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鉄球50発――そして「おかわり」

道場の隅。

5KGのメディシンボールが、無言で鎮座している。

それを見下ろす風花は、ゆっくりと息を吸い、そして腹をまくった。


「準備出来たよ、カナ」


「……うん」


カナはいつになく静かな表情で、ボールを持ち上げる。

風花は仰向けに寝転び、腹を差し出した。


「――お願いしますっ」


ドスンッ。


1発目から、容赦のない重量が腹に落ちる。

風花の口から、無意識に小さな呻きが漏れた。


けれど、彼女はすぐに目を見開いて、言った。


「1!」


その声に、カナの目が鋭くなる。

風花の覚悟に応えるように、次の一発を投じる。


ドスンッ。

「2!」


ドスンッ。

「3!」


回数が進むにつれ、風花の顔色はじわじわと変わっていく。

けれど、その目だけは――ずっとまっすぐ前を見ていた。


途中、何度も腹が揺れ、声がかすれる。

しかし、カナは止めなかった。風花が止めろと言わない限り、止めるわけにはいかなかった。


「48……っ」


「……49……っ……!」


「――ごっ……50!!」


ラストの一発を腹に受けた瞬間、風花の体はビクリと震え、拳がぐっと握られた。


そして――


「はぁっ、はぁっ……50……終わった……!」


風花は笑った。痛みにも汗にも負けず、やりきった者だけが見せる、誇りに満ちた笑顔だった。


カナはボールを横に置き、風花のそばにしゃがみ込むと静かに、毎度恒例の質問をした。


「……ねぇ、風花。『おかわり』……何発ほしい?」


その声は優しく、それでいてどこか挑発的でもあった。


2人の中にだけ通じる、合図。


風花は、少しだけ天井を見つめたあと、カナを見た。


その瞳には、涙なんかひとつもない。ただ、炎があった。


「ーー今日は10発。“おかわり”10、お願い」


カナは頷き、ボールを再び手に取った。


「了解。じゃあ、“おかわり戦”――開始するね」


静かなる闘志が、また2人の間に火をつける。


これは、誰のためでもない。

ただ、強くなるための宿命の儀式。


そして、まだまだ部活は、終わらないーー。


ーー「おかわり戦」限界を越える10発ーー

風花は、腹を押さえながら、ゆっくりと仰向けに戻った。

すでに50発を受けた腹には、赤みが浮かび、息をするたびに鈍い痛みが走る。


それでも彼女は、両手を腹の横に置き、静かに言った。


「10発……“おかわり”お願いします……」


その声は震えていた。けれど、逃げようとする意志は微塵もない。


カナは黙って、ボールを持ち上げた。

2人の間に、言葉はいらなかった。


ドスンッ。


「――っ……!」


腹の中心に、また重みが突き刺さる。


50発を超えた腹は、すでに防御の機能を果たしていない。

それでも風花は耐える。


「……いち!」


ドスンッ。


「に……っ!」


1発ごとに、風花の息が荒くなる。

痛みだけじゃない。全身が悲鳴を上げている。

だが、彼女は唇を噛んででも、数を刻む。


ドスンッ。


「さ……三っ!!」


カナは、ただ黙って投げ続ける。

今、優しさを見せることは――風花への侮辱になる。


(この子は、今……自分を壊してでも、強くなろうとしてる)


だから、投げる。


ドスンッ。


「……ご、ごぉ……!」


四発目の直後、風花の背中が反射的に跳ねた。

痛みに負けて身体が逃げそうになる。だが、すぐに自分で元の姿勢に戻す。


「逃げない……あと、6発……!」


カナは、風花の瞳を見て、少しだけ強く、次の一撃を落とす。


ドスンッ。


「ろ、ろくっ……!!」


震える指、腹を押さえる手がわずかに痙攣する。


ドスンッ。


「し……ちっ……!」


風花の目に、一瞬光るものが浮かぶ。それでも涙にはならない。

飲み込む。握る。耐える。


ドスンッ。


「……は、ち……ぃ……!」


その声は、かすれかけていた。

でも、まだ消えていない。彼女の中にある“負けたくない”という魂が、声帯を震わせる。


(あと、2発……)


風花の脳裏に、昨夜のダンベルトレーニングの苦しさが蘇る。

でも、比べ物にならない。これは、別格だ。

これは、試合でもなく、練習でもなくーー覚悟そのものだ。


ドスンッ。


「……きゅ……っ……う!」


もう息も絶え絶えだった。

だが、風花は、最後の一発を迎えるために、腹に力を込める。


(こい……! 最後の一発――!)


カナは、目を閉じるようにして、ボールを持ち上げ、ゆっくり落とした。


ドスンッ。


「――――じゅっ!!」


その瞬間、風花の身体がぴくりと跳ねた。

けれど、叫ばなかった。耐えた。声を出した。


そして、息を吸って――吐いた。


「……おかわり……完了、です……っ」


額から汗が滝のように流れ、胸が上下に激しく揺れる。


けれど、彼女の目は、光を失っていなかった。


カナは、そっとボールを床に戻した。


「……立派だったよ、風花。私、ほんとに驚いた」


風花は、寝転んだまま、微笑む。


「ありがとう……でも……まだまだ。もっと、強くなるから」


2人の間に漂うのは、静かな尊敬と、次なる闘志。


風花の「おかわり戦」は終わった。

けれど、彼女の挑戦は、まだ始まったばかりだった。

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