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美少女天使に生まれ変わった、最年少死刑囚のオレの話  作者: 和泉公也
1章

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5話

「ふぅ、やっと終わった」

 オレは机に乗っかっていた椅子を下して、額の汗を拭う。

 教室掃除なんて何年ぶりだろうか。よくもまぁこんな面倒くさいことを毎日やらせるものだな、と内心悪態つきながらしぶしぶとこなしていた。

「おっつー!」

 そして、よりにもよって玉越と一緒の班とはな。コイツときたら同じ班の男子どもに「ちゃんとやってよー」とか言いながら、案の定自分も女子同士でペチャクチャお喋りしていたんだが。それでも一応手を動かしてはいたから、雑巾と箒で野球をしている連中よりは幾分かマシかもな。

 正直なところ、一刻も早く掃除を終わらせて帰りたいというのが本音だった。その点についてはコイツらも同じはずなのだが、効率よりも目先のストレス発散のほうが大事だということだろうな。理解はできん。

 そんな感じでオレが呆れかえっていると、

「失礼します、ちょっといいかな」

 うちのクラスに見慣れない男子が入ってきた。

「あれ? あれって……」

「三組の、笛木(ふえき)くんじゃない?」

 なんだか急に騒がしくなる。主に女子の。

 顔立ちも整っているし、背も高いので人気があるのだろう。

「あのさ、鹿野さんっているかな?」

 ――鹿野、か。

「鹿野さんは校庭掃除の当番だからここにはいないよ」

「そっか……」

 笛木と呼ばれた男子は残念そうな表情を浮かべる。

 まぁいいか。たまにはオレが対応してやろう。

「んで、何か用なの?」

「君は……。確か、鹿野さんの隣の席だったよね? 実は、今日社会の資料集を忘れて彼女に借りたんだ。良かったらこれ、彼女に渡してもらってもいいかな?」

「あぁ、構わな……」

「あたしが渡しておくよ!」

 オレをのけて、玉越がいきなり入ってきた。

「え、でも……」

「いいからいいから! ちゃんと渡しておくって!」

「あ、ありがと……」

 笛木はかなり困惑した様子で玉越に資料集を手渡して、自分の教室へと戻っていった。

 ――なんなんだ、コイツ?

 にこやかな顔つきで笛木に手を振る玉越。あからさまに胡散臭い。

「それじゃ、あたしは校庭に行って鹿野さんにこれを渡してくるね!」

「いや、それぐらい机の上に置いておけば……」

「いいのいいの! そんじゃ!」

 そう言って、ルンルン気分のまま玉越は教室を飛び出していった。


 ――何か企んでいるな、ありゃ。


 あまり関わり合いになりたくはないが、オレはこっそりと奴の後をつけてみることにした。


 校庭の掃除もほとんど終わりかけなのか、鹿野以外の児童は既にいない。隅っこの地味な場所を彼女一人だけ残って最後の仕上げをしている、といった様子だ。

「かのかのー!」

 玉越は鹿野の姿を見かけるやいなや、胡散臭い笑顔で近付いていく。オレはとりあえず黙って物陰から眺めることにした。

「……何か用?」

「んー、べっつにぃ」

「あ、そう……」

 玉越を歯牙にもかけない様子で、鹿野は黙々と雑草を毟っていく。

「ウッソー! 実はアンタに渡すものがあるんだけど……」段々と玉越の口調が怪しくなっていく。「アンタ、笛木くんに資料集貸したんだって?」

「うん……、忘れたから貸してって……」

「そっかー。あたしも持っていたんだけど、貸しそびれちゃったんだよねぇ」

 そう言いながら、玉越は先ほど預かった資料集を取り出した。

「あっ、それ……、私の……」

「ぶっちゃけ生意気なんだけどぉ!」


 おもむろに、玉越は預かった資料集を開き、真ん中のページをビリビリ、と引き破った。

「あっ……」


 ――やっぱり、そうきたか。


 地面に資料集を叩き落されて、バラバラになったページが地面に散らばっていく。

「アンタみたいな陰キャが笛木くんと仲良くするとか、ホントウザい。死んでほしいくらい」

 そう言って玉越は抜いた雑草が入っているゴミ袋の中から、ひとつかみの雑草を掴み、鹿野に投げつける。

「うっ……」

「前々から気に入らなかったんだけど、今度という今度は本当に気に入らない。笛木くんはあたしが狙っていたのに。良いカッコすんな! とっとと死ね!」

 それだけ言い放って、玉越は土のついた掌を払い落とす。

 鹿野はそのまましゃがみこんで、散らばった資料集を拾い集める。一言も発せず、泣くこともなく。

「そんじゃ、今日はこれぐらいにしてあげる。次はただじゃおかないからね」

 玉越はそのまま踵を返して校舎へと戻っていった。


 そんなことだろうと思ったが……、


 くだらない。

 実にくだらない。

 オレは手にしたスマホのボタンを停めると、そのまま上着の中へ仕舞った。

 鹿野には悪いが、はっきり言って馬鹿馬鹿しい。くだらない理由で気に入らない相手に八つ当たりをしているだけ。冷静に客観視すれば滑稽だと思わないのだろうか。まぁ、女子のいじめは相当陰湿とは聞くが、これは正面切ってやっているあたりまだ正々堂々としているほうか。何がしたいのかは良く分からんがな。

 オレはもう一度鹿野のほうを見る。

 彼女は相変わらず無表情のまま、何も言わずにゴミ袋を縛っている。はたき落してはいるものの、身体にはところどろこに土が付着している。

 本来ならば慰めの言葉でも賭けてやるべきなのだろうが、生憎そういう性分ではない。

 だが、このまま見て見ぬふりをするわけにもいかないな。


 さて――。


 先生に言うのも簡単だが、それではあまりにも芸がないな。逆恨みして鹿野がもっと酷い目に遭わされる可能性も高いし、オレに飛び火する危険もある。

 オレは思案を巡らせて、一つの結論に導いた。

 折角だから、天使としての初仕事に利用させてもらいますか。



「おっかえりなさーい!」

「はいはい、ただいま」

 こちらの気も知らないで、緊張感皆無な出迎えをするセラ。

 呆れる間もなく、オレは今日学校であった出来事――先生のこと、玉越と笛木、そして鹿野へのいじめのこと――を話した。

「ふむふむ、なるほどなるほど」

「まずは言われた通り、大きな幸せを感じている人間は見つかった。んで、もし可能なら……」

「だーじょうぶですッ! 分かっていますよ、あなたはその幸せを使っていじめを解決したいんでしょう!」

 間違ってはいないが、本当に分かっているのだろうか、コイツは。

「で、天使の仕事とやらは具体的に何をすればいいんだ?」

「はい。具体的に言えば、幸せを『分け与える』ことです。誰かが感じた幸せのエネルギーを少しだけ分けてもらって、それを別の不幸な人に与える。くれぐれも、何もないところから幸せを生み出すなんてことはできないのでご注意を!」

 なるほどな。幸せの連作というわけか。これはオレの思惑と一致しそうだ。

「なぁ、早速始めてもいいか? 今ならまだ先生も学校にいるだろうし」

「モチのロンドンです! 善は急げ、ですね!」

 やる気満々なセラは、勢いよく外へと飛び出していった。


「けーっこん! けーこん! ふんふふふん♪」

 学校に戻ると、ちょうど先生が校門からルンルンとスキップしながら帰るところだった。とてもじゃないが仕事終わりの三十路女性とは思えない。

「すっごく嬉しそうですね! これは上玉です!」

「……もっとマシな言い方はないのか?」

「さて、それじゃあ始めますか!」

 セラは掌を自分の前に翳して、目を閉じた。hぅ、と軽い呼吸の音が聞こえてきたかと思うと、今までのにこやかな表情を一気に真剣な面立ちに変える。

「パピルカパピルカ・リンリンリン・ハッピーハートを我に少し御貸しください」


 ……。


 ……。


 ――何言ってんだ、コイツ?


 と口をあんぐり開けて呆然と見つめていると、翳した掌に何かが光り始める。最初は小さな玉程度の光だったが、次第に大きくなっていく。

 しばらくすると、それは水風船程度の大きさになっていった。

「さぁ、先生の幸せをお借りできました!」

「あのさ、さっきの変な呪文って唱えなきゃならないのか?」

「あぁ、あれは別に必要ありませんよ。折角だから何か唱えた方がいいかなって思っただけです!」

「いや、正直いらないだろ」

 きっぱり言っておこう。ツッコむのも馬鹿馬鹿しいが。

「まぁまぁ、それはそうとして! これが先生の幸せの塊です」

 セラは掌に出来た光の玉をオレに見せつけた。

「幸せを借りたって言っていたが、それで先生の幸せが減るってことはないのか?」

「それは大丈夫ですよ。今は幸せが膨れ上がっている段階ですから。次はこれを誰かに与えて、その人の幸せが増えたところでまた少しだけ貰ってお返しすれば良いのです」

「幸せの銀行ってわけね」

 勝手に借りているのだがな。

「そういうことです。ちなみに与えられるのは借りたものと同様の種類の幸せしかできません。今回はプロポーズされたことによる幸せなので、恋愛や結婚に関する幸せになります」

 ――ほほう。

 それは尚更好都合だ。

「それじゃ、後はこれを人に御裾分けするわけです!」

「あぁ、承知している」

「オッケーです! じゃあ明日、早速鹿野さん……」

「プレゼントしてやるよ。玉越リカに、な……」


 ……。


 しばらく、セラの顔が引きつったかと思うと、

「え、玉越さんって、鹿野さんをいじめていたという……」

「そうだ」


 ……。


「えっ、えっ、えっえっえっえっ……」セラがカクカクとぎこちない動きをしたかと思うと、「ええぇえええええええええええええええええええええええええええッ!?」

 その素っ頓狂な大声は、オレにしか聞こえなかった。

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