2話
1学期の定期テストが終わった後の土曜日、
舞琴は1人休日を過ごしていた。
舞琴はオシャレをして、ショートヘヤーにウェーブをかけている。舞琴の友人はバイトだったり、他の用事で折り合いが悪く今日は1人街中でぶらついていた。
「あ、これ!探してたやつ!」
ふと、こじんまりとした服屋にガラス越しに飾ってあった服に吸い寄せられるように店に入る。
ずっと欲しかった純白のワンピースを見つけたのだ。
舞琴は買い物を終えたばかりで、ワンピース買う手持ち無沙汰だが、どうしても着たい欲求が勝り、気がついたら入店していた。
店員に頼み試着室で着替えると、鏡に自分の姿を写した。
浮かれていた。ずっと欲しかった純白のワンピース。流行りで人気だった故、どこの店にも置いていなかった。
だから、見つけられたことが嬉しかった。
鏡の前でポーズをしたり、貴族風のカーテシーをしてみたりと浮かれていた。
不意に後ろから声をかけられるまでは。
「……もしかして柊さん?」
「はい!なんでしょ……う」
振り向くとそこには意中の蓮太郎が立っていたのだ。舞琴は固まる。
(ま、まさか見られてた)
自分が人目を気にせず、ポージングを決めていたところを見られ、恥ずかしさのあまり口をパクパクとしていた。
反応が悪く、黙りを続ける舞琴に蓮太郎は人違いであったと判断し、その場を立ち去ろうとする。
「あ、ごめんなさい。人違いでした」
「た、滝くんちょ……ちょっと待っ!うわぁぁ!」
舞琴はその場から去ろうとする蓮太郎に声をかけようとして足を滑らせて転んでしまった。
「……いたた」
「だ、大丈夫?」
蓮太郎は転んだ舞琴に駆け寄る。
だが、転んでしまった舞琴は起き上がり、顔を真っ青にする。
「……あああ!!」
「ど、どうしたの?!」
舞琴は撫でていたワンピースの裾が汚れ少し破れている部分を目にして悲鳴をあげる。
膝したあたりのスカートの丈が……破れてしまっていた。
舞琴は手書きの忠告看板を見てさらに顔が真っ青になる。
【破損した場合買取してもらうので要注意】
「あ……あははは」
蓮太郎の心配をよそに舞琴は乾いた笑み浮かべる。この先どうしようかと考える。彼女の財布の中身はワンピースの値札に書かれたお金は所持していない。
高校二年生なので、クレジットカードを持っているわけもなく。
支払いをどうしようかと考える。
「やっぱり柊さんだよね。……本当に大丈夫?」
「う……うん。滝くん……ど…どうしよう」
顔色の悪い舞琴に心配そうに蓮太郎が声をかける。
「瀧くん……あのお金ってどのくらい持ってる?」
「え?……まぁ、3万ちょっと?」
蓮太郎は舞琴に涙目、上目遣いで見られて、可憐さにドキリとするが、自分の財布の中身を見て率直に伝える。
「お……お願い。お金を貸して」
舞琴は涙目で蓮太郎に縋る思いで頼み込む。
蓮太郎は普段クールな舞琴とのギャップにときめいてしまった。
すぐにハッとして視線を逸らした。
だが、舞琴は視線を逸らされたことで断られたと思ってしまう。
「……ど…どうしよう」
「え?……柊さん!なんで?!貸すよ!貸すから泣かないでよ!柊さん!」
舞琴は不安で瞳から涙が溢れる。
蓮太郎は慌てて声をかけたのだった。
「お見苦しいところを」
「いや、僕も驚いたけど大丈夫だよ」
「本当、助かったよ。えと、お金絶対返すからね」
「いや、そんなに急がなくても」
ワンピースのお金を立て替えてもらった舞琴は恥ずかしそうに蓮太郎に謝罪をしていた。
服屋を後にした二人は近くのカフェに移動していた。
あの後、舞琴は冷静になり恥ずかしさのあまり穴があったら入りたいとさえ思った。
嬉しさのあまりカーテシーをしていたところを好きな人に見られて動揺してしまったこと。転んで服を破損させて弁償代がなく絶望したことなどなど。
色々な感情が混ざり不安で押し潰れそうになっていた。
冷静になって考えれば、お店の人と交渉することもできた。
「……私、こういうのはきちんとするべきだと思うの。ほら、金銭のやり取りから大事になったこともあるじゃない?」
「それは大袈裟すぎるような……でも、柊さんがそうしたいなら」
蓮太郎は舞琴が折れそうにないとわかり、気が済めばと思い、了承した。
(……き、気まずい)
黙りが続き、舞琴は視線を外してしまう。
挨拶以外、まともな会話をしたことのない2人。話題も出せずにいた。
舞琴にとっては恥ずかしいところを見せてしまったどころか泣き顔まで見られてしまった。
クール系を演じていた手前、黒歴史の上塗りを何度もしてしまい、萎えていた。
舞琴は居た堪れなくなる。
「……ぶ。……はははは!」
「……滝くん?」
舞琴は蓮太郎が突然腹を抱えて笑い出したことに困惑する。
「ごめんごめん。柊さん、おっちょこちょいすぎでしょ!入試の時もそうだけど。もう少し冷静になりなよ」
「おっちょこ……そ、そんなに言わなくてもいいじゃない!」
「だから、ごめんて」
「反省してないで……しょ?」
(今、入試って言った?)
聞き間違いかも知れないが、舞琴はふと気になる単語が耳に入る。
彼女は深呼吸をして姿勢を整え、蓮太郎に問いかける。
「……滝くんって……もしかして入試の時、私にシャープペン貸してくれたの覚えてたり」
「うん、覚えてるけど。忘れるはずないじゃん。入試で筆箱ごと忘れる人なんて」
蓮太郎の言葉に舞琴は絶句した。
(あれ?……なら、なんでよそよそしい態度取ってたの?)
さらに疑問が増える舞琴。
「滝くん、一つ聞いていい?」
「え?……うん」
「入学式のこと、覚えてたのなら何で声かけてくれなかったの?」
舞琴は恐る恐る聞く。
もう、恥ずかしいところをたくさん見られたし、失うものはなにもない。
蓮太郎は少し言いづらそうに話した。
「えーと……ずっと別人かと思ってたんだよね。声もかけづらかったし」
「え?……声かけずらい?」
「うん、モデルさんとか女優さんが目の前にいるみたいな感覚?雰囲気漂わせてたから」
「え?……滝くんってクール系が好きなんじゃ」
「どっから聞いたか知らないけど、うーん……普通かな。柊さんに言ったら失礼かもだけど」
舞琴は頭が真っ白になっていた。
ずっと蓮太郎がクール系が好きだと思っていた。だが、それは逆効果であったとわかった。
悪気もなく、苦笑いしながら言った蓮太郎の言葉は今の舞琴には衝撃的なものだった。
「……柊さん?」
舞琴は頭を抱えて俯いてしまう。
(私、空回りしてた?)
友人に散々指摘されていた。だが、自分が信じて疑わなかった。
そのことを後悔したのだった。