最終話
「よし……大丈夫。うん、可愛い」
次の日。
舞琴は駅前のカフェのガラスに自分の全身を映して最終確認をしていた。
服に皺はないか。変な寝癖はないか。
服装は購入したばかりの純白のワンピースに黒カーディガンを羽織る。
舞琴は裁縫は得意で破れてしまったところは難なく治せた。
舞琴は中身は残念なところがあるが、容姿は整っている。
それは本人も自覚している部分。
故に自分に見惚れてしまったりする。
「……うん、やっぱり私って結構可愛いよね?」
と、ガラス越しに映る自分を凝視して呟いてしまったり。
「あ、あのぉ……柊さん」
「……あ」
ギギギっと壊れたブリキ人形のように、舞琴はゆっくりと振り返る。
その声の主を間違えるはずはない。
つい昨日聞いたばかりであるから。
「た……滝くん。いつから」
「えーと。ガラスに映る自分を見て自分のことを可愛いって言ったあたりかな」
「………」
し、死にたい
昨日散々醜態を晒したのに、さらにその恥の上塗りをしてしまった。
舞琴は顔が熟れたリンゴのように真っ赤になっていく。
デジャブである。
どこか似たようなシチュエーションをつい昨日したばかりで蓮太郎は微笑み、舞琴は取り繕い笑う。
蓮太郎は話の話題を変えるため「そう言えば」と話を振る。
「集合時間、間違えちゃった?今、11時半だけど」
「え?合ってるよ!私が早く来すぎちゃっただけで」
「もしかして、結構待たせちゃったんじゃ」
「そんなことないよ!待つ時間も楽しかったし!」
「そんなものなの?」
「そうなの!そう言う滝くんも早いよね」
「……実は僕も早く目が覚めちゃったんだよね」
照れながら言う蓮太郎。
自然に舞琴は笑が溢れる。
話せなかったらどうしよう、と不安であったが驚くほど自然に会話ができている。
「せっかく早く来たし、入ろうか」
「……うん」
2人は目的地の喫茶店に入った。
2人が来たのはえんじ色の外装をしている洒落た喫茶店。内装はテラスの照明に照らされ、静かな雰囲気を醸し出す。
この喫茶店は隠れた名店として人気が高い。
その名物は喫茶店の店長のこだわりのブレンドコーヒーといちごジャムたっぷりのパンケーキだろう。
この店に来たのは蓮太郎の希望であった。
蓮太郎は甘党でお菓子には目がない。
前から看板を見て興味があったが、男1人で入れる雰囲気でないため、半ば諦めていた。
そんな時に舞琴から誘われた。
良い機会だと考え、自ら行きたいと申し出たのだ。
舞琴もまた、甘いものが好きであるので了承した。
「楽しみだね滝くん」
「確かに」
注文を済ませた2人は待ち続けるのだった。
待つ時間も注文が届いたあとも2人は会話が途切れることはなかった。
もちろん、当初の目的であるお金は封筒に入れて渡した。
遺恨がなくなり気も晴れた舞琴は自然体で話続けた。会話は続き舞琴の着ているワンピースについて。
「そのワンピース破れたやつだよね?自分で直したの?」
「まぁね。破れたのここだけど、全く違和感ないでしょ?」
「ほんとすごいよ」
「私、こう見えて女子力高いから!」
「ほんと、意外だね」
「意外ってひどくない?」
「いや、だって抜けてるところが多かったし。今朝も」
「そ、それは忘れてよ!」
慌てる真琴にそれを揶揄う蓮太郎。
もともと趣味が近いこともあり、打ち解けた後はたまに揶揄いを入れることもあった。
好きな映画の話。最近ハマっていること。
話出せば止まらない。
だから、時間の経過が早い。気がついたら、時計は15時。
「……時間経つのって早いなぁ」
「確かに」
両頬をついて言う舞琴に蓮太郎は同意する。
本当に、名残惜しい。
「……はぁ……もうちょっと話したいけど、用事あるんだもんね」
「……ごめん」
「滝くんが謝らなくても、もともと急に予定入れてもらったの私なんだし」
そう言って2人は立ち上がる。
蓮太郎はまた自然な流れで伝票を取ろうとしたが舞琴はそれを死守するように奪い取る。
「今回は奢らせないよ!お礼なんだから!」
「……あ、そうだった。でも、悪い気が。せめて割り勘に」
「だめ!」
舞琴は頑なに譲らない。
蓮太郎の気遣いは正直嬉しいが、今回は舞琴が奢らないと自身が納得いかない。
「今回は私持ちで。次は割り勘ね」
舞琴は伝票を持ってレジへ向かう。
その時、舞琴は気がついていない。蓮太郎と次会うことを前提に話を進めていたことに。
蓮太郎は会計をピッタリに払おうと小銭入れを財布から取り出している舞琴を見てふと思った。
「……本当に急で驚いたけど……声かけてよかった」
蓮太郎の呟きは誰にも聞こえない。その言葉は何を意味するのか、この場では蓮太郎本人にしかわからない。
ただ挨拶をするだけの仲だった蓮太郎と舞琴。
2人の距離感はこの数日で一気に接近したのだった。
「また、学校でね」
「うん。……学校で」
舞琴と蓮太郎は最後に挨拶を交わして別れた。
「……はぁ、楽しかったなぁ。でも、よかった……やっぱり柊さんは入学式の時のあの子だったんだ」
彼もまた、舞琴に想いを寄せていた。
入試の時、顔面蒼白の舞琴を目にして放っておけなくて、自分の手持ちを貸した。
一目惚れだった。
脳裏に焼きついた笑顔が離れず試験に集中できなかったほどだ。だが、引き締め直し、無事に試験を終えた。
蓮太郎は舞琴に会えることを期待して入学したが、入試の時の彼女はいなかった。
舞琴は隣の席だったが、入学式とは明らかに見た目や雰囲気が変わっていたため、気がつけなかった。蓮太郎にとってクール系を演じた舞琴は挨拶だけの話しかけずらい雰囲気を醸し出すクラスメイトだった。
蓮太郎は入試のあの子は不合格になったと考えた。かなり緊張していたし、実力を発揮することができなかったのだろうと。
そう結論づけた。
そんなある日のこと。行きつけの服屋に向かった蓮太郎はたまたま鏡の前で無邪気にカーテシーをしている舞琴を見かけた。
いつもクールな彼女は顔をいつも見ているので見間違うことはなかった。
だから、舞琴だとすぐ気がついた。
そして、入試の時に脳裏に焼きついた笑顔と今鏡の前でポーズをしている初恋のあの子が重なった。蓮太郎は勇気を出して声をかけた。
人違いだと思ったが、ここで声をかけなかったら後悔してしまうと考え思い切って声をかけたのだ。結果は舞琴があの時の入試の子だと判明したのだった。
「本当に安心した」
明日登校する楽しみができた蓮太郎だった。
次の日。
「うん……変じゃないよね」
休みが明けて月曜日、舞琴は自室の鏡の前に立っていた。
いつもより重点的に確認する。
入学して初めて買ったスカートの制服。裾を上げすごていないか。変ではないかと何度も見る。時計を一切確認せずに。
「……よし、これで安しーー」
「舞琴!何やってるの!遅刻するわよ!」
「え?……う、うそ!」
母親から一階から慌てる声が聞こえる。
準備に時間をかけ過ぎて遅刻寸前になった舞琴だった。
舞琴は少し早歩きで高校へ向かう。
朝ごはんを食べていないので、ゼリーを飲みながら。
(早く滝くんに会いたい)
その一心に歩き続ける。
どんな反応をするだろうか。
舞琴は昇降口から入り下駄箱から上履きを取り出す。
いつもなら一段抜かしで、階段を駆け上がるが今日はスカート制服なのでお淑やかに一段一段上がる。
教室の前に立つとゆっくりと深呼吸する。
「ふぅぅ。……よし」
覚悟を決めてゆっくりと開ける。
いつも通り、歩いて蓮太郎の席に向かう。
(後は挨拶するだけ)
舞琴は蓮太郎の席に向かって歩く。
蓮太郎はいつも通り、ホームルーム前の予習をしていた。
「おはよう、滝くん」
「うん、おはよ……う」
いつも通りにやり取り。だが、蓮太郎は顔を上げるといつもと雰囲気の違う舞琴に目を見開いた。
「どう?似合うかな?」
固まった蓮太郎に不安になった舞琴は不安になりながらも問いかける。
「うん、とっても」
蓮太郎は驚きながらもそう答える。その一言に安心した舞琴は微笑むと隣の席に座った。
いつもなら挨拶だけで終わっていたが、蓮太郎は教科書を閉じると問いかける。
「雰囲気変わったね。何か心境の変化でもあったの?」
「うーん。そうなんだけどね」
舞琴は考えるそぶりをする。
内心どう理由を伝えるか迷うのだ。ここで普通になんとなくと答えることもできる。
実際は着飾る理由がなくなった。まぁ、実際には舞琴の独りよがりの勘違いだったわけだが。
実際に気持ちを伝えることもできる。でも、クラスのど真ん中だし、何より恥ずかしい。
だから、舞琴は真っ直ぐ蓮太郎を見つめてこう言った。
「私がクール系をする理由がもうなくなったからかな」
「へ?……それってどういう」
ーーキーンコーンカーン。
今を含んだ返答に首を傾げる蓮太郎だったが、聞く前に予鈴が鳴る。
「内緒だよ」
舞琴はその問いかけに人差し指を唇に寄せて小声そう言った。
〜完〜
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