侍女マリアの日記5
なんと私は王族に向かって無礼を働いてしまいました。
思わず、床にひれ伏してしまいました。
「マ、マリア!」
リネージュ様の声がいたします。しかし、私は顔を上げることができません…
「よいよい、気にするな。別に取って食おうとしているわけじゃない」
そういって、この国の王族と名乗った方は仰いました。
「…申し訳ありません」
私は恐る恐る立ち上がり顔を上げました。
「それよりも…レディ・アントレット。君にお礼を言いたくてここにきた」
そういうと男性…いえ殿下はリネージュ様のそばまで来られました。
流石に王族と言われて私も下がるしかありませんでした。
「いえ、王族の方からお礼を言われるなんてとても名誉なことです。しかし、見苦しい格好で大変申し訳ありません」
「いや、押しかけたのは私のほうだ。君のおかげで女性に対する薬の効能や副作用の情報・資料が出来上がってきたことを感謝する」
「お役に立てて良かったです。私でもお役に立てることがあると思えると希望が見いだせます」
リネージュ様は軽く口角を上げて微笑んでおられました。
窓から入る柔らかい日差しがリネージュ様をさらに儚く美しいものにしておりました。
「…っ!そうか、引き続き頼む。しかしあくまで貴女の体が最優先だ。治験のことを考えず…とはいかないと思うが無理はしないように。あなたの侍女がいるから大丈夫とは思うが」
殿下の顔がほんのり色づいたのは日差しのせいでしょうか…日差しのせいとしといて良いでしょうか?
ちらっと私のほうに顔を向けられたので、私は頭だけ下げました。
「いきなり来て去る無礼を許してもらいたい。それでは、」
そう言って殿下は早々に退出されました。
風のような御仁だと思いました。
「いきなりで申し訳なかった。本当は反対したのだが、なにこの計画の発案者であり出資者なもので…」
ナミル医師は無表情ながらもすまなそう態度でした。
少し重たくなった空気をかき消すようにゼン医師が声を上げました。
「アントレット様、こちらで頂いた情報を祖国に戻って活用させていただきます。
本当に感謝いたします」
「そう…もし次会うことができたならその時は完治した姿で会いたいわ」
「ぜひ!またこちらに来させていただくことがあると思います。その時まで」
「ええ、その時まで」
ゼン医師とナミル医師が退出されてからふぅっ大きな一息をつかれたリネージュ様。
「今日はお客様が多かったのでお疲れのことと思います。このまま横になられますか?」
「そうね…少し眠ることにするわ」
「かしこまりました」
私は退出するためにドアの付近まで近づいたところ
「マリア…」
か細いリネージュ様の声が聞こえてまいりました。
「はい?」
私が近づくと
「私…負けないわ」
「はい、私も一緒です」
そうしてリネージュ様は目を伏せられましたので、私は部屋を退出いたしました。
しかし、この時ゼン医師と会ったことで、リネージュ様とクロス侯爵様の縁が再び交わろうとしていることを私もリネージュ様も考えつかなかったのです。