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第六夜

 蛍光灯がパチパチと明滅し、不安感を助長させる。先ほどから鼓動がうるさい。手先はプルプル震え、口が乾くのを感じる。僕の後ろで先輩は、多分僕と同じように震えているのだろう。今まで見たこともない表情になっていて、それを可笑しいだとか感じない僕も、相当きている。


棚をよじ登って再び扉の前まで来る。狭い場所だ。すぐ上に天井があって、掃除されていないのか埃が膝や顔に付く。それを慌てて払い、後ろをまた振り向く。先輩はただ、頷いた。深くゆっくりと。




「それじゃあ、いきますよ」


「お、おう」




 隠されていた扉に手を添える。よく見るとノブのようなものがあった。そこには——血。カラカラに乾いていて、随分と前に付いたことが容易に想像できる、血。緊張が悪寒に変わる。鼓動はもう鼓膜のすぐ後ろまで来ている。こめかみに伝う汗が妙に脂っぽく、思わず手の甲で拭った。……ここまで来たのだ、なにを今さら。


僕は意を決してゆっくりとノブを傾ける。キィィと音を立てて開く扉は、やはり随分使われていないのだろう。かなりの力を込めなければビクともしなかった。グッと力を込めて扉を押す。ゆっくりと開かれていく扉の先を僕は見ないようにしていた。


やがて扉が端に達したのか、ゴトっと音が鳴る。僕は下を向いたままだった。出来ることなら正面に映る光景を見ない方が良い、という予感があったからだ。しかし、その時は前触れもなく訪れる。




「っ!?なん……この臭い!」


「……うっ!?ぉ、オエッ!」




 僕と先輩がいる場所に、異様な臭気が届いていた。よく言われる死体の臭い、腐敗臭——では無く。カビ臭さと腐卵臭を混ぜたような……形容し難い、臭い。咄嗟に鼻をつまんでみたが、口からもその臭いが立ち込め、僕は息をするのをやめた。


そして怒りを覚えた。こめかみに汗ではなく血管が浮き出る感覚。……興味本位で覗いたとは言え、なぜこんな目に遭わなければならないのか。そもそもここはコンビニだ、墓地でも心霊スポットでもない。それなのになんだというのだ。


そうして一瞬、緩んだ恐怖心。それは緩めてはならなかった。この時僕よりも先に緩めたのは、先輩であった。僕が怒りを共有しようと振り返ったとき、先輩は目をカッと見開いて、歯をガチガチと唸らせていた。明らかに普通ではない。




「せ、先輩——」「見るなぁ!?」


「え」




 先輩は震え、だんだん目の焦点が合わなくなり、次第に両の眼はぐりんと別々の方向を向き始めた。足掻くように手を伸ばし、首元に手をかける。僕は何もできなかった。否、拒んだのだ。全くのパニック状態だった。


そうして開かれた扉を背にしていた時——




後ろから、《《視線が来た》》。




 今までとは比べ物にならない、強いつよい視線。まるで本当に刺されているような……「え?」


声が出る。身体を緊張させ、コントロールしようとする。しかし僕の身体は何者かに操られるようにしてゆっくりと扉の向こうへと視線を向ける。




「い、いやだ……いやだいやだいやだッ!」




 大声で言ったはずだが、僕の鼓膜にすら届かない。実際音は出ていないだろう。明滅する蛍光灯がバチっと消える。暗闇の向こう、より色濃くなった闇と正体不明の視線は、暗がりと同化することなくパッキリと背景から独立していた。




だんだん全貌が見え始める。





「やめっ……!イヤッ、いやだぁ!!!」






全てが、僕に、入り込む。







「いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ、いや」















         ◎◎◎















 ぼくはあれからまじめにはたらいている。せんぱいもいつもどおりだ。けっきょく、なにもなかったのだ。みえたのはやみ、やみ、やみ。


きょうもやきんへといく。《《あのこ》》はきょうもいるだろう。きょうはどんなことをはなそうか?なにをしようか?おえかき?おにごっこ?それとも……かくれんぼ?


きっとたのしいだろう。わくわくするなぁ。あ、きょうはしんげつだ!いいね、つきはじゃま。


せんぱいもたのしそうだ。うんてんがいつもよりおどっている。えんせきもしゃせんものりこえて、ぶんぶんだ!


こんびにについてあいさつをする。こうたいするのだ。それをあいずに、《《あのこ》》もこちらにくる。……ほうら、きた!


わらっている。にこにこだ。ほほがおおきく……おおきく?あんまりかんがえられないかも、うん。


わあ、てをのばしてくれた!せんぱいとぼくでつなぐ。いま、とってもしあわせだ!なんでもっと、はやくきづけなかったんだろう?まあいいや!




「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎」




ぼくがそういって、せんぱいもあとにつづく。すると《《あのこ》》はわらってくれた。ぼくらは、しあわせものだなぁ。















         ◎◎◎















『それでは次のニュースです。本日深夜、大学生の⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎さんと、⬛︎⬛︎⬛︎さんがバイト中に忽然と姿を消しました。警察の調べによると——……』

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