4話 子供らしさとは
メイドのマリアンナに連れられて客間に入ると、見たことのない、明らかに高位の貴族と思われる男が父と話していた。
「来たか!アクセル、こちらは私の昔からの友人、シュベルトマン公爵様だ。」
「エーリヒ・フォン・シュベルトマンだ。君の事はお父さんから聞いている。会えて嬉しいよ。」
公爵といえば貴族の中でもとても偉い人のはずだ。そんな人がうちの父と友人?
「初めまして!アクセル・プジーです!」
「ははは、聞いていた以上に利発そうな子じゃないか!」
俺が3年間考えに考え抜きながら作り出したいい子ちゃんモーフで第一印象は良好らしい。
そうだろうそうだろう。こちとらこの3年大して何もできないからと情報収集と違和感の無い演技の練習だけしてきたんだ。
3歳はどうやって話すんだ…?変な目で見られてないか…?
と怯えながら周りの顔色を窺い続けた日々が思い出される。
それにしてもわからない。てっきり家族全員を紹介するという事かと思ったけれど、母も兄もいないじゃないか。
俺が不思議に思っているのが伝わったのだろう、シュベルトマン公爵が説明を始めてくれた。
公爵曰く、俺は膨大な魔力を持っているらしい。
確かに神様に魔力がどうこう言われていたけど、生まれた時にマリアンナが指摘していたくらいで、自覚症状のようなものは全くない。
何度か本気で試してはみた。誰もいない所で、アニメとかゲームでよくある魔法名を叫んでみたり、カッコいいポーズをとってみたり。
結局すべてが空振りに終わり、実は魔力をいっぱい持ってるように見えるだけで実際には魔力を持ってないんじゃないかと考え始めていた。
自分に高い魔力があることを全く知らなかったというのを伝えると、公爵は笑い出した。
「それはそうだろう!アクセルから放出されている魔力は、他人とは桁が違う。少なくとも、私には底が見えていないよ。しかも、これは恐らく漏れ出ているだけだ。この無意識に放出されてしまっているものだけでも、上位貴族の魔力に匹敵するかもしれない。そんな状態で、自分の特異性について把握することなんて無理だと思うよ。」
なんでも、魔力を多く持つ貴族は、5歳ごろから漏れ出ている魔力を止める練習を始めるらしい。
とは言っても、あくまで魔力の無駄遣いを防ぐための処置で、漏れ出ていた所でそこまで致命的な問題ではないらしいが。
しかし、俺の場合は保有魔力が多すぎて、漏れ出る分だけでも魔力に敏感な人なら近寄るだけで気絶しかねない量らしい。
産まれてすぐ、俺の魔力についてマリアンネは確かに気が付いていたが、父は何となくしか感じず、母はまったく気が付いていなかった。
父や母は、魔術に関してそこまで明るいわけではなく、ギリギリ貴族としてやっていけるウデなんだそうだ。
それに比べマリアンネだが、流石は上位貴族の血縁と言うべきか、保有魔力量はそこそこだが、魔力探知力がとても高いそうだ。
シュベルトマン公爵も魔力探知力が高いので、俺の特異性を肌で感じているらしい。
「伯爵家や男爵家に大きい魔力を持ったものが産まれると、慣例として公爵や公爵が引き取ることになっている。単純に、将来的にはその家の力にしたいからというのもあるが、高い魔力を扱うすべを教えるのには莫大な費用がかかる。それを負担できるのがある程度上位の貴族に限られるというわけだ。そこでアクセルに提案がある。シュベルトマン公爵家の養子に来てくれないだろうか。」
「私も本当は実の息子を手放したくは無いんだがな…。お前の魔力は魔力探知にそこまで明るくない私にでもわかるほど多い。このままでは貴族たちが挙ってお前に群がるだろう。そうなる前に、貴族の中でも私が一番信頼するシュベルトマン卿に頼み込んだというわけだ。」
「おいおい、ここは家族だけの内々の席だ。卿なんて呼ばず、いつも通りエーリヒと呼んでくれ。」
何故父とこの公爵がこんなに親しげなのかと思ったら、昔武者修行で冒険者をしていた時のパーティだったらしい。
父は文官であり、戦闘が苦手そうなイメージがあったので意外だったが、計算や交渉が得意だったためとても役に立っていたようだ。
それにしても、3歳で養子に出されるとは思っていなかった。
てっきり、どこかの上位貴族の所に婿養子で入れられるのかと考えていた。
しかし、これは幸運だったかもしれない。
何故なら、シュベルトマンという家の名前は攻略本にも載っていたからだ。
そして、このシュベルトマンの姓をもつキャラは、ゲームの中で3人登場する。
まずは、攻略対象の一人であるアルフレート・フォン・シュベルトマン。
ヒロインたちより1歳年下で、ヒロインたちが2年生の時に王立魔法学院に入学してくる。
魔術にも剣にも才能があり、水魔法に適性がある。
ヒロインの事を姉のように慕ってくる弟キャラ的なポジションで人気があるらしい。
次に、攻略対象ではないものの、パーティに組み込める強力なキャラであるコルネリア・フォン・シュベルトマン。
ヒロインたちより1歳年上で、ヒロインたちが入学した年から2年間風紀委員長を任される程の成績優秀者だ。
水魔法に適性があり、魔術の腕は学園でもトップクラスだが、本人は剣術の方が好きというちょっと残念な所があるキャラ。
因みに剣の才能はない。
最後が、アイーダ・フォン・シュベルトマン。ゲームの中で最も悪役らしい悪役令嬢だ。
優秀な姉弟や、ヒロインへの嫉妬により、時には下らない嫌がらせを。時にはラスボス化や裏ボス化をするというどうしようもない役割だ。
しかも、どのルートでも破滅していて、良くて国外追放、基本的に死亡という中々の悪役っぷりだ。
攻略本の情報が正しいなら、俺に上書きされたというのはアイーダという事のようだ。
剣の神様も、俺が上書きされた悪役令嬢はラスボス化するって言ってたし。
つまり、対策を全くとらなかった場合、モデルになったゲームと同じで俺は高確率で破滅するようだ。
しかし、今シュベルトマン家に養子として入った場合、3歳児という小さい段階から魔術の勉強やレベル上げができる。
ゲームだと学園に入学した段階から始まるため、当然そこから育成スタートだ。
入学時点でヒロインたち全員を相手にしても圧倒できる程に戦力差があれば、多少のイレギュラーが起きても何とかなるだろう。
そのためには公爵家の力を使って英才教育してもらうのはとてもありがたい。
そもそもの話、神様からは『円滑に進める手助けをしろ』とは言われたけど、『ゲーム通りに進めろ』とは言われてないわけだ。
なので、『ヒロインたちに直接は関わってこないが、裏で何かとサポートしてくれている謎の男』辺りが理想の在り方だろう。
おまけで、ドラマチックにできれば更に嬉しいとは言われたが…まあ努力目標だな。
「わかりました!僕でよければ是非!」
「…あれ?そうかい?いやぁ、小さい子だからお父さんやお母さんから離れたくないかと思って色々取引材料も用意していたんだが、随分すんなり受け入れてくれたね…。」
「え!?」
しまった。普通の3歳児はそういう物なのか…?
小さい子供は苦手で近寄らないようにしてたからよくわからないぞ…。
「アクセルは、歳の割にやけに達観しておりまして…。割り切っているというかなんというか…。」
「いやいや、受け入れてくれるならこちらとしてもありがたい。養子とするならできるだけ早くから預かっておきたいしね。受け入れ準備ができ次第こちらから連絡を入れるから、そちらも準備を始めておいてくれ。」
こうして、俺は唐突に公爵家の人間となった。