Act5 魔法少年が世界を救った日
真昼の都市に、異星人の襲来を報せる警報が鳴り響く。
出歩いている人々は帰途につくか、近くのシェルターへと避難をはじめた。効率よく、かつ渋滞緩和のために、個人の端末にはAIから経路が指示される。
大きな混乱が生じないのは、もう幾度も同じ経験を繰り返してきたからだ。
上空には傘のような防御壁がはり巡らされ、都市は翳りに沈んでいく。
防御壁は、敵の放つ電子機器を狂わせる周波数を防ぐ役割がある。
地下には、何千、何万という仮想世界に生きる人々が眠りについている。その者たちの眠りが妨げられるらことがあってはならない。目覚めれば、死が待ち受けているからだ。
防御壁に覆われた空を仰いで、イヌイは呟く。
「アマカゼ……きみは今、戦っているのか?」
見えないと分かっていても、イヌイの眼差しは魔法少年の片鱗を探すように彷徨っていた。
***
夜がやってきても、警報は鳴り止まなかった。
異星人との厳しい攻防が続いているということだ。
(今夜は眠れそうにないな……)
不安を抱えたまま真夜中をむかえたその時、防御壁の一部にヒビがはいる。
このままでは敵の周波数で、仮想世界の支柱である設備に不具合が出るかもしれない。そうならないように備えはしているが、絶対とは言い切れない。
最悪な事態だけは回避するために、イヌイは仮想世界の住人に、さらに深い眠りをうながす薬物投与の指示をだした。
しばらくの間は夢すら見なくなるだろうが、仮想世界でなら、またいつでも新たな「生」を始められる。
(今のオレができるのは、これだけだ)
ひとつふたつと崩壊していく防御壁の隙間から、石礫のような星々がのぞいて見えた。
イヌイは心のなかで祈る。
(どうか、どうか、オレ達の世界を守ってくれ!)
神々にたいしての祈りではない。
イヌイは魔法少年にむかって祈っていた。
すると──……聲がした。
『大丈夫! 絶対に守るから!』
イヌイの周りには誰もいない。
空耳か。まさか……。
戸惑っていると、突然、眉間の奥が熱く弾けた。
「っく、……っ」
脳幹が熱をおび、眼裏に閃光が走り、心拍が上昇する。
まるで体内でビッグバンでも起きているようだ。凄まじいエネルギーの渦が、イヌイの内側で暴れている。
なにが自分の身に起きたのか、考える余裕すらない。
その場にうずくまると、イヌイは死を覚悟した。
脳裏に懐かしい記憶の断片と、見たこともない景色が同時に駆けめぐっていく。
眩暈にくらむ両目を強く見開き、イヌイは空を睨む。
そこに──……オーロラを見た。
冬でもないのに、北極の寒空の奇跡にも似た色彩が、闇を切り裂いていく。
崩壊していく防御壁のかわりに、オーロラのたなびく光が都市を包みこんでいく。
「これは……魔法、なのか……」
あまりにも美しく幻想的な光景に、イヌイの瞳から一粒の涙がこぼれ落ちた。
透明な雫は鏡のように、揺らめくオーロラの輝きを映して消えていく。
気付けば、イヌイのなかの熱も穏やかになっていた。
やがて警告音は止まった。
(……オレ達は、助かったのか)
防御壁が撤収される。
まもなく夜明けがやってくる。
闇夜に浮かぶオーロラは、星々とともに明け方まで輝き続けていた。
それから数日後。
世間では奇妙な噂が流れ始めていた。