宿命の対決
「中学女子空手・個人戦、試合始め!」
試合場に立った風花とカナは、対峙した瞬間にすべての雑音を切り捨てた。観客のざわめきも、審判の号令も、今はもう届かない。
(絶対、勝つ。あの“おかわり”なんて、絶対させない)
風花の足がわずかに沈む。カナの構えも低い。両者、初撃を探るように慎重な間合い。
「せいやっ!」
風花が先に踏み込む。中段突き。鋭く、まっすぐ。だが――
「甘い!」
カナは身体をひねってかわし、返すように風花の腹へ突きを打ち込む。風花は一瞬、身体をのけぞらせながらも、歯を食いしばって踏ん張る。
(まだ、こんなの…全然平気!)
鍛えてきた腹が、仲間に、ライバルに、そして自分自身に、負けないようにと訴える。
試合は始まったばかり。だが、これは単なる空手の試合ではない。鍛え合い、競い合い、ぶつかり合ってきた2人のーー想いの勝負だ。
試合ーー「壊れるまで」
拳が鳴る。蹴りが唸る。
そして何より、腹が軋む。
試合は開始直後から常軌を逸していた。風花も、カナも、相手の腹を狙い撃つ攻撃しかしていない。いや、意図的にそうしていたのだ。
「うあっ…!」
風花の腹にカナの膝蹴りが突き刺さる。その瞬間、観客席から小さな悲鳴が漏れた。だが、風花は崩れない。歯を食いしばり、カナを睨み返す。
「その程度…じゃ、うちの腹は沈まない!」
風花の反撃。渾身の前蹴りがカナの腹に命中。カナの表情が歪み、膝がわずかに緩む。
互いに倒れず、譲らず、そして恐れず。
「何が何でも――!」
「絶対に私の方が、最後まで残る!」
2人の中で勝敗の基準はただ一つ。「どちらが最後まで立っていられるか」。
試合時間は過ぎていた。延長に次ぐ延長。2人だけの地獄の舞台。もはや技術ではない。精神と、鍛え上げた腹の強さの、純粋な戦い。
延長につぐ延長で、試合時間は述べ15分に迫ろうとしていた。
すでに2人の腹は、赤く腫れ上がり、息をするたびに苦悶が滲む。
それでも、風花は立ち向かった。
「こいよ…カナ……!まだ……腹、いけるからっ!」
その言葉に、カナの眉がほんの一瞬、揺れた。
そして――次の瞬間、渾身の横蹴りが、風花の腹を深くえぐった。
「ぐ……っ――か、はっ……!」
風花の身体が一歩、後退する。踏みとどまろうとする脚が、わずかに震える。そして――
崩れ落ちた。
腹を抱えながら、膝を突く風花。口から漏れるのは、言葉にならない息。無念も、悔しさも、その腹に込められていた。
審判の声が、遠くから響いた。
「ーー勝者、カナ!」
観客が静まり返る中、風花は膝をついたまま、ゆっくりとカナを見上げた。額には汗、唇は震え、それでもその目には、光があった。