9話 結婚は慎重に
「アクセル、婚約者が決まったぞ。」
「はい?」
朝食を食べるために食堂に来ると、挨拶も無しにそう告げられた。
何だ婚約者とは?全く聞いていないぞ。
「実は、先日アクセルがあっさりと魔断ちをしていただろう?その事をこの前家に来ていたマルシャン公爵に世間話で教えたら、是非にという事になってね。まあ貴族の婚約なんていつどうなるか分かったものじゃないけれど、相手が公爵家のご令嬢ともなれば、かなりいい話なんじゃないかと思うよ。相手の名前は、アリーナ・ディ・マルシャン。アクセルと同い年で、魔力もかなり高いくて、おまけに将来は美人になりそうだと評判だね。」
公爵家の人間だと3歳で婚約者が決まるのか…。
プジー家の長男である兄は、もう11歳になっているはずだが婚約に関しての話を聞いたことは無いな。
魔法学園とやらで自由恋愛に任せているのかと思っていたけど、少なくとも上位の貴族ではそうじゃないと。
それにしてもそのアリーナちゃんとやらは運が悪いな。
こっちは見た目に関していえば全くカッコよくないし、場合によっては15歳から18歳の辺りで国外追放されたり死んだりするんだが…。
しかも、血筋的には俺は男爵家なわけで。そんな奴に娘を嫁がせたいというのもすごい話だ。
俺が考えていたよりも、この世界では魔力が多いというのはメリットがあるんだろうか?
「それで、突然で悪いんだけれど、今日の午後顔合わせをすることになったんだ。」
「顔合わせ…ですか。僕は、何をしたら良いのでしょうか?」
「今回は、本当に顔合わせだよ。とりあえず2人を会わせて、多少会話をさせたらそれで終わりかな。貴族にとって結婚は、基本は家と家との付き合いの一つの形でしかない。たとえ2人が互いを魅力的に感じられないとしても、親同士で決めてしまえば、それで婚約は完了なんだ。自由恋愛をさせて上げられないのは心苦しいんだけれど。」
「いえ、こちらとしてはありがたいお話だとは思います。」
うん、相手が美人なら本当にありがたい話だ。たださぁ…、こっちは彼女いない歴23年なんだぞ…?
アリーナちゃんは、きっとがっかりするだろうなぁ…。
午後になり、昼食も食べ終え、シャノンとマリアンナにこれでもかと飾り付けられうんざりしていると、マルシャン公爵とアリーナ嬢が到着したとセバスが伝えに来た。
客間に入ると、知らない男性と、俺と同い年くらいと思われる女の子がいた。
「マルシャン公爵、この子がうちのアクセルです。」
「お初に御目に掛かります。アクセル・フォン・シュベルトマンです。」
「リュシアン・ディ・マルシャンだ。突然の話で驚いたと思うが、よろしく頼むよ。」
この世界の貴族は、普段はスーツのような服装が一般的らしいが、マルシャン公爵は、神官のような恰好をしていた。
公爵なのにこの格好ということは、異常なほどアイラシア教にどっぷりなんじゃ…?
できれば関わりを持ちたくないけども、そうも言っていられないか。
「アリーナ・ディ・マルシャンです。お話を聞いてから、貴方に会えるのを楽しみにしておりました。不束者ではございますが、どうか末永くよろしくお願いします。」
アリーナ嬢は、父親とは打って変わって、豪華なドレスを着た美少女だった。
名前は知らないが、スカートの端を持ち上げるカーテシーとかいうポーズも様になっている。
てかさ、まだただの婚約だってのに、3歳児がスラスラとこんな覚悟決めた挨拶してくるとは、正直精神は23歳平民の俺にはびっくりだ。
互いに挨拶を済ませてからは、俺の生い立ち等が紹介された後、2人で庭でも見てくるようにと送り出されてしまった。
これが噂に聞く、あとは若いお二人に任せて~と言うやつか?
正直、彼女なんていたことが無い俺にとってはハードルが高いんだが。
まあいい!所詮相手は3歳児!適当に乗り切ってやるよ!
「アリーナ様は」
「様だなんて…、私たちは将来夫婦になるのですから、呼び捨てにしてください。」
何この子…?本当に3歳なの…?
そういえば、攻略本に元のゲームではintと言うのが高いと魔法が得意になるって書いてあったけど、アレは賢さの数値だったはずだ。
この子は、もしかしたらintとやらが物凄く高く設定されていたキャラだったりするんだろうか?
まてよ?許嫁の件があまりに突然で忘れてたけど、考えてみるとアリーナという名前に覚えが…。
そうだ!この子は、攻略本に戦姫とかいう異名で呼ばれてるって書かれていたキャラだ!
確か、アイラシア教の聖騎士団副団長だったような…?
そして双子の兄貴のフランソワって奴が聖騎士団長だったはずだ。
この聖騎士団っていうのがよく何回かゲームでトラブル起こして、主人公たちが解決するってシナリオだとか。
…って事は、この子と結婚するのってかなり面倒な事になるんじゃ…?
「あ…アリーナは、3歳で結婚相手が決まってしまう事に抵抗はないんですか?」
あるって言え!父親に抗議してご破算にしてもらえ!
「いいえ!むしろ感謝しています。実は私、英雄譚が好きで…。将来結婚するなら、英雄になれるような方とがいいと思っていました!とはいえ、貴族の家に生まれた以上、そんな希望など関係なく政略結婚させられるのだろうと諦めていた所に、舞い込んできたのが今回のお話です。噂だと、アクセル様は魔力が王族をも超える程だとか!?きっと神様に愛された、将来すごい事を成す方なんだと確信いたしました!」
「そ…そう…。」
まあ確かに、神様から指示を受けてここにいるわけだけど…。
でも内容は酷いものだぞ?この世界を作った女神が、管理放棄してどっか行ったから、その尻ぬぐいの手伝いをしろってことだし。
それでも、アイラシア教の人たちからすれば、もしかしたら物凄く名誉な事なのかもしれないけど、生憎と俺は敬虔な信者じゃないんだ。
その後、当たり障りのない話を振るも、かなりの食い気味で俺の話に引き戻されるのを繰り返し、精神的にヘトヘトになってしまった。
マリアンナたちのように、俺の中で家族という括りの女性以外だと、ここまで熱心に会話をした女性は前世も含めて初めてかもしれない。
これが、何の情報も無く美人の許嫁ができただけならここまで憔悴もしないんだろうけども、面倒な事になりそうな戦姫様だからなぁ。
内心弱音を吐きまくりながら客間へと戻ってくると、体感時間では何時間もかかっていたように感じたが、実際には小一時間といった所だった。
「もうお別れなんですね…。楽しい時間が過ぎるのはあっという間です…。」
「は…ははは、それは良かったですね…。」
「ほう、アリーナがこんなにも喜ぶことなどそうは無いのだが、余程アクセルの事が気に入ったらしい。これから仲良くしてやってくれ。」
「はい…。わかりました…。」
マルシャン公爵親子を見送ってから、自分の部屋へ戻ると、俺はすぐにベットに身を投げた。
世の貴族子弟たちは、こんな面倒な事を当然のようにやっているんだろうか。
それとも俺が特殊なのか?わからないけど、アリーナの事はなるようになるしかない。
結婚するとしたら学園を卒業してからだろうし、まだまだ時間はある。考えるのは後回しにしよう…。
未来の俺に丸投げして、惰眠を貪ろうとしていると、ノック無しで部屋のドアが開いた。
「アクセル!今日の分のトレーニングを始めるわよ!」
義姉だ。
待ちに待ったという顔をしている。この世界のガキンチョは元気だなぁ…。