侍女マリアの日記9
いよいよ、クロス侯爵様が来られる日が来ました。
事前に私は準備をしていましたが、リネージュ様にはもちろんお伝えしていません。
コンコンと扉をノックする音がした後、ランバート殿下の声が聞こえました。
「レディ・アントレットお加減はいかがかな?」
薄手のカーディガンをまとったリネージュ様がランバート殿下のほうを向きながら答えられました。
「お気遣いありがとうございます。本日は体調が少し良いようです。」
「そうか、それはよかった。施設のほうの庭でお茶を飲めるよう新しくセッティングしたんだ。体調が良いとのことであれば一緒にいかがかな?女性視点の意見が欲しいんだ。無理にとは言わない。」
リネージュ様は大きい目をさらに大きくされて瞬きをゆっくりされたかと思うと、ふんわりと微笑まれました。
「まぁ!素敵ですね。殿下にご一緒していただけるなんて光栄です。しかし、他の女性が黙っていないのでは…?」
「いやいや、ここはあくまでも医療施設だしな、元気な貴族女性のゴテゴテと着飾ったものではなく、安心した空間を作りたいと思っているので、現時点ではあなたの意見が一番いいと思う。」
「そのような大役を務めさせていただけるとは…感謝申し上げます。」
「いいんだ、それでだな。」
そういってもう少しランバート殿下は近づいてきて、右手をリネージュ様に差し出されました。
「君のエスコートをさせてほしい。」
その手にリネージュ様はふわりと手を乗せ、ゆっくり立ち上がられました。
「有難うございます。」
その光景は、とてもキラキラとしていました。
リネージュ様がエスコートされている後ろを私はついていきます。
いつものお部屋の庭と違い、そこには、たしかにお茶会がセッティングされていました。
本日リネージュ様が座られる席の向こう側が微かに動いた気がいたします。
きっとすでにクロス侯爵はいらっしゃるのでしょう。
そう考えていたらナミル医師がこちらに来られました。
そしてお二人には聞こえない程度の声量で私に告げたのです。
「すでにクロス侯爵は到着して席についている、あとはランバート殿下に任せるしかない。
「かしこまりました。」
私はそう返すしかなかったのです。
クロス侯爵がリネージュ様へ復縁を要請されるとき、リネージュ様はどうお答えになるのでしょうか?
本音は…不当な扱いをした上に離婚を言い渡したクロス侯爵様に苦い気持ちでいっぱいです。
でももしリネージュ様が許したら?
…呼び出された日から何度も考えてしまいます。