Act7 人が人のために創ったもの
変わり果てた姿のアマカゼ・サクラを、少女はしばらくの間、無言で眺めていた。
その横顔は感情に乏しいように思われた。
しかし、イヌイは気付く。
少女の短い睫毛の先端が、微かにわなないている。
やっと見つけた、と言わんばかりの喜びが瞳の奥で瞬いている。
「……いつか……目覚めると思う?」
「さぁな。そうなれば良いとは思ってるが」
「そう」
そっけない口調ではあったが、声色は先ほどよりも明るい。
(この子は、魔法少年と知り合いだと言ったか……)
どういう関係性だろう。
興味はあるが、イヌイはまだ、そこまで踏み込める距離感には遠い。
ただひとつ分かることは、この少女にとって「アマカゼ・サクラ」という人間は特別で、呼吸をしているだけで尊い存在なのだということ。
(この一年、どんな気持ちで過ごしていただろうか)
少女の打ちひしがれた姿が眼裏に浮かぶ。
どういった関係性であろうが、一年前、少女の世界から忽然とアマカゼ・サクラは消えたのだ。
哀しかっただろう。絶望も覚えただろうか。
戦いの無い世界だったら、アマカゼが意識を閉ざすことはなかったはずだ。
喉奥からこみあげる自責に、イヌイは呻いた。
「すまない……オレのせいだ」
「え?」
「仮想世界の移住計画を推進したのはオレだ。オレがいなければ、アマカゼは戦うことも、家族と離れることも、キミが哀しむことだってなかったはずだ」
「……はぁ、急にそんなこと言われても」
白けた返事に、イヌイの視界がぼやけていく。
情けない。愚かな自分が嫌になる。
このところ、毎日、生まれてきたことを後悔している。
朝がやってくるたび、後悔しても仕方ないのだと一日を始めるけれど、夜がやってくる頃には消えてなくなってしまいたい衝動が、荒れ狂う嵐のようにイヌイの胸中をかき乱す。
都市に警告音が鳴り響くたびに。怯えながら暮らす人々の姿を想像するたびに。罪の意識に苛まれ、いっそ「コイツが諸悪の権化だ」と、だれか異星人につきだしてくれまいかと、本気で思う。
「──ふぅん。英雄は、仮想世界をつくったことを後悔してるんだ?」
滲んだ視界の先から、ふたたび呆れた声がした。
「なんか……残念」
残念、だと?
その言葉に含まれた意味が理解できずにいると、さらに少女は言った。
「たしかに仮想世界には問題があるかもしれない。だけど、わたしたち人間は、仮想世界が「悪」だなんて微塵も思ってない。だから諦めずに戦ってきたんだと何故わからない」
「だが、」
「アマカゼは言ってた……『仮想世界は、人が人のために創ったモノ。だとしたら、それがたとえ虚像でも「人の想い」のカタマリなんだ』って──」
「っ!」
少女の言葉がイヌイの胸をつく。
「あなたは誰かを救いたいっていう想いで、世界を変えたはず」
「っ、オレは……」
「人は、人のためになら、英雄にも愚か者にもなれる。誰かを守りたくて、救世主だったり魔法少年になったりできる。みんなちゃんと分かってる。だから──……もう苦しむのはやめたほうがいいと思う」
「…………っ、」
イヌイの瞳から涙が流れる。
躊躇いながら差し出されたハンカチごと、少女の華奢で白い手を握りしめ、年甲斐もなく大声をあげて泣いた。
この日を境に、少女は頻繁にイヌイのもとを訪れるようになった。
昼間にくるときもあれば、真夜中にやってくることもある。時折、疲れた羽根を休めるようにアマカゼの隣で少しだけ眠り、帰っていく時もあった。
眠るアマカゼが大人の身体に変化していくのと同じく、少女もまた大人の女性へと成長していく。
そして八年という月日を経て、ついにアマカゼ・サクラは目を覚ました。
ここまで、お読みいただき有難うございました。
次から主人公視点にもどります。