8話 魔力はメタンの香り
食事の後、動きやすい服装に着替えた俺たちは、中庭に並ばされていた。
メンバーは、俺と、護衛の訓練も兼ねたマリアンナ、そして何故かコルネリアも一緒にいる。
「アクセルとコルネリアは、5歳の誕生日を迎えるまでは、とにかく漏れ出る魔力をゼロにするように訓練してもらう。マリアンナは、魔法適正は何属性かわかるかい?」
「はい!土と言われました!ただ、その…魔力感知は得意なんですけど、魔力量はそこそこで、土魔法自体はそこまで得意でも無くて…。」
「そうか。じゃあ、3人とも基礎からということにしよう。」
そういうと、円陣を組むように地面に座らされる。
「まず、魔力のコントロールを習得する上で最も基本的な事からやっていこう。つまり、魔力を感じ取ることからだ。魔力の総量が多い者は、漏れ出る魔力も大抵多くなっている。そうなると、自分の魔力に包まれているのが当然になってしまうため、魔力そのものを体感するのが難しい。そこで、本人の体から漏れ出る魔力よりも強い出力で私が魔力をぶつけ、君たちの魔力を吹き飛ばす。それにより魔力そのものを感じ取ってもらうというわけだ。」
おお!なんだかとても修行っぽい!
正直転生してからのこの3年間、やれることも殆どなく退屈だった。
噂話を盗み聞きしたり、攻略本を読むくらいしか時間を潰す方法も無かった。
そんな自堕落な生活もここまでた。努力する方向さえわかれば気も大分楽になる。
「では早速やってみよう。全員肩の力を抜いて、目を閉じて、大きく呼吸をしていてくれ。いくよ!」
途端、何かの圧力が自分を通り過ぎて、今まで自分を覆ってたものが無くなり、むき出しの状態になった気がした。
成程、これが魔力って事か。表現するのも難しいけど、強いて言えば、通常時だと程々の湿度と温度の空気のようなものが体の周りにあったのを乾燥した風で吹き飛ばされたような感じだ。
コルネリアにも魔力は感じ取れたようだが、あまり言語化できるような状態でもないのか、首を傾げている。
そんな中、マリアンナだけはしっかり把握できているようだ。まあ10歳だしな。
しっかりと教えられた事があるわけじゃないようだが、本人も魔力感知は得意だと言っていたし、俺たちのだいぶ先を言っているようだ。
「全員魔力を感じられたようだね。その感覚を忘れないでくれ。次は、今感じ取った自分の魔力を体に止める訓練だ。通称『魔断ち』と呼ばれている。これは、本来魔術を習う時に基礎として教えられる技術だけれど、極めると隠密能力や魔力効率にも直結するから、とにかく5歳の誕生日まで、魔力の訓練はこれを続けてくれ。これは、あくまで私自身が行う時のコツというかイメージだけれど、自分の皮膚を魔力を通さない壁にして、そのまま体内に閉じ込めて行くようにイメージしたんだ。同じようにしても良し、他の方法でも良し。とにかく魔断ちができるようになれるなら、どんなイメージでも構わないよ。」
魔断ちねぇ。
確かに魔力は感じ取ることができたけど、それを体内に留めるイメージがまだわかない。
うーん。魔力自体は、初めて感じることができたけれど、似たような感触を以前味わったことがあるような…。
なんだったか…。多分前世での話だと思うんだけど。自分の周り全てが何かで埋め尽くされてる状況なんだよ。
そうだ思い出した!あの死ぬ直前の牛糞から発生したガスの中にいた時だ!
そう思うとなんとなく魔力をイメージすることもできるな…。
成程、魔力はメタンガスと似た感触なんだな…ほうほう…。じゃあこれを体の中に封じ込めればいいんだな。
「んん…?アクセル、今もしかして、魔断ちができてないか…?」
「そんな気がします。なんだかうまく魔力をイメージすることができました。」
なんせ死因と似たような感触だからな。
「そ…そうか…。普通は数年かけて徐々に上手くなっていくんだが、できたなら問題ない。」
父上がちょっとびっくりしている。マリアンナは「流石です!」と拍手してくれる。ありがとう、くるしゅうないぞ。
コルネリアは、あんぐりと口を開けていたが、すぐに鬼気迫る表情で訓練を再開した。
「魔断ちができるようになったなら、今度はそれを持続したまま剣の訓練をしよう。」
「剣ですか?」
「魔断ちは、基本的に常に行っておく方が良い。魔力を相手にぶつけるならともかく、ただ漏れているだけだとただただ無駄なだけだからね。だから、魔断ちをしながら、訓練や日常生活をするをすることで、魔断ちに慣れて行ってもらう。日常生活で魔断ちができるようになると、魔力のコントロールが格段に上がると言われている。」
魔法を使う時、魔力のコントロールが上手いと、魔法を発動するまでの時間、魔法の威力、魔法に必要な魔力など様々な面でメリットがあるらしい。
逆に、魔力のコントロールが上手くできもしないのに、大量の魔力を使おうとすると体が爆発することもあるんだとか。
怖すぎるので真面目に練習しておこう。
「因みにだけど、剣も私が教えようとは思っているけれど、私は剣でアデーレに勝ったことが無い。彼女には、魔術の才能はさっぱり無かったけど、魔剣士としての才能はピカ一だった。まあ感覚派だから教える才能はこれっポッチもないけどね…。というわけで、いつか腕に自信ができたらアデーレに模擬戦を頼むと良い。」
魔剣士がどういうもんかわからないけど、怖いから遠慮したいなぁ…。
「流石お母様ね!アクセルをボコボコにしてもらうわ!」
あっ公爵令嬢でもゲンコツ貰う事ってあるんだな…。
翌日、今日も訓練をする。俺とマリアンナは当然として、今日も何故かコルネリアが一緒にいる。
ヒマなんだろうか。俺はヒマだ。3歳だとまだろくに勉強も教えてもらえないらしい。
そうだ、忘れてたけど俺は今3歳だった。
3歳でこんなに真面目に訓練なんてしていても変に思われないだろうか。
そんな事を考えながら、昨日ちょっとだけ教えてもらった素振りを繰り返す。
因みに父上は今日、客が来るとかでここにはいない。公爵様はヒマじゃないのだ。
今の所、俺の魔断ちは2時間ちょっとしか続かない。どうしても集中が切れてしまう。
父上に言わせれば、それでも魔断ちを覚えて2日目としては驚異的なんだそうだ。
食事の時や、誰かと会話する瞬間に油断して切れることもあるが、一番の原因はトイレだ。
動物は、排泄をするときは無防備になってしまう。覚えておこう。
自分への戒めを反芻しながらトイレから帰ってくると、コルネリアが今にもとびかかってきそうな表情で睨みつけてくる。
「…ちょっと。私に何かコツを教えなさいよ。」
「嫌だ。だって魔法と剣覚えたら俺に決闘申し込んでくるんだろ?」
「私がお願いしてるのに断るの!?………いいわ、貴方に決闘を金輪際申し込まないって誓うから、魔断ちのコツを教えて。年下相手に負けたままじゃ、お父様やお母様に顔向けできないの。」
別に勝ち負けの話じゃないと思うが、決闘を申し込んでこないならまあいいか…。
そう判断して、とりあえず自分なりのコツを教える事にした。
「僕は、体の周りを包む何かを体に押し込めるようなイメージで魔断ちしてますね。」
「体の周りを包む何か?何よそれ?」
「具体的に言うと、牛糞から発生したくっさい臭いですね。それが充満した空間をイメージして、それを自分の体の中に…。」
「アンタどういう発想してるのよ!?それに…、牛糞?牛の糞?そんなのわからないわ…。あ、でも…馬の糞なら…。」
そうつぶやくと、コルネリアは目を閉じ、集中していく。
すると、隣で事の成り行きを見ていたマリアンナが驚きの声を上げる。
「すごいですお嬢様!今、完全に魔断ちができてますよ!」
昨日から思ってたが、マリアンナは魔力量が多くないだけで、魔術に関してはそこそこの才能があるように感じる。
更に、魔力感知に関してはかなりのものだ。そのマリアンナが言うのだからできているのだろう。
もしかして俺は、誰かに何かを教える才能でもあったんだろうか。
前世で家庭教師でもやっておけばよかったか?…いや、臭いニオイというのが分かりやすかっただけか。
「うそ…。私…糞の臭いで…?」
念願の魔断ちができたというのに、当のコルネリアは唖然としている。
なんだ?何が不満だ?やっぱりウ〇コが気にくわないか?
「…まあいいわ。一応感謝してあげる。」
「そりゃよかった。もう決闘なんてアホな事言いださないで下さいねコルネリア様。」
とりあえずめんどくさい案件が一つ減ったようだ。
そう思って素振りを再開しようとするが、まだ何か言いたげな視線を感じる。
「まだ何か?」
「呼び方が気にくわないわ。」
「呼び方?」
「お父様の事を父上と呼ぶなら、私の事もお姉様とか姉上って呼ぶべきでしょ!」
「いや…ついさっきまでこの家の住民と認めてなかったじゃないですか…。」
「いいから!あと話し方!その無理な敬語やめなさいよ!」
なんだこの娘、いきなりグイグイ来るな…。まあ本人が望むならそうしてやるか…。
「わかったよ姉上。これでいい?」
「姉上…フフン!いいじゃない!その調子で立派な男性になりなさい!」
姉上は姉上と呼ばれた事がとてもうれしいらしい。ご機嫌である。
その後ろで一人でせっせと訓練していたマリアンナが声を上げる。
「あ!アクセル様!私も魔断ちできました!」
「あら貴女も?やっぱり糞の臭いでイメージするのは効率がいいのかしら…。」
「いえ、私は消毒液の臭いをイメージしましたが…。」
「えっ」