5話 初めてのお引越し
養子の話を受けてから1週間、ついにシュベルトマン家に引き取られる日がやってきた。
準備をするようには言われたけど、持っていくものもそこまで多くはない。
服だってシュベルトマン家で用意してくれるらしいし、そもそも3歳児の私物なんてたかが知れている。
ましてや、前世で20歳だった男だ。子供らしい感性もとうに失われてしまった。
誕生日に貰った宝石付きのブローチと指輪くらいは持っていくことになるだろうけども。
まあ、子供っぽい趣味は未だにあるが、この世界でその欲求が満たされる事は多分ないだろうなぁ…。
ゲーム…マンガ…アニメ…。前世の世界では、今も新しく出てるんだろうな…。
いやマンガ程度ならこっちの世界でも描けるか?人によっては弁当についてきた割り箸削って作画用のペンにするらしいし。
そういえば、担当の使用人としてマリアンナがついてきてくれることになった。
俺の養子入りの件を耳に入れたマナリノ伯爵が是非にと言ってきたらしい。
俺としても、前世と新しい人生を合わせた上でファーストキスの相手である彼女がついてきてくれるのは嬉しい。
真面目で努力家だから素直に幸せになってほしいが、身の上がちょっと不憫だし、男爵家よりは公爵家のほうが給料もきっといいだろう。
何より美人だ。まあこのゲームの登場人物大体イケメンか美人だが。
というわけで、今俺たち2人は、シュベルトマン家の紋章入りの馬車に乗って一路公爵領へ向かっている。
「いやぁ…、やっぱり公爵家の馬車は違うね…。」
「そ…そうですね…。馬車ってこんなに静かなモノなんですね…。」
家の前で両親に見送られてから後、この馬車にはずっと驚かされている。
まず馬車を引っ張っている4頭の馬だが、頭に角が2本生えている。
こいつらがとにかくすごい。王都の中では抑え目のスピードで走っていたが、門から出てからは風のようだ。
そしてこの馬車本体。外部からの音が殆ど入ってこない上、振動もほぼない。
サスペンションのようなものがついてるのだろうか。
おまけに、カーブでは車体が振り子のように傾いてくれるので、カーブのGもそこまで強く感じない。
プジー家の馬車をこれと比べると、軽トラとスーパーカーくらいの差がありそうだ。
実は、これが俺にとって初めてのまともな外出だったりする。
アイラシア教の教会に2回ほど馬車で連れて行かれた事はあるが、ドアからドアって感じだったからなぁ。
そんなわけで、流れていく車窓に年甲斐もなくワクワクしてしまっている。
見える分にはそこまで前世の世界との差異は無い。たまに見える動物に変な角とか翼が生えているくらいか。
所詮ゲームを基にした世界だからそんなものなんだろうが、穴掘って生活するウサギの頭にデカい角生やすのは邪魔なんじゃ?
そろそろ夕方という頃になって、俺たちはシュベルトマン公爵邸へと到着した。
「ようこそおいで下さりましたアクセル様。中で旦那様方がお待ちです。」
執事と思われる白髪に口髭のナイスミドルを先頭に、ズラッと使用人たちが並んでお辞儀している。20人くらいはいるだろうか。
正直、前世は一般人で生まれ変わっても貧乏男爵家の人間だった俺には落ち着かない光景である。
執事さんに促されるまま玄関に入ると正に貴族です!って親子が待っていた。
先日会ったエーリヒ公爵。隣には奥さんらしき人が男の子を抱き上げている。
「やあアクセル!無事に着いたようだね!とりあえず家族を紹介するよ!」
「初めまして。私がこれからあなたの義理の母になるアデーレよ。母上か…そうね…気軽にママって呼んでくれると嬉しいわ!この子は貴方の弟になるアルフレートよ。まだ2歳だから自分で挨拶できないけれど許してね。」
夫人が男の子を紹介してくる。そうかこいつが攻略対象の弟系イケメンボーイか。
順調に育てば、ヒロインと一緒に悪役令嬢を殺しに来ることもあるという…。
「コルネリア・フォン・シュベルトマンです。アナタより1歳年上だからお姉ちゃんね。何か困ったことがあればいつでも力になるから教えてね。」
そう言って女の子が天使のような笑顔を向けてくる。やはりこっちはコルネリアか。
となると消去法でやっぱり俺はアイーダに上書きされたことになるのか
攻略本によるとアイーダとコルネリアとアルフレートは仲がかなり悪かったようだ。
この世界がゲームとどう違うかわからないが、とりあえず寝首を掻かれないように注意はしておかないと。
美人が俺に笑顔を見せてくるときは碌な事にならない事を俺は経験上知っている。
「初めまして!アクセルと言います!本日からよろしくお願いいたします!それとこちらが僕の身の回りの世話をしてくれていた…」
「ま…マリアンナ・マナリノです!アクセル様のお供として、本日よりお世話になります…!」
「ああよろしく。アクセルは、今日からアクセル・フォン・シュベルトマンと名乗ってくれ。血の繋がりはないが本当の家族だと思って接してくれると私たちも嬉しい。いろいろ説明したい事もあるけれど、とりあえず長旅で疲れただろう。夕食まではまだ少し時間があるし、2人は一旦アクセルの部屋に案内してもらうといい。」
そんなこんなで、俺は今自分に宛がわれた部屋にいる。
男爵家から来たよそ者の俺が入るんだから、最悪物置小屋みたいな場所かと思っていたが、やけに広い部屋を貰えたようだ。
学校の教室1つ分くらいだろうか。初めての場所というのもあるが、広すぎて落ち着かない。
部屋の中は、といえばこんな感じのイメージだろうという雰囲気だな。
天蓋付きのデカいベッドに鏡が付いた化粧台。部屋の片側にはドアが2か所ついていて、それぞれ風呂とトイレらしい。
その反対側には、とても大きなクローゼットが付いていて、このスペースだけで俺が前世で使っていた部屋より広いかもしれない。
因みに男爵家で使っていた部屋は、このクローゼットより確実に小さかった。
マリアンナは、部屋に案内してくれたメイドさんに俺の部屋の中を一通り案内された後、そのまま使用人たちが暮らすスペースへ案内されていった。
つまり、今俺はこの落ち着かない場所で一人きりなわけだ。
情報収集をかねて屋敷を探検したくもあるが、流石に疲れていて動き回るのは億劫だ。
3歳児の体力だと、これ以上無理をするといきなりシャットダウンするように眠ってしまいそうな気がする。
早く成長したいものだ。
やる事もないので、今日から家族になった人たちについて考えてみよう。
シュベルトマン家の人たちは、少なくとも見た目はいい人たちに見えた。
髪の色は全員水色で、瞳は深い翠。恐らく地毛なんだろうけど、ゲームでしかありえない色をしていた。
本来であれば違和感がすごいんだろうが、当然のように美男美女なせいでそこまでおかしくも感じない。
むしろ、俺の方が浮いている感じがする。
入口で挨拶してくれた執事っぽい人は、この家の執事長でセバスと名乗っていた。
執事にセバスって名前はありふれていてどうかとも思うが、わかりやすくて悪くない。
そして、俺に新たに1人専属のメイドがついてくれた。シャノン・ド・ドジェと言うらしい。
ドジェ侯爵家の4女らしいが、境遇的にはマリアンナと近いものらしい。
これからは、マリアンナとシャノンが中心になり、必要とあれば他のメイドがサポートに入ってくれるんだそうだ。
まあマリアンナはまだ9歳。普通は、まだ誰かの部屋付きのメイドになるような年齢じゃない。
貧乏貴族のプジー家だからこそ人手の関係で俺の専属のようになっていたが、公爵家でそのままマリアンナだけというわけにもいかないんだろう。
にしても、本当に美男美女ばかりだ。メイドさんなんか全員このまま何かのゲームのヒロインになれそうな顔をしている。
執事さんたちも種類は違っても皆イケメンだ。中性的だったり男っぽかったりバリエーション豊富だな。
「………俺の顔面偏差値がヤバイ。」
流石は公爵家の使用人と言うべきか、彼らは皆俺を見ても蔑むような雰囲気は微塵もなく、丁寧な対応をしてくれたが、流石にこれは彼らが一流のプロだからなのだろう。
今日この世界で初めてまともに出かけて改めて感じたが、この世界は美男美女の世界だ。
乙女ゲーというのを実際にやったことがあるわけじゃないが、女性向けならそれも当然な気がする。
恐らく、こんな世界でブサイクに描かれるとしたら、それはもう完全な悪役なのではないだろうか。
例えば金の力で村娘を連れ去って好き放題する領主とか、そういうヒロインたちにサラッと倒される役割には、美男でも美女でもないキャラも存在するかもしれない。
俺は、元のキャラクターだとラスボスになったりもするらしいから、サラッと強制的に殺される心配は少ないかもしれない。
だが、このままの見た目だと少なくとも印象はよくないだろう。
可能かはわからないけど、15歳で学園に入学するまでに、できるだけ身長を伸ばして筋肉ムキムキにでもして、キャラ立てできればいいな。
イケメンさでは絶対敵わないんだから、あとは筋肉とかでごまかすしかない。
まずは明日から筋トレでもするか。
そんな取り止めも無い事を考えていると、ドアがノックされた。
鍵は開いているので、入っていいと答えたが反応がない。
仕方なく自分でドアを開けて確認してみると、青い髪を棚引かせながら、女の子が素早く部屋に駆け込み、後ろ手に鍵をかけてしまった。
「アナタに話があるの。」