいません」


「よせミリア、まだ作戦は終わっていない。ヒロイン達はラスト五分で巻き返す生き物だ、故に私は気を抜かん。お前も私の副官として気を抜くな」


「ハッ! 」


 私の背後で一礼する青髪の女副官ミリアレンセに手を払いながら返答すれば、ミリアはいつものように憧憬の眼差しで見てくる。

 クールに返した物の私は今勝利を確信している。ヒロイン達さえ居なくなれば米軍だろうが自衛隊だろうが相手にならない、大層なお題目を並べるだけ並べるヒロインだけが私の邪魔だったんだ。

 これが終われば世界征服は作業も同然。私は世界を裏から操る神となるだろう……ククク。


「アーーッハッハッハッハッ! 征けい! 我等が機械兵団! ヒロイン達に終わらぬ悪夢を見せつけてやるのだァッ! 」


 秘密基地に悪の笑いを響かせて、私は両手を広げる。よしよし、これなら午前中には作戦が終わりそうだな。作戦が終わったら午後は丸々フリーになるぞ、そうなったら妹に──。


『エマージェンシー‼︎ エマージェンシー‼︎ 』


「な⁉︎ 何事だ! 」


 しかし、私が笑った瞬間だ。突如暗かった部屋に赤いランプと喧しいサイレンが鳴り響く。緊急事態を知らせるエマージェンシーコールに私は咄嗟に椅子から立ち上がる、すると。


「た、大変です総帥! 想定外の事態が発生しました! 」


「なんだ! まさか世界最強のヒロインが……黎明のヴァルキュリアが現れたのか⁉︎ 」


「それ以上です! このデスプレア本部に妹様が───」


『お姉ちゃーん? 何処いるの〜? 』


「アッ! やばッ! 」


 即座に手元のスイッチでコールを消すと同時に部屋の照明をつけ、私はバタバタと総帥コートを脱いでスーツを整え司令室を飛び出る。

 ……悪の大総帥デスバール。世界最強のヴィラン、史上最悪の犯罪者、人類の天敵。そんな二つ名を数多持つ私には、一つだけあるんだ、どうにもならない弱点がある。

 そう、それは……。


「あ! 居た! マイヤお姉ちゃーん! 」


「れ、レイア……どうしたのかな? 態々私の仕事場に来るなんて」


 司令室の扉を閉め、出るのは一般的なオフィス。そこで待つように立っていたのはなんとも愛らしい女の子。

 私に似た銀色の髪に青いクリクリお目目、高校の帰りなのかな? 銀色のよく映える紺色の制服を着てリボンのついた袋を持っている。


 そう、この子こそ大総帥デスバールこと星宮マイヤの妹星宮レイア。私がこの世界で最も愛する地上の女神にして、弱点だ。


「はいお姉ちゃん、お弁当忘れてたよ」


「お、おお。ありがとうレイア、お前はいい子だねぇ」


「いいのいいの! それよりお仕事の邪魔してごめんね? お姉ちゃんは世界中の恵まれない子供達救う慈善活動してるんだもんね、私が邪魔したらよくないよ」


「い、いいんだ……」


 この子は私が悪の組織をやってのいるのを知らない。私の表の顔である大企業の社長という顔と、私がついている嘘である『世界を救う慈善活動』を信じている。

 この子は私と違ってとても優しい子だ。悪の組織なんか運用しているってバレたら幻滅される。この子に幻滅されたら私に残された道は一つ……死だ。


(何がなんでもバレるわけにはいかない……! )


「憧れちゃうなぁ、私もお姉ちゃんみたいに世界中の人達を仲良しに出来る仕事、したいなぁ」


「レイアならなれる、必ずね」


「そうかなぁ、なら……もし邪魔じゃなかったら、お願いがあるんだけ───」


 瞬間、私の背後の扉が。司令室の扉が開き。


「総帥大変です機械兵団がッ──」


 ミリアレンセだ、血相を変えて扉を開けて……って! 今機械兵団の話を⁉︎


「ッッよいしょぉっ!!」


「きゃっ⁉︎ どうしたのお姉ちゃん! 急に扉を蹴って……」


「い、いやぁストレッチをしようと思ったら足が当たって……」


 咄嗟に扉をフロントキックで閉ざし一息つく。危ない危ない、今ヒロイン協会を絶賛ブッ潰し中なんて死んでも言えん、

 

「それより、何かな?  もしよかったらとかなんとか」


「あ、ああ。うん実はお姉ちゃんの職場の見学がしたいなぁって」


「ヴェっ⁉︎  」


 見学?  それってつまり見学って事⁉︎


(ダメに決まってる、世界征服用核爆弾や改造怪人が跋扈してるんだぞウチは!  是が非でも帰ってもらわねば)


「ダメ……かな、お姉ちゃん」


「いや、いいよ。全然おっけー」


 ダメだ、断れん。だってウルウルしながら見るんだもん。


「ちょっと待ってね、職場のみんなに許可取るから」


「う、うん。無理なら無理でも……」


 即座に転身、扉を開けて司令室に入ると真っ青なミリアレンセが頭を抱えており。


「総帥大変です!  ヒロイン達が黎明のヴァルキュリアを呼び寄せました!  奴には機械兵も太刀打ちできず……」


「そんなことより!  早く世界征服用の器具を片付けろ!  レイアが来るんだよここに!」


「え、妹君がここに?  何故入れるんですか⁉︎  バレたくないんですよね⁉︎」


「仕方ないだろ頼まれたら断れないよ私!  おい映像切り替えろ!  お花畑とかユ○セフの画像とか流しとけ!」


 私は慌てて世界征服用の地球儀とかデスプレアの紋章とかを片付け始める、これを見られたら一発アウト。ディスプレイも消して、あと部下達もデスプレア戦闘員の全身タイツからタイトなスーツに着替えさせて。

 よしっ!  完璧ッ!


「もういいよ〜!  レイア〜入ってきて〜!」


「あ、はーい。お邪魔しま〜……わッ!  凄い機会がいっぱい」


 いつもは意味もなく暗い部屋は煌々と照らされ、全身真っ黒タイツな戦闘員は証券マンの如く様相。画面には新築の校舎をバックにサムズアップするアフリカの子供。どっからどう見ても慈善団体……!

 事実、扉を開けて部屋を一望したレイアは目をキラキラ輝かせている。これでよし。


「お姉ちゃんはいつもここで仕事してるの?  」


「まぁそうだね、今は中東の紛争地域に取り残された子供達をヒロインと連携して救助しているのさ。簡単な仕事じゃないがこれも世の為人のためさ。ハハハハ」


 まぁ実際は紛争地域に乗り込んで制圧して現地の人間を雇用してるだけだが、嘘はついてないよ。戦争は終わってるし実際。

 するとミリアレンセがスススーッと私の隣に立ち、コソコソと耳打ちをしてくる。


「そ、総帥。ヒロイン協会に送り込んだ機会兵団が破壊され始めています。今すぐ指揮に戻らないと半年の時間と多額の資金投入が全部パァに……」


「分かってる、南東部に残存戦力があったはずだからそれを回すよう命令をしろ」


 向こうがやばいのは分かってるが今は妹がいるんだよ。大手を振って作戦活動なんか出来るわけないだろ。今はこうやってこっそり指揮をするのが関の山で──。


「あれ?  お姉ちゃんこれ何? 」


「ん?  それは……」


 ふと、レイアが机に置いてあった何かのリモコンをコチリと押すんだ。っていうかあのリモコンって……確か。


「あ!  レイアそれは‼︎  」


その瞬間、天井に穴が開き部屋の中心にガコンと巨大なモニターが現れ我々が何かするまでもなく映像が大迫力の音声と共に流れ出す。


『うわーッ!  機械兵の増援だ!  』


『この世の終わりだーッ‼︎  』


「機械兵?  この世の終わり……」


 流れ出すヒロイン協会本部の大爆発映像。壁のように迫る機械兵とそれに抗うヒロイン達の映像。これ現地のやつだ!  まずい!  と思うよりも早くミリアレンセが咄嗟にリモコンを奪い現地の映像を消すが、既にレイアの目には映像が……。


「お姉ちゃん、今のは?  」


「えッッ……と」


 咄嗟にミリアレンセに目を向けるが既に顔を背けている、戦闘員達に助けを求めるが仕事をしているフリを始める。私にはレイアの目が突き刺さり……流れる冷や汗を拭いながら、頭をフル回転させ。


「え、映画」


「映画? 」


「そう……そう!  映画だよレイア!  貧困に嘆く子供達の為に我々が撮影したオリジナル映画!  世界の危機を救うヒロイン達の大活劇!  監督脚本全部私でいつかレイアにも見せようと思っていたんだけどバレてしまったかぁ〜!  」


「映画!  お姉ちゃん映画も作ってたんだ! 」


「そ、そうだよ。この後ヒロインがやってきてみんなを助けるんだ。ハハハ……」


 ミリアレンセの『本当にそうなりますよ』という視線は一旦無視しつつリモコンを取り上げ一件落着──。


『総帥殿!  お困りのようですなぁ! 』


「え?  」


 その時、開くのは奥の扉。そこから現れたのは両手がキャノン砲になった虎型の怪人で……。


「我が名はパンツァータイガー!  総帥の力となる為この砲身を磨いて待っておりましたぞ‼︎ 」


「ゲッ……! 」


 アイツこの間作った怪人じゃないか!  対ヒロイン想定の戦闘用怪人、虎と戦車のベストマッチで生まれた極悪怪人が空気を読まずに扉をぶち破って突っ込んできたらそりゃあ当然のことながら。

 

「パンツァー?」


 レイアに見られる。筋肉ムキムキ、2メートルを超える大怪人がいきなり現れたんだから当然の反応だし、何よりタイガーの奴レイアが見えてない!

 

「総帥!  あとのことはこのパンツァータイガーに……」


「お姉ちゃん、あれは何? 」


「あ、あれは……あれは!  着ぐるみだよ! 」


 全力ダッシュでタイガーに組み付きながら睨みを効かせるがタイガーは何のこっちゃとばかりに目を丸くしている。


「い、いや総帥。我輩は破壊と殺戮の──」


 黙れ、そう眼光を効かせタイガーを睨む。すると全てを察したのかこの野郎は……。


「ア、はい。着ぐるみです」


「私が経営している遊園地に今度ヒロインショーをやるんだが、その怪人役として出すつもりなんだよ、なぁ?  タイガー?」


「ヴッ……」


 首を締め上げ耳元で演技をしろと脅すとタイガーはチャカチャカとコミカルに手を動かし。


「こ、子供達〜!  我輩はタイガー君だよ〜」


「こんな感じで子供達と遊んでろもらうよていなんだよ」


「そうなんだ!  でもちょっと顔が怖いかも」


「そっか、じゃあやっぱこいつ消しとくわ」


「え゛ッ⁉︎  我輩消されるんですか⁉︎ 」


 当たり前だろうがとタイガーを蹴飛ばし奥の部屋に叩き込む。次怪人作る時はもう少し可愛くするか、カピバラとマシンガンとかを組み合わせてさ。


「お姉ちゃん、本当に色々やってるんだね」


「まぁね」


 やってますとも、色々と。


「本当に凄いなぁ、お姉ちゃんは……。それに引き換え、私何も出来てない」


「レイア……」


 何やらレイアは気にしているようだ。いや、レイアも高校生。自分が無力に感じたりする年頃だろう。


「私も早く大人になって、お姉ちゃんみたいにいろんな人を仲良しにする仕事をしたいよ」


「出来るさ、直ぐだよ。お姉ちゃんに出来ることがあったらなんでもする、必ずね」


「ありがとうお姉ちゃん……うん、みんなを仲良く。そうした方がきっとみんな楽しいから」


 この子は本当に優しいな、私にはとても無理だ。ヒロインが私達の両親を助けてくれなかったあの日から。或いは二人残された私達に手を伸ばす者がいなかったあの日々から。

 私は正義だのなんだのを信じられなくなってしまったよ。


「今日はありがとうね、お姉ちゃん!  勉強になった! 」


「そりゃよかった。またいつでも来なさい」


「うん! 」


 この子の笑顔を守れているのは、ヒロインでも上辺だけの正義ではなく、私なのだと言う事実に満足感を覚える。

 大丈夫だよレイア。お前が生きやすい世界を私が作るからね。


「じゃあ帰るね!  そうそう、明日はお姉ちゃんに会わせたい人がいるの! 」


「へぇ、恋人とか? 」


 後ろ手で拳銃に球を込める、恋人だったら殺す。勿論裏でだ。


「ち、違うよ!  友達! 」


「そうか友達か、分かった。明日は早めに帰れるようにするよ」


「うん!  ありがとね! 」


 そう言うなりレイアは帰って行った。全く可愛い子だ、優しくて可愛くて優しい可愛い子だ。声聞いてるだけで癒される、マイナスイオンかな?

 なんて考えているといつのまにかミリアレンセが私の背後に立っており……。


「総帥、妹君が帰えられました」


「だな、我々も頑張ってあの子の優しさが踏み躙られない世界を作らないとな」


「因みに今しがた機械兵団が完全壊滅しました。作戦失敗です」


「あー、うん。まぁ……終わりよければ全て良し、ってね」


「作戦終了時点で何も良い点が見当たらないのですが」


 ガックリと肩を落とす。そっかぁ……機械兵団ぶっ潰されたか。レイアの笑みを守れたのはよかった、よかったが。


「くぅ、おのれヒロイン共ッ!  これで終わりだと思うなよ!  我が計画は湯水の如く湧いてくる!  今は束の間の平穏を味わうがいい!  フハハハハハハハッ! 」


 リモコンで部屋の電気を消して薄暗い部屋の中私は悪の悪いを響かせる。次こそは必ず世界征服してくれよう、第二の計画が始動するその時まで、くだらぬ正義感に酔いしれるがいい!


「ふぅ、さて悪の笑いも終わったしそろそろ次の計画に移るか。取り敢えず損害の計算と敵に機械兵が鹵獲されていないかの確認。幹部を招集してくれ、ミリアレンセ」


「その前にレイア様の監視システムを完成させた方が良いのでは……? 」


「バカ言え、レイアは何も悪いことをしてないのになんで監視なんかせにゃならんのだ」


「いえ、もし他の者にレイア様と総帥の関係がバレたら。或いはヒロイン組織に、或いは他の悪の組織にレイア様が攫われて交渉材料に使われるかもですし……」


 誘拐なんかしてみろ、そいつら跡形もなく消し飛ばしてやるわ。そう言いながら私は次の計画の資料を戸棚から取り出した瞬間。


『エマージェンシー!  エマージェンシー! 』


「またか……」


 再びヴーヴーと音を立てて赤く染まる室内。だがさっきだぞ、レイアが帰ったのは。そう思考した瞬間のことだった。

 管制を行っていた部下が顔を上げモニターを確認し、声を張り上げたのは。


「ッ⁉︎  高エネルギー体が亜音速でこちらに向かっています!  ヒロインです! 」


「何⁉︎  何故ここがバレた! 」


「恐らく機械兵の通信系統を辿って逆探知した物と考えられます! 」


 亜音速で迫る超高エネルギー体。それが雲を引き裂いて真っ直ぐこちらに進んでいる。超常の肉体を持つヒロインは多くいるが、こんなことが出来るヒロインなど世界中を探しても一人しかいない!


「黎明のヴァルキュリアですッ! 」


「来るか、我が宿敵! 」


 世界ヒロイン協会が誇る秘蔵の最終兵器。今まで私の考案した数々の計画を破砕し、今回も機械兵団を撃滅し、幾度となく世界を救ってきた史上最強のヒロインにして、私の宿敵。

 その名も『黎明のヴァルキュリア』……。遂に奴が我が本部の在処を見つけ出したか。面白い、ここでアイツを仕留めてやるのも一興か!


「電磁隔壁突破!  来ますッ!」


 部下がそう告げた瞬間。側面の壁が赤く染まり、形を失い、融解。同時に飛び込む人影が凄まじい衝撃と共に転がり込み、私の前に純白のマントがはためく。


「見つけた、デスプレア」


「来たか、ヴァルキュリア」


 まるで夜天を切り取るかのような紫の長髪と共に揺れる白いマント。白銀の顔を覆う銀の仮面と同じ白銀の鎧、背丈は幼さを感じるほどに高くないにも関わらず、その手に握られた長剣は私よりも大きい。

 不釣り合い、されど様になる。何故なら彼女が世界最強だから。

 黎明のヴァルキュリア……ヒロイン協会が保有する最高の存在にして、唯一私に匹敵する人型の怪物。それが亜音速にて突っ込み空気圧縮を利用したプラズマ振動で壁を焼き切ったのだ。


「今日こそ、お前を殺す」


 ヴァルキュリアは鋭い剣の鋒を私に向けて、鈴の音のような可憐な声でそう告げる。相変わらず面白い奴だ。


「ぬぅわァッッ!  我輩の名はパンツァータイガー!  我輩の砲身の餌食にしてやろう!」


 その瞬間、奥の扉からパンツァータイガーが飛び出しその砲身をヴァルキュリアに向け──。


「邪魔」


 がしかし、視線すら向けない、意識すら向けない、反射による一斬がパンツァータイガーを両断し背後の壁に巨大な一文字を描く。

 やはり改造怪人程度では相手にもならないか。


「ミリアレンセ、部下を率いて至急退避せよ」


「ですが! 」


「アレの相手が出来るのはこの世で私ただ一人だけだ」


 地面を軽く蹴れば床から漆黒の軍刀が現れ、それに手をかけヴァルキュリアと相対する。

 ミリアレンセは仕事ができる奴だ、私が言った事は必ず遂行する。無駄な説得などせずにな。事実既にミリアレンセは戦闘員達を率いて慌てて部屋から飛び出していく。


「さぁやろうか、ヒロイン。今日がお前の命日であり、私が新たに作り出す世界にとって最高の祝日となる日だ」


「そんな日は永遠に来ない」


 そんな軽い言葉の交差を皮切りに、互いに動き出す。白銀の剣と漆黒の軍刀が空を裂き、大地を割り、火花を迸らせ空気を揺らす衝突を生む。

 世界最強のヴィラン、世界最強のヒロイン。その戦いは市井で繰り返される有象無象のヴィランとヒロインの戦いとはまた違う。天災の領域に踏み込んだ物となる。


「フハハッ!  機械兵団の相手をした後だと言うのに、よく動くッ! 」


「あんなブリキのおもちゃの相手なんて、準備運動にもならない」


 一度、剣を振るえば機器が炸裂し爆炎を噴き出し。

 二度、刀を振るえば床が割れ鉄骨が裂ける。

 三度、斬撃が飛び交えば我がアジトは建造物としての体裁すら保てないほどに、ヒビと火災により破壊される。


「憎きヒロインめッ! 」


「お前が消えれば、世界は平和になる」


 一撃が交錯する。我が一刀がヴァルキュリアの右腕に傷をつけ、奴の剣が我が右頬を掠める。同時に背後で巨大な爆発が巻き起こり、大地が揺れた。

 恐らく、格納してあったミサイルが爆発したのだろう。これ以上は我が身も危険か。


「フッ、些かばかりか楽しめたぞヒロイン。だが今日はここまでだ、私とお前の決着にここは相応しくない」


「ッ!  待て!  デスバール! 」


 待たない、私は緊急脱出用の通路を開き炎の中に姿を隠す。


「案ずるな、いずれまた相見える日も来よう。故に次だ、次会った時こそ決着の時となるだろう」


「デスバールッ! 」


「ではさらばだ、倫理観の奴隷よ」


 炎の幕に影を残し、私はこのアジトから退散する。ミリアレンセ達は既に脱出しこのアジトはもぬけの殻、この程度のアジトなら他にも山ほどある。

 だから盛大に最後は吹っ飛ばしてやろうと自爆スイッチを入れ、跡形もなく吹き飛ぶアジトを見送りながら、私は脱出用ロケットでその場を後にするのだった。


………………………………………………………………


 そして後日。他のアジトに到着した私はそのままミリアレンセと連絡を取り、ヴァルキュリアの追跡がないことを確認してその日は解散。今日は朝から被害の確認をしつつ、取り敢えずヒロイン達の動向を探るだけで仕事を終えた。

 あのくらいの被害ならなんて事はない、我が組織は世界最強、当然規模も財力も桁外れ。アジトの一つくらい足切りに使っても問題はないしな。昨日は頑張ったし昼で業務を終えてもいいだろう。


 そんなこんなで仕事を終えた私は私服に着替え家に帰ることにした。ミリアレンセからは一週間は身を潜めた方が良いと言われたがそうも言ってられない。なんせ今日は。


「レイア〜、帰ったよ〜」


「あ!  お姉ちゃん! 」


 玄関を開ければ至福のレイアが出迎える。今日は昨日約束した通り、レイアの友達に会う日だから。お姉ちゃんとして約束は破れない。


「友達は来てるかな? 」


「うん、向こうで待ってる」


 トテトテと廊下を走るレイアを見送り、私はその後ろを辿りつつ、考えてみる。

 レイアが紹介したい友達か、珍しい物だ。レイアは優しい子だが友達がどうにも少ない。無償の優しさを提供する彼女は都合の良い人になりはすれども友にはなり得ないからだ。そしてそれはレイアもなんとなく理解している。

 そんな彼女が友達と言って連れてきたんだ、きっといい子なんだろう。姉としてしっかりもてなし、よろしく頼むようお願いしよう。


(ロクでなしだったら殺そう)


「こっちこっち、はい!  この人が私のお姉ちゃんです! 」


 リビングの扉を開けるなり、レイアは私を手で指して紹介してくれる。私は視線を動かしリビングとソファを見てみれば、そこにはレイアと同じ制服を着た女の子が一人座っていた。

 彼女は私を見るなり静々と頭を下げて……。


「お姉ちゃん、この人が私の大親友。月神リコちゃんです」


「どうぞ、よろしくお願いします。レイアのお姉さん」


「ああ、よろしく頼むよ。リコ君」


 リコ、そう紹介されたのは夜天を切り取ったような紫の長髪をした、白い肌の女の子だった。なんとも可愛い子じゃないか、こんな子がレイアの友達だというのなら安心──。


(ん?  待て、この髪どこかで)


 握手を求めようとして手が止まる。この紫の髪……どこかで見たぞ、それにこの背丈、おまけになんか右腕に怪我がある。あれ?  え?  なんかこの子、私の顔を見てギョッとして……。


(ッこいつ!  黎明のヴァルキュリアだッッ⁉︎ )


「ッ……」


 私は悟る、間違いないと。こいつはヴァルキュリアだ、黎明のヴァルキュリアだ。私が宿敵を見間違える筈がないしなんなら昨日会ったばかりだし。

 しかし、あの正体不明の最強ヒロインたるヴァルキュリアの正体が、レイアと同じ学生だと……⁉︎


「リコちゃんは優しい子でね、色々なこと知っててお話も面白いんだぁ」


「あ、ああ……」


 まずいことになった。こんなところでヴァルキュリアに会うなんて、武器もないし何より今はレイアの前だ。戦うなんて絶対に出来ない……ここまでか?


「…………」


(ん?  仕掛けてこない?)


 一瞬、警戒したものの。いつもなら問答無用で切り掛かってくるヴァルキュリアが、今は大人しい。仕掛けてくる気配がない、なんだこいつ。何を考えているんだ。


「あ、私お茶取ってくるね。二人とも仲良く話してて」


「そ、そうか。分かったよレイア」


「ん、分かった」


 二人でレイアを見送った後、ギロリと私はリコを……ヴァルキュリアを睨みつける。


「貴様、ヴァルキュリアだな」


「デスバール……まさかこんな所で会うなんて」


 やはりこいつも私の正体に気がついていたか。だとするなら私の懸念はどうやら間違いなさそうだ。


「貴様、レイアに取り入り私に接触しにきたな?  」


 ミリアレンセと言っていた事が現実になってしまった。まさかレイアの存在がこいつらにバレていたとは、こいつレイアを人質に取る気だな。そう私が問いかけるとリコはムッと表情を歪め。


「違う、私とレイアは本物の友達。お前がここにいるなら私は剣を持ってきていた」


「む……」


「私こそ問いたい、何故天使も同然のレイアの姉が貴方みたいな悪魔なのか」


「そんな事私に言われても困る。同じ腹から生まれてきたからとしか答えようがない」


「屁理屈を、貴方はレイアを悪の道に引き摺り込もうとしている。そうに決まってる」


「貴様こそ。レイアの側に置いておくにはあまりにも危険すぎる! 」


 リコは拳を握り、私もまた腰を落とし構えを取る。こいつがレイアの事をヒロイン協会に話せばそれで終わる、レイアの平穏な人生が消えてしまう。そんな事絶対にさせない、私がレイアを守る。


「ヴァルキュリア、昨日言った通り。今日ここで決着をつけてやろう! 」


「望む所……! 」


 拳に力を込め、互いに踏み込み、その顔面を狙い殺意を露出させ──。


「二人とも〜麦茶持ってきたよ〜、ってアレ?  どうしたの二人とも、肩なんか組んじゃって」


「あ、はは……」


 がしかし、その寸前で扉が開いた瞬間。私とヴァルキュリアは同時に拳を開いて互いの肩に乗せ身を寄せ合う。危ない危ない、レイアの前だって忘れるところだった。

 というかヴァルキュリアのヤツ、レイアの前ではやはり戦う気がない?  さてはこいつも私と同じでヒロイン活動のことを伏せているのか。


「ふふふ、二人とも仲良しになってくれてよかったぁ」


「も、勿論だとも。レイアの友達なんだから」


「うん、バッチリ」


 うう、嫌な悪寒がする。あのヴァルキュリアに触れられているなんて気持ちが悪い。と思っていたらどうやらこいつも同じなようで表情は変わらないが顔が青い。

 互いに殺し合ってきた間柄だ、仲良くなんか出来るわけがない。


「二人とも座って座って〜、私ずーっと夢だったんだぁ。マイヤお姉ちゃんとリコちゃんと一緒にお家で遊ぶの〜」


「そうか……」


 私は悪夢だよ。家に黎明のヴァルキュリアがいるなんて。だがレイアが喜ぶなら私も──痛ァッ⁉︎


「ッ⁉︎」


 いきなり足に激痛が走り視線を下に向けると、そこには私の足に食い込むリコのつま先が見えた。こ、こいつ!


「あ、すみませんお姉さん。足を踏んでしまいました」


(上等だコイツ……)


 絶対わざとだ、コイツここでもやろうってのか。だったら構わん、やってやろうじゃないか。


「はいこれ、みんなの麦茶だよ〜」


「レイア、大丈夫。私が配──ゔッ⁉︎」


 ヴァルキュリアが机に配られるお茶を取ろうと身を屈めた瞬間を狙い、私はコイツの尻を思い切りつねる。同時にリコは鬼の形相でこちらを見るが、仕掛けてきたのはお前だろう。


「おや?  どうしたのかなヴァ……リコ君。そんな歳で腰痛かな?  いけないなぁ何か激しい運動でもしているんじゃないかい、例えばそう。ヒロイ──ギッ⁉︎」


 瞬間、リコの足が私の脛を蹴り上げ痛みに声が噴き出そうになる。

 こ、コイツやりやがった、私の足を……!


「どうしたんですかお姉さん、そんなヒロインにやられて爆発四散する怪人みたいな顔をして」


「く、詳しいねリコ君。まるでヒロインみたいだ……!」


「大丈夫?  お姉ちゃん」


「大丈夫大丈夫、こんなの屁でもないしまるで効いてないよ、まるでね。それより座ろうか」


「あ、うん」


 私は席に座るよう促しつつ椅子に座る。レイアが座り、リコが座……うとした瞬間にその椅子を引きリコの尻が空を切るよう仕向ける。


「ぅグッ⁉︎ 」


「り、リコちゃん!  大丈夫⁉︎ 」


「だ、大丈夫。これっぽっちも効いてない、これっぽっちも」


 ザマァみろヴァルキュリア。無様にひっくり返って、まるで死に際のカメムシだな。これに懲りたら二度とレイアに近づくな。


「えっとね、私二人のためにたくさんお菓子買ってきたんだ。だいこんチップスにワサビチョコレートに……」


 ヴァルキュリアの目を見て鼻で笑う。貴様はいつもそうだ、最後の最後で私に出し抜かれる。やり方が甘いんだよお前は。


「あとコオロギスナックも買ってきたの!  」


 なんてレイアが可愛らしくお菓子の袋を見せびらかすと、ヴァルキュリアはチラリとレイアを見て。


「あれ、レイア。足元に何か落ちてる」


「へ?」


 レイアの視線が下を向く、その瞬間リコの拳が思い切り私の顔面を貫き……。


「ふぐぅッ⁉︎」


「え?  何も落ちてないよ」


「ごめん気のせい、お菓子食べよう」


「うん!」


 こ、こいつ。マジで手ェ出してきやがった。そうかそうか、そっちがその気ならこっちにも考えがある。


「む?  レイア、壁に立てかけてある時計、なんか時間がズレている気がするが?」


「嘘ッ!」


 レイアが慌てて後ろに立てかけてある時計を見た瞬間。私は拳を握りコークスクリュー気味にヴァルキュリアの右頬をぶち抜く。その衝撃波がリビングのカーテンを揺らし奴の目がくるくる回る。ザマァ見ろ。


「え?  ズレてなくない」


「ああ悪い悪い、私との腕時計の方がズレていたみたいだ」


「え〜?  じゃあ後で直さないと」


「そうだね、それよりレイア。最近の学校の様子は……ブフッ⁉︎ 」


 腹から空気が漏れ出る。チラリと下を見ればヴァルキュリアの足が机の下を通って私の腹を叩き抜いているではないか。やるか、やってくるのかそういう事を。


(このガキィッ……! )


「レイア、それより今日出された宿題、きちんと出さないと先生に怒られ───にッ⁉︎」


 即座に私は腕時計型光線銃を動かしヴァルキュリアの脛を焼く。そのあまりの熱さにヤツはギロリとこちらを見るので、こちらもまた煽るように牙を見せて笑う。


「今日出された宿題かぁ、そうだお姉ちゃん。最近はねぇ家庭科でスカート作ってるんだぁ、宿題はそのデザイン案でぇ」


「それはいい……良い宿題だね、君もそう思うだろう。リコ君」


「…………全くもって、その通り」


「面白い宿題だよねぇー」


 静かに、ただ静かに睨み合う。その過程で私とヴァルキュリアは机の下で互いに足を踏んだり蹴ったり。こいついつまでやる気だ、そんなに私と殺し合いがしたいのか……!


「ッ……」


 私の足がヴァルキュリアの脛を蹴り抜いた、その瞬間。ヴァルキュリアは突如として立ち上がり……。


「……お姉さん、とても良い人」


「え?  リコちゃんもそう思う⁉︎  だよねだよね!  お姉ちゃんすごく優しいんだ」


「是非、向こうで個人的に話がしたい」


 そう言いながら指で表出ろとジェスチャーしてくるヴァルキュリア。なるほど、それがお望みか。


「ああ、リコ君はとてもいい子だね。私も少し……お話がしたい」


「え?  外でお話しするの?」


「ああ、すぐに帰ってくる。そうしたら学校での話を聞かせてくれ」


「私も、帰ってくるから。一緒に宿題しよう」


「う、うん……早めに、帰ってきてね」


 殺してやるここで、レイアと家でゆっくり話せる良い機会を潰しやがってこの野郎。ヴァルキュリア、今日がお前の命日だ。

 私とヴァルキュリアは静かに、互いに不可侵条約を守りながら玄関までは何もせず……二人で外に出る。


 故に気がついていなかった。互いに宿敵しか目に入っていなかった。私とヴァルキュリアはもっと見るべきだったんだ。


「二人とも……仲良くしてくれる、よね」


 眉を垂れるレイアの顔と。


『……けけけ、遂にデスバールとヴァルキュリアが離れたぞ。今がチャンスだ』


 庭先で家の様子を伺う。不気味な影の存在に。


………………………………………………………………


「ヴァルキュリアァァアアアァアアアアアッッッ‼︎ 」


「デスバールゥゥッッ‼︎」


 激突、街の近くにある巨大な石切場に戦場を移し。私はいつもの総統服に、ヴァルキュリアはいつもの鎧に仮面をして、互いに剣と刀をぶつけ合い山を崩す勢いで鎬を削る。


「レイアは私が守るッッ!  手出しをするな下劣なヒロインがッッ‼︎」


「レイアは孤独だった私を助けてくれた真のヒロイン。そんな彼女は穢させない、例えそれが実の姉であっても! 」


 あの子は私の唯一の家族なんだ。地震の崩落に巻き込まれた私の両親を助けられなかった癖に、英雄と称えられるヒロイン達の影で苦しみ泣いた私を癒してくれた。唯一寄り添ってくれた私の救いなんだ。

 あの子は私が守る、何も守れないヒロインは寄せ付けない。絶対にッ!


「死ねヴァルキュリアッッ‼︎」


「グッ⁉︎」


 両手を添えて、叩きつけるような軌道で放たれた斬撃。それを受け止めたヴァルキュリアの立つ大地が割れ、余波で岩山が裂け、砂塵が舞い上がる。

 しかし、それ程の負荷がかかりながらもヴァルキュリアの体には傷がついている様子がない。相変わらずの頑強さ、人間とは思えんな。


「レイアは唯一、私を人間として扱ってくれた!」


「ぐぅ……」


 反撃の拳が私の胸を叩き抜き、背後の岩が砕けるほどの衝撃波が飛ぶ。私の鍛え抜かれた体でさえ、奴の攻撃は受けきれんか。


「生まれながらにして、正義執行以外の道を許されなかった私に!  人として生きる道を、くれた」


「何が人として生きる道だバカバカしい!  貴様はただレイアを横に置いて人間ごっこに耽っているに過ぎないだろうに!」


「違うッ‼︎ 」


「お前達ヒロインは!  遍く万人の命を助けるためならば!  誰かにとってのただ一人を犠牲に出来る独善の権化だッ!  お前だって、数百万の命とレイアを天秤にかければ……レイアを捨てるんだろうッ! 」


「数百万の命とレイアの命を、天秤にかけさせるのはいつだってお前達ヴィランだッ!  悪党が道徳を語るなッ‼︎」


 刀を取り直し、無数の斬撃を叩き落とせば虚空に火花が散る。それは相容れない互いの主張が上げる熱の如くひたすらに猛る。

 コイツの身の上には微塵も興味がない、コイツの主張にはまるで中身が伴わない。現実を知らない空虚な言説によって翻弄されるのは、いつだって力を持たないレイアのような子達なのだ。


 なればこそ否定しなくてはならない。私達デスプレアは力を持たない誰かを翻弄する正義を力によって撃滅し、真に生きやすい正義なき世を実現しなくてはならない。


「私は守る、レイアを……レイアが生きるこの世界をッ!」


「違う、作るんだよ私が。レイアが生きやすい、新たな世界をッッ‼︎ 」


 一閃、斬撃が交錯。いつしか苛立ちを超えた互いの主義主張のぶつけ合いとなり、それは互いに反発し周囲への破壊と言う形で具象化。いつしか岩山は崩れ瓦礫のみが足元に転がる様相と化し。それでも戦いは終わらない。


……筈だった。


『総帥ッ!  大変です!』


 突如、耳元に取り付けた通信機からミリアレンセの声が響く。


「なんだミリアレンセ!  こっちも大変だッ!」


『それが、レイア様が誘拐されましたッ!」


「何ッ⁉︎」


 ピタリと刀を止める、同時に目の前のヴァルキュリアもまた動きを止め終わらないはずの戦いが終わる。


「どう言う事だッ!」


「それが、"悪辣なるプレセペ"とか言う組織に誘拐されたようで……」


「なんだその組織は、知らんぞそんな物」


「我々と同じ世界征服を目論む悪の組織です。どうやら総帥とレイア様の関係をどこからか嗅ぎつけたようで……レイア様の命が惜しければ、我々の参加に下れと」


 あまりの怒りに頭がどこにかなってしまうそうだ。我々を傘下に加えたければ直接言え。それが言えない程度の弱小組織が……よりにもよってレイアを巻き込んだだと。

 許せん、絶対に許せん。


「デスバール……」


「ヴァルキュリア、すまんな。聞こえていただろう、レイアが巻き込まれた。お前に構っている暇がなくなった、決着は後日……」


「何処にいるの、レイアは」


 ヴァルキュリアは仮面の向こうから私の瞳を見つめてくる。何処にいるだと?  関係ないだろうお前には。


「無関係の人間に言うことは何もない。レイアは姉である私が助ける」


「ダメ、私は……レイアを守ると約束したの。けど事態の把握はお前の方が早い、何より……」


「何より?」


「この一件で、ヒロイン協会は巻き込めない。そうでしょう」


「ッ……」


 ヴァルキュリアの言葉に私は驚愕する。だってヒロイン協会を巻き込めないと言うことはつまり、こいつは私とレイアの関係を秘匿するつもりだと言うこと。レイアの事を伝えれば否が応でもレイアはヒロイン協会に調べられる。そうなれば全てバレる。


「お前、私の事をヒロイン協会に言うつもりがないのか」


「最初からそう言ってる。あの子にはヒロインの事も何も言ってない。優しい子だから……巻き込みたくないから。でも、それでも守りたいの……だから、お願い」


 ヴァルキュリアが頭を下げる、あのヴァルキュリアがだぞ。悪を憎み滅ぼす正義の化身が。だがコイツはヒロイン、そいつと手を組むなんて……。


『黎明のヴァルキュリア!  聞こえているか!』


「ッ……本部から通信、こんな時に」


 その瞬間、ヴァルキュリアの通信機が震えヒロイン協会本部から通信が入る。その声は逼迫しており。


『大変だ、街中でトレミー団なる悪の組織が暴れている!  事態は一刻を争う!  数百万の命の為今すぐ向かってくれ!』


「…………」


 私は見る、歯噛みするヴァルキュリアを。それがヒロインだ、ヒロインとは公の為しを殺す滅私奉公の存在。私的な友情のためには動けない。だから信用がならない、それだから信用出来ない。正義は……。


『早くしてくれ!  ヴァルキュリア!』


「…………ねぇ、そういえば」


『なんだ!』


「私、有給残ってたよね」


『は?』


「今それ使う、今日休み」


『なッ⁉︎バカを言え緊急事態だぞ⁉︎』


「そもそも他のヒロイン弱過ぎ、私一人いないだけで滅ぶなら協会なんか必要ない。前回の本部襲撃の時思った、偶には他のヒロイン使わないとみんな弱くなる」


『そ、それは一理あるが、一理あるがそれでも……』


「そう言うわけだから、じゃあね、バイバイ」


『ちょっ待ッ──』


 その瞬間、ヴァルキュリアは通信機を握り潰す。そしてスクラップになったそれを足元に転がすんだ。ヒロインが、助ける者に優劣をつけるか。


「私は私の守りたい物の為にヒロインをやってる。私が守りたいのはレイアの世界、レイアがいない世界なら滅べばいい」


「……フンッ、とんだヒロインだな」


「構わない、なんと言われても私は私の為だけに戦う。だって私は……独善の権化だから」


「…………」


 目を伏せる、考える、迷う。数秒の熟考を挟んだ後、私は。


「ミリアレンセ、機会兵団の在庫はあるか。場所を教えろ……私が出る。それともう一人連れて行く」


 伝える、そして聞く。レイアの居場所を、レイアを攫ったゴミクズの居場所を。



………………………………………………………………


「い〜〜ひっひっひっ!  遂に攫ってやったぞ!  世界最強のヴィランであるデスバールの妹をッ‼︎」


 山の奥にある秘境と言われる森の更に奥。そこは世界征服を目論む悪の組織……悪辣なるプレセペのアジトが存在する。

 洞窟の奥にある鉄の扉を潜った先に広がる鋼鉄の迷宮。そこで悪の高笑いを響かせる青い肌の大男は鉄のベッドで気絶する小娘を見て舌なめずりする。


「ここまで長かった、目の上のたんこぶであるデスプレアをなんとかする為に調査を続けて苦節五年。ようやく見つけた無敵のデスプレア、その弱点が……まさかこんな簡単に手に入るとは」


「やりましたねブルーオーガ総統!  」


 彼らの目的はただ一つ。世界征服、その目的の為自分たち以上の勢力を持つデスプレアをなんとかする為調査を続け、ようやく辿り着いたレイアの存在。それを隙を突き手に入れた悪辣なるプレセペの総統ブルーオーガは方を揺らして笑う。


「ああそうとも、コイツを交渉材料にデスプレアを従わせ、ヒロイン協会と戦わせる。上手くいけば共倒れしてくれるだろう、そうなれば世界は俺のものだ!  世界中の財宝も女も全て俺の物!」


「美人秘書つけましょう美人秘書!」


「いいなぁそれ!  なんならあのデスバールを俺の秘書にしてやってもいいかもなぁ、ゲヘヘヘ」


 或いはこの女を、そうブルーオーガは考えるだろう。既にその思考、言動、目的……全てが我々に筒抜けであるとも知らずに。

 だがもう遅い、彼等は我々の不可侵領域に踏み込んだ。そのツケは早急に支払われねばならない。故に……。


「ッ⁉︎  総統!  大変です!」


「なんだ喧しい、何が大変なんだ」


「それが、何者かがこの基地に向かっていて……あッ!  来ます!」


 ここで、彼等には終わってもらう。


『何処の誰かは知らないがッ──」


『──自分達が何をしたか、理解させてやる』


「ッこの声はっ⁉︎  まさか!」


 吹き飛ばす、隔壁を。

 焼き尽くす、防壁を。

 殴り込む、二つの世界最強が。壁を引き裂き、瓦礫を押し飛ばし、戦闘員を雨のように蹴散らし、突っ込む。


「デスバールッ⁉︎  ヴァルキュリア⁉︎  何故貴様らがここに!」


「レイアを攫ったゴミカスは貴様だなッ!  お望み通り殺しに来たぞッ‼︎ 」


「誅罰を加える」


 ヴァルキュリアと共に、刀を手にアジトに乗り込めば青肌の巨人ブルーオーガがより一層顔を青くしてワナワナ震える。

 こいつは私をナメすぎた。我々以外の組織のアジトなどとっくの昔にリストアップしているに決まっているだろう。

 データベースを探れば何処にいるかなどすぐに分かる。ただ私の邪魔をしなければ眼中にも入れなかっただけで、潰す理由が出来たのなら潰す。当たり前の話だ。


「いや!  デスバールは理解できるとして!  何故ヴァルキュリアがいる⁉︎  ヒロインだろお前!」


「悪の組織が民間人を攫ったから来ただけ」


「横にいるのも悪の組織だろ⁉︎」


「そう、けど……物事には優先順位がある」


 隣にいるヴァルキュリアは私を見て、表情を変えず直ぐに目線を変える。私はこいつを連れてきたわけじゃない、ただ何処に行くかを伝えただけだ。

 そこに勝手についてきただけ。私も今はヴァルキュリア以上に倒したい奴がいるから放置してるだけ。


 お互い勝手にやっている。だからこれは協力じゃない、そう言う言い訳が必要なんだよ。私達の関係には。


「レイアを返せば半殺しで済ませてやる、いや……その下劣な手で触れた罪も考慮すると、四分の三殺しくらいはする必要があるか」


「グッ!  ええいこうなったら仕方ない!  お前ら!  かかれかかれぇい! 」


「イィッーッ!」


 向かってくるのは戦闘員の群れ。黒い衣服を着て突っ込んでくる雑魚の大群、そのあまりの稚拙さにため息が出る。今この時代に戦闘員になんの武装もさせていないのか……なら手本を見せてやるか。


「そうか、なら……デスプレア!  オープンファイアッッ!  オンッ!」


『了解、撃滅を開始します』


 手元の腕時計型デバイスで連絡すれば、周囲の壁を引き裂いて現れるのは鉄の鉤爪、鉄の砲門、鉄の躯体。


「なんじゃこりゃあ⁉︎」


「機械の軍団だァッー⁉︎」


『デスプレア機械兵団、作戦開始』


 ヒロイン協会襲撃の際に使った兵団の残りをこっちに持ってきた。

 蜘蛛型戦車『スパイダーファイア』に蜂型駆動兵器『エクスホーネット』。全て全長20メートル以上の怪物ばかり。

 それがワラワラと現れ戦闘員を蹴散らしていく。比喩でもなんでもない、蹴って散らして蹴散らすのだ。その巨大な足は戦闘員達から見れば、さながら巨大な鈍器だからな。


「分かるか。財力、兵力、技術力、そして頭領の気概の差が」


「グッ……ふざけるなぁぁああッッ‼︎」


 向かってくる、拳を握って悪あがきとばかり突っ込んでくる。ブルーオーガの頭の中には何をどうやって、こうやってと言う計画性もない。

 ただ、暴力によって何かを解決する。そう言う思考しか残っていない、頭領がそんなのだから……踏み潰されるんだよ。

 何より、何よりも、お前がそれを言うか……!


「ふざけているのは──」


「──どっちだ」


 握る、刀を、剣を、悪と正義の頂点に立つ私とアイツが。今最も許せない存在に牙を剥き、踏み込むつま先の方角を揃える。


「私の妹を!」


「親友をッッ‼︎」


「ヌゥッ⁉︎」


 その踏み込みが、音速を超える。音が後ろから迫り、圧迫された空気が熱を持ち、灼熱の光と共に二つの影がブルーオーガに迫り……その罪の清算を迫る。


「「返せッッ‼︎‼︎」」


「ァギャァッ⁉︎」


 一閃、黒と白の閃光が交錯しブルーオーガに叩き込まれた瞬間。その体一つで受け止めきれなかった衝撃波が四方八方に霧散、拡散しアジトを爆炎の柱で包み、吹き飛ばす。


 決して交わる事のない二つの力が、ちっぽけな野望を軽く吹き飛ばしたのだ。


………………………………………………………………


「レイアは無事か?」


「うん、怪我してない。気絶はしてるけど」


「そうか、レイアが寝坊助で助かったな」


「さっきの騒ぎでも全然起きない、流石レイア」


 吹き飛んだアジトからレイアを連れ出し、私とヴァルキュリアは安全な場所にレイアを避難させた。幸いレイアは気絶はしているが怪我はしていないようだ。

 その事に二人で安堵していると。


「ん、んん〜〜……」


「れ、レイア!」 


 レイアがむにゃむにゃと口元を動かし、その手で目を擦り覚醒を始めた。そしてシパシパと目を開き……。


「あれ?  お姉ちゃん?  何その格好」


「え?  あッ!」


 ふと、目覚めたレイアは私の格好を見て首を傾げる。しまった……デスバールの格好だった、え…っと。


「コスプレ」


「そっか、お姉ちゃんそう言うの好きなんだね。あれ?  リコちゃん?  何その格好」


「コスプレ」


「へぇ〜、そうなんだ!」


 レイアが能天気な子で助かった。何より、今こうしてホニャホニャと笑うレイアを見て、見れて、よかった。攫われた時はどうなることかと思ったけど……。

 と、私が安堵しかけた瞬間。レイアは顔を曇らせ。


「私ね、お姉ちゃんとリコちゃんが、仲悪いのかなって思っててさ」


「えッ⁉︎  なんで……」


 まさかあの家での嫌がらせ合戦、バレて……。


「だって二人とも、私としか話さなかったじゃん。会話したのは最初だけ、それ以降はずっと私としか話さなかったから」


そ、そっちか……。いやまぁ話さんだろ、そりゃあ。


「だから会わせたの、失敗だったかなって思ってたの。けど……今、こうして二人でいるって事はさ。仲良く出来たんだね」


「え?」


 思わず、私はレイアとヴァルキュリアを交互に見やる。別に、仲良くなんかしてないが。いや……だが、そうだな。


「ああ、そうだよ。二人で遊んでたんだ、さっきまでね」


「うん、遊んでた。コスプレして」


「うん!  だから二人が仲良くしてくれて嬉しいなぁって。えへへ」


 私とヴァルキュリアと言う悪と正義の頂点は仲良くなど出来るはずがない。だがもしこの二つが手を取り合えるとしたら、全てお前のおかげだよレイア。

 お前が、相容れない二つを仲良しにさせたんだ。


(世界中を仲良しにさせる夢か。案外この子なら本当にできてしまうかもな)


「っていうか私なんでここにいるの?  家にいたはずなのに」


「さぁ、寝ぼけてここまで歩いてきたんじゃないか?」


「レイア、そういうとこある」


「えぇ〜⁉︎  そうかも……」


「ふふふ、さぁて帰るか。家でお菓子でも食べよう。三人でな」


 覚えておけよ、黎明のヴァルキュリア。私はいつか必ずお前を倒す。だがそれは今じゃない、今の私は星宮マイヤでレイアの姉だ。月神リコと言うレイアの親友には手出しをしない。


 レイアの前くらいでは、仲良く並んで歩いていこうじゃないか。例えこれからもこの戦いが続いたとしても。


 この子の日常を守る為に、一緒にな。


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