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11話 それは恋と呼ぶには余りに覚悟が決まっていて

私は、アリーナ・ディ・マルシャン。

誇り高きマルシャン公爵家の長女である。

アイラシア教の敬虔な信徒である両親の下に生まれた。


私は、同年代の子供たちよりも大抵の事で優秀だった。

運動も、勉学も、魔力も、全てが優秀。双子の兄であるフランソワですら相手にならない。


そもそも、2歳や3歳でここまで流暢に、理知的に言葉を話す者自体そうは居ないらしい。

父によると、これは魔術師としての才能が高い者の特徴だとか。


正直、その辺りの事はどうでもよかった。

公爵家に生まれたので、それなりに恥ずかしくないよう色々な事に努力はしたが、皆私の努力ではなく、才能を褒めるばかり。

確かに私には、様々な才能があるのかもしれないけど、それを磨いたのは私自身だ。


特に許せないのは、父が私に言う「神から頂いた才能を発揮している」という言葉だ。

父からすると、私は神からの頂き物の力で優秀なだけらしいが、とんでもない話だと思う。

体力をつけるための毎日の運動も、この世界を知るための勉学も、いずれ魔術を使えるようになった時のための魔断ちも、私の努力によって行われてきた物だ。

私に勝てるものが殆どないからと、私を疎んじているらしい双子の兄よりも、私は努力してきたと自信を持って言える。

会った事もない神とやらの功績にされてはたまったものではない。


だけど、この国の貴族は、基本的に男が家督を継ぐ。

女が絶対に継げないというわけではないけど、優先順位は低いらしい。


理由は簡単だ。別に男女差別というわけではなく、生物としての機能の違い。

男なら、女さえ複数用意すれば、跡取り候補の子供を同時に何人も作れる。

しかし、女の場合は、私たちのような双子は例外として、1度に1人産むだけだ。


回復魔法が発展した現代でも、子供が大人になるまで生き残る確率は、高く見積もっても7割程度らしい。

実際、私にも兄が2人いたようだけど、1人は4歳で流行り病で倒れ、1人は生まれてすぐ死んだんだとか。

両親が信心深くなったのもこの件が原因なのかもしれないと私は思っている。


まあそんなわけで、私は、女であるというだけで、どれだけ努力した所で公爵にはなれない訳だ。

それでも、努力をしない訳にもいかない。

貴族の娘は、政略結婚の道具としてとても有用だ。

そのせいで、長男とそのスペアの次男が産まれた後は、とにかく娘が生まれるように皆祈るんだとか。

私もそのうち、どこかの知らない貴族と婚約させられて、つまらない人生を送るのだろうが、私が優秀であれば、相手の条件もよくなるかもしれない。


私が努力しているのは、結局の所その程度の安っぽい理由だ。

父は、私が神から賜った才能に報いるために努力していると思っているようだが、実の所私に信仰心なんてものはあまりないように思う。

もちろん、父にその事を伝えるつもりも無いけど。


努力はただ仕方なくやっていることで、私が望んでやっていることは読書くらいだ。

過去の英雄たちの話が書かれた本を読んでる間が、私の人生で唯一楽しいと思える時間だと思う。

何万と言う軍勢相手に、たった300の兵だけで抗してみせた小国の英雄。

街に飛来する強大な龍を精霊より賜った剣で単身討伐して見せた不死身の英雄。

巨大なダンジョンを攻略し、その上にこの国を作り上げた王の祖先である英雄。

そんな話をみて、冒険や刺激的な体験を夢想することだけが、私の趣味だった。


そんな私に、転機が訪れた。婚約者が決まったらしい。

どこの貴族かと思ったら、元は男爵家の生まれだが、規格外に多い魔力を評価されて公爵家の養子になった人だとか。

先日、父がシュベルトマン公爵家に所用で出かけた折に聞いたらしいけど、魔断ちを教わったその日にこなして見せたらしい。


私は、その話を聞いたときに思った。まるで、英雄譚の始まりを読んでいるようだ、と。

すぐに会いたいと告げると、父は驚いていた。

私は普段あまり我儘を言わないから、そうやって急かしてくるのが以外だったんだとか。


数日後にシュベルトマン公爵家へ赴き、客間と思われる広い部屋で待っていると、一人の男の子が入ってきた。


それがアクセル・フォン・シュベルトマン。私の婚約者だった。

見た目は、黒髪で茶色の目、あまりこの国では見ない見た目で、きっと一般的には恰好がいいとはされない顔だ。

でも、私からすると、その特殊性は更に彼の魅力に見えた。


軽く挨拶をしてすぐ、2人でシュベルトマン公爵邸の庭へと出た私たちは、色々な話をした。

といっても、彼自身はそこまでおしゃべりというわけでもなく、私が聞いたことにとりあえず答えたという印象だったけれど。

もしかしたら、私がぐいぐい行き過ぎたせいで、ちょっと引いていたのかもしれない。

後からそう思ったけど、しょうがないじゃない?

だって、私はその時とても興奮していたのだから。


見たことのない見た目。たまにどこか遠くを見ているような不思議な瞳。

男爵家に生まれ、魔力を評価されて公爵家の養子となった経緯。

何より、たまにふと魔断ちが途切れた時に感じる、とてつもない量の魔力。

英雄とは、きっとこういう人がなるんだと、理屈ではなく心がそう思ってしまっていた。

生まれて初めて神に感謝した。私の才能とは、私がしてきた努力とは、この人の隣に立つためにあったのかもしれない。


初めての逢瀬は、あっという間に終わってしまった。時間があんなに早く感じたことは無い。

その後も、月に1度は必ず会うようにしていた。

マルシャン公爵領からシュベルトマン公爵領までは、どんなに急いでも馬車で1日かかる。

そう頻繁に行き来するわけにもいかないのはわかっていても、やはりもどかしかった。

これでも、間の領は、私の父と同じ派閥らしく、スムーズに通り抜けられている方らしい。


1年が過ぎ2年が経とうという時期。

会うたびに大きくなっていくアクセルに、私の恋もどんどん膨らんでいく。

先日、私も魔法適正を調べ、火の魔術を使えるようになった。

これで、きっと彼の隣にもっと堂々といることができると考えていた。


しかし、唐突に父からアクセルとの婚約を破棄したことを告げられた。

最初何を言われたのかわからなかったが、言葉の意味が理解できてくるにつれ、嫌な汗が出てくる。

自分の人生で、初めて好きな相手ができたのに、父はそれを事も無げに無碍にしたのだ。

しかも、『アクセルは神から見放された人間だと判断したから』という訳の分からない理由で。


魔法の適正が何だというのか。彼は、魔力のコントロールだけでも素晴らしのだから、魔道具なりなんなりを使えばいい。

魔力総量も多いのだから、恐らく魔力による肉体強化だけだとしても、私の兄ではまったく敵わない相手になるだろう。

そんな人が神に愛されていないとしたら、好みがうるさい面倒な神の相手などしていられない。

まあ、父たちが勝手に言っているだけで、実際の神の言葉ではない訳だけど。


この時、私はこのマルシャン公爵家を見限った。

それから考えたのは、どうしたらアクセルの近くにいられるかということだった。

魔力の多い人間は、婚約の競争が激しい。恐らく私はもう彼の正妻にはなれないだろう。

婚約破棄の理由はもちろん、何の相談もなく一方的に公爵家同士で決めた婚約を破棄したのだ。

貴族社会において、ここまで無礼なこともない。下手をすると王室まで怒らせたかもしれない。

今更、婚約破棄を無かったことにはできない。


仮に、このマルシャン公爵家の継承権をもつ者を全員排除して当主となり、アクセルを迎え入れる準備を整えたとしても、シュベルトマン公爵家は、こちらを許さないだろう。

なら、私自身がマルシャン公爵家から出て、彼の下へ行くべきだろうか。

この際、愛人でもなんでもいい。彼の傍にいたかった。

そこで私は、ある事に気が付いた。将来的に確実にアクセルと会うことができるタイミングがあるのだ。


王立魔法学院。


そこには、一定以上の魔力を持った者が必ず入学させられる。

経済的に困難な者や、後ろ盾のない者は、他の貴族の従者として数年遅れで入学することもあるが、基本的には15歳で入学することになっている。

学園の中で彼に私の想いを伝えればいい。彼に受け入れられなかったら、その時はそれだ。

もし受け入れてもらえるなら、愛人でも、メイドでも構わない。

護衛を引き受けられるくらい強くなっておいてもいいかもしれない。


ただその為には、私はあと10年は、このマルシャン公爵家にいなければならない。

今の私にとってこの家は、気味の悪い宗教観に囚われた汚らわしい何かにしか見えないが、それでも今私が考えられる中で、もっとも現実的な案に思えた。


私は、10年後のために、今まで以上の努力をすることに決めた。

マルシャン公爵家という肩書のない私なんて、きっと彼にとっては何の魅力も無いだろう。私はそんなつまらない存在だ。

だから、実力で、彼を補佐できるような存在になりたい。肩書以外で勝負をしなければ。

それが、蜘蛛の糸のように僅かな希望だとしても縋るしかない。


これからの自分の目標を決めた後、私はアクセルへ手紙を書いた。

彼は読んでくれないかもしれない。そもそも私の手紙など彼の家の執事辺りに破られても可笑しくない。

それでも書かずにいられなかった。


謝罪と、決意。そして、生まれて初めての本気の告白を。




父に頼んだところでこの手紙は絶対に届かない。殆どの家中の者が相手でもそうだろう。

私は、変装して冒険者ギルドへと赴き、信用のできる冒険者に極秘で手紙を届けて貰えるように依頼した。

この国において、冒険者ギルドとは言わば便利屋だ。

高い魔力を持つ者は殆どが貴族であり、冒険者として長期間活動することは殆どない。

なので、戦力としては期待されておらず、何かを探したり、届けたりというのが主な仕事だった。

それでも、国家や領主から独立した組織であり、お金を積めば公爵にすら秘密で手紙を届けることもしてくれる。

知識としては知っていたけど、実際に利用するのはやはり緊張した。

これで、とりあえずの準備は整った。


あとは、脇目も振らず鍛錬するのみ。

冒険者ギルドからの帰路につきながら、私はこれから自分に強いる地獄のロードマップの作製を始めた。





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