27話
――なっ!?
その一言で、オレは脳内が真っ白になる。
真喜人が、既に死んでいる? この世界に、死刑囚福音拓斗はいないはず。つまり、他に誰かが真喜人を殺した、のか?
「もしかして美喜人さん、が?」
「いいえ、彼は何もしていない」
「……凛花さん、じゃないですよね?」
「一歩間違っていたらそうだったかも知れないけど……、残念ながら私じゃない」
と、いうことは。
もしかして……。
「まさか、かの……」
「勿論、佳音でもないわよ」
――良かった。
と同時に、かなり拍子抜けしてしまう。
『それじゃあ、一体誰が……』
「殺したのは、アイツに脅されていた女性客の兄だったわ。妹さんは売掛金から売春に手を染めて、自殺に追い込まれたの。その復讐に、待ち伏せていた男にナイフで刺されて、海に沈められたわ」
「あなたはそれを目撃したんですか?」
凛花さんは頷いて、
「ええ。私と、美喜人はしっかりと、ね」
「えっ?」
――美喜人を、殺そうとした?
病院で真喜人のことを話したとき、そのことは全く言っていなかった。あのときに言うべき内容だったはずなのに……。
つまり、美喜人はそのことを、忘れている?
「勝手に自分の名前を使ってホストになっていたことを、真喜人は許せなかったみたい。私と一緒に始末するつもりだったみたい。だけど結局、二人で真喜人の最期を見てしまう羽目になった。『この悪魔!』と叫びながら、ナイフで刺される兄の様を、ね。」
――そういうことか。
これで「悪魔」と「刃物」が繋がった。その光景が美喜人の中で強く鮮明に残ってしまったということか。
この世界で真喜人は既に死んだ。オレが手を下さなくても、他にも奴を憎んでいる奴がたくさんいた、ということか。
――なぁんだ。
オレは笑いが込み上げてきそうだった。しかし、ぐっと堪えて、
「そこからなんとかして逃げてきた、と」
「えぇ。もう、それは無我夢中でね。これであの男に振り回されなくて済むと思ったんだけどね。けど、奴は最後にとんでもない置き土産を遺していったの」
「それが、美喜人さんの……」
「そうよ! 長いこと兄の振りをしていたことや、目の前で兄を殺されたショックで、彼の中に真喜人の人格ができてしまった! 本人も気づかないで、ずっと行方不明だと思い込んでいるみたいだけど、まだいるのよ! あの忌まわしい男の存在が、私の愛する人の中に!」
愛、する……?
「やっぱり、あなたは美喜人さんのことが本当に好きだったんですね」
凛花さんはまた頷いて、
「えぇ。同じ顔なのに、どうしてこうも違うのかってずっと思っているわ。優しくて、純粋で、彼に会うためだけに今でもクラブに通うぐらいよ」
――そうか。
「は、ははっ、あははははははッ!」
やはり、笑いを堪えることができなかった。
「あなた、なんで笑って……」
可笑しい。こんなのってアリか!?
オレが何もしなくても、どっかの誰かが真喜人を殺していたなんてな。
――なんのために。
オレは一体、なんのために、死刑囚になったんだよッ!
悔しい。目的が達成できたはずなのに、ただひたすら悔しい。
最早何が幸せで、何が不幸なのかワケが分からない。
気が付くと、オレの頬に何かが伝っていた。
『タクトさん……、泣いて……』
「どうしたのよ、本当に……」
何のために。
何のために、何のために、何のために、何のためにッ!
オレは外道に堕ちて、最悪な結末を迎えていたんだッ!
やり場のない怒りに、オレはただひたすら打ちひしがれていた。
「なんで、なんで……」
『あの、タクト、さん……』
セラが横から話しかけてくる。煩い。今はオレに話しかけるな。
「なんで、なんで、なんでだよ……」
『私の独り言なんで、そのまま黙って聞いていてくださいね』セラはそう言って、オレを抱きしめる。『タクトさんを天使にしたのは、本当に正解でした』
「せ……、ら……?」
温かい。なんだ、こんな優しい抱擁、随分と久しぶりだ。
『あなたは本当に優しくて、誰かのためになら悪にでもなれる凄い人です。でも、もう何でもかんでも独りで背負うことはありません。私たちは天使、ですから』
――あれ?
オレは、この世界では誰も殺していない。
感覚だけは今でも沁みついている。が、実質誰も死んではいない。
――なぁんだ。
あるじゃないか。
あの男を救う方法。
アイツは、オレと一緒なんだから。
「分かりました。それだけ聞ければ充分です」
オレは涙を拭って、再び凛花さんを見据えた。
「えっ……?」
「凛花さんはここに隠れていてください。オレが、真喜人と、決着をつけにいきます」
そう言って、凛花さんはガッ、とオレの腕を掴む。
「ダメよ! 相手は拳銃を持っているのよ!」
『そうですよ! あの人、もう完全にマトモじゃないです!』
オレは勢いよく振りほどき、
「行かなきゃなんないんです。これは、オレ自身が過去に犯した罪へのケジメ、なんです」
「ま、待ちなさ……」
それだけ言って、オレは物陰からゆっくりと出ていく。
もうすぐ鹿野がここに来る時間だろう。その前に、何としてでも決着を付けないと。こんな光景を彼女に見せてしまえば、それこそまた世界が崩壊しかねない。
真喜人の姿がそこにある。奴の目はまだ血走ったまま、それどころか飢えた獣のように狂気に満ちている。
「このガキ……、まだいやがったのか」
真喜人の拳銃がオレに向けられる。
既に懐かしくさえ思える。オレが奴を殺害したときも、同様に向けられたっけ。まさかの返り討ちに遭うとは思わなかっただろうが、な。
重苦しい空気が屋上中に漂う。飾られた笹の葉が風に揺れる音が、微かに響く。
「アンタを、元に戻しに来た」
「元に戻すだぁ!? てめぇ、何様だ!?」
パキュン!
と、俺の頬を掠めるように弾丸が発射される。
『タクトさん!』
ツー、とオレの頬から血が滴り、地面に数滴垂れていく。
すぅ、っとオレは目を閉じて深呼吸した。
――あのとき、できなかったこと。
今なら、出来そうな気がする。
意識を集中させる。この重い雰囲気に似合わない、柔らかな感触が自分の肌に触れる。
ふわり、とした優しい感触に撫でられたかと思うと、背中から大きな羽が生えていた。
「オレは天使……、天使の、タクトだッ!」
「天使、だぁ!? ふざけんじゃねぇッ!」
「ふざけてなんかいない。オレは本当に、アンタを救いたいと思っているんだ」
「ナメくさった口を……」
――ナメくさった口、か。
思えばそんな連中ばかりだったな。オレの周りは。
自分事じゃないから、好き勝手「死刑にしろ!」「とっとと死ね!」とか言いたい放題だったっけ。まぁ、オレはそんなの知ったこっちゃなかったけどな。
本当に、笑えてくる。
「なぁ、真喜人。お前、いつまでこの世界にしがみついてんだ?」
「……なん、だと?」
オレは不敵に笑いながら、挑発するような目付きで奴を睨む。
「既に死んでいる分際で、どれだけまた大勢の人を苦しめる? はっきり言ってやるけど、お前、もうこの世界にいらねぇんだよ。とっとと成仏して、幸せになるべき人にその席を譲ってやんな!」
「クソガキがあああああああああああああああッ!」




