2話 生まれの苦しみ
爺さん神様がほぼ一方的に説明して意識が途切れた所までは覚えている。
その上で、今自分がどういう状況に置かれてるのかがわからない。
とにかく狭い所にいる感じはするが、何故か目を開くことができないし、呼吸もできないし、声も出せない。
それでも、不思議と死ぬこともなく、ただただ窮屈なだけだ。
しばらくそうしていると、いきなり足の方が圧迫から解放されてきた。
どうも、俺は狭いトンネルのような場所から押し出されているようで、段々と体が解放されていく。
とうとう頭が解放されて、やっと状況が何となく把握できた。
視界はかなりぼやけている。それでも、おばちゃんっぽい人に足を掴まれて、ぶら下げられてるのはわかる。
周りにはよく見えないけど人がいっぱいいるらしい。
これは、恐らく転生したということなんだろう。てっきりゲームのキャラに直接俺が憑依する感じなのかと思っていたが、産まれる所から始まるようだ。
今の俺は赤ん坊で、この雄々しく俺を掲げてるのが産婆さんか。
ということは、このベットに寝かせられてる人がこの世界での俺の母親か?
なんて事を割と冷静に考えていると、尻にバチーンと衝撃が走る。
「まずいですね、お尻を叩いてもまだ産声を上げません。マリアンナ!鼻を吸ってあげなさい!」
「はい!失礼します!」
おおう、なんかめっちゃ美人の女の子が口と鼻に吸い付いてきた。
視界がぼやけて周りの顔なんてよくわからなかったが、流石にこの距離ならわかる。
10歳くらいだろうか?クラシカルなメイド服を着てるように見える。
これは、もしやファーストキスなのでは?なんて考えたのも束の間、すぐに顔が離され、またも尻にバチーンと衝撃がくる。
これはもしや俺が産声を上げるまで続くのか?それは流石に勘弁願いたいので、産声を上げてやることにする。
しかし、そもそも産声ってどんなのだろうか…?
よく考えたら、前世の知識で産声に関するものは、あまり存在しなかった。
まあ、普通の赤ん坊でもできることなんだから、自分の本能を信じてみるか…。
「お…おぎゃー!おぎゃー!」
「お、奥様!無事産声を上げました!元気な男の子ですよ!マリアンナは旦那様を呼んできて!」
泣いてやっただけで大騒ぎである。赤ん坊ってチョロいな。産湯で洗われた後、母親と思われる女性に手渡される俺。
近くで見ると、この人はこの人で美人だな。
「サーシャ!産まれたって!?」
「ええ…男の子ですよ…。」
けたたましい音と共に男が部屋に入ってくる。状況から考えて、この人が俺の父親なんだろうか。
母親から引き離され、男に抱き上げられる俺。この人は随分とイケメンさんですね。
非常に腹がたちます。
それにしても、流石は乙女ゲーの世界というべきか、どいつもこいつも顔面偏差値が高いですね。
前世の俺なら今すぐこの部屋から出て誰もいない場所に行きたいと思っている所です。
しかし!両親がこれだけ美男美女なのだから、俺の顔面偏差値も相当期待できるのではないだろうか!?
戦の神様は、元の令嬢に俺を上書きすると言っていたけど、女キャラに上書きされたらどんな感じになるんだろう。
中性的なイケメンか?それとも見た目殆ど女の子だったり?
「それにしても、黒髪に黒…いや、茶色の瞳か?珍しいな」
「言われてみれば確かに…きっとご先祖様にそういう方がいらっしゃったのね…。」
ほう、俺は黒髪なのか。両親は、2人とも金髪っぽいし、さっき俺のファーストキスを奪って行った女の子は、赤い髪をしていたように見えた。
確かマリアンヌって呼ばれてたか?
ゲームを基にした世界という事だし、髪の色はなかなかカラフルなようだ。
「旦那様、少々申し上げたいことが…。」
興奮する両親に遠慮してか、マリアンナが恐る恐る声をかけてくる。
「どうしたマリアンナ、何かあったか?」
「いえその、お坊ちゃまなんですけど…どうも魔力がおかしなことになっているような気がして…。」
「なに?」
おっと!ファンタジーな話題が出てきたぞ!そういえば神様が、世界最高の魔力がどうとか言ってたっけか?
世界最高がどんなものかわからないが、パっとわかるものなんだろうか?
「うむ…?言われてみれば確かにかなりの魔力を感じる気もするが、私は魔力感知が得意では無くてな。サーシャはどうだ?」
「私にもなんとも…。魔術の成績はそこまでよくなかったので…。」
「その…、あくまで私の少ない経験を基準にした話なんですが、王族の方々にも匹敵するか、もしくはそれ以上に感じまして…。」
「王族だと!?」
なんだかえらい騒ぎようだけど、話から察するに王族は魔力が多いんだろうか?
神様が言った通り、俺に世界最高の魔力があるなら、俺は王様よりも魔力が多かったりするのか?
「不味い事になったかもしれん…。そんな規格外の魔力を持っているとしたら、公爵家が養子によこせと言ってくるやも…。」
「そんな事が…?ですが、私たちのような男爵家から公爵家に養子だなんて…。」
「普通ならありえないが、高い魔力もちの子供を養子として向かい入れられることは稀に存在する。ましてや、王族級となると…。」
なんだか話が大きくなってきたな。それにしても、この家は男爵家だったんだな。
神様が、俺が転生するのは大貴族の子供って言ってたから、てっきり偉いとこなのかと思ってたけど、話を聞く限りでは下っ端の貴族という所か?
あれ?今普通に両親の会話を理解できていたけれど、この人たちは西洋人っぽい顔なのに、日本語喋ってるんだな。
まあ、乙女ゲームの世界らしいし、日本語が標準語って事なんだろうか。
今更だが、なんで神様が日本のゲームやってんだ…。