Act2 もうとっくに受け入れている
目覚めたアマカゼ・サクラは、過酷なリハビリ生活を送っていた。
発達した理学療法により、眠り続けているあいだの栄養補給や、筋肉収縮防止などの処置は功を奏したものの、健常に動けるには相応の時が必要になる。
走ることはおろか、少し歩くことにも精一杯で、アマカゼの心は苛立ってばかりだ。
しかし、それ以上にショックな出来事が彼をおそう。
「俺──……魔法少年になれない!?」
アマカゼは「魔法少年」になれなかったのだ。
なんど試みても「肉体」と「エーテル体」を切り離すことができない。
ドクター曰く……原因は戦いによる後遺症。
新人類と評される「霊性さ」が損なわれてしまった可能性が高い。傷ついた魂を癒さぬかぎり魔法少年にはなれないだろう……と。
どうにかならないかと内宇宙人の友──ヴァイスに相談しようにも、エーテル体になれなければ交信もできない。このままでは、むこうからコンタクトをとってきても気付かないままだろう。
アマカゼは惨めな気持ちになった。
魔法少年であることが、おのれにとっての社会的価値。いや、それ以上に「生きる意味」だと、ずっと思っていたからだ。
(戦えない俺は、なにもできない役立たずの人間じゃんか……)
二度とヴァイスに会えないのもショックだった。
唯一、心を赦せる友人。ヴァイスがいたから、アマカゼは家族や友人がそばにいなくても、明るく笑ってこれた。
なにもかも、指の隙間から溢れおちていく。
ささやかな幸せすらも失い、未来が暗く閉ざされていく気がした。
***
「そんなに辛いなら、仮想世界へ移住するか?」
歩行練習をするアマカゼに付き添っていた担当医、イヌイ・タカハシが冷めた口調で問いかけてきた。
彼は有能な脳科学の研究者であり、八年も眠っていたアマカゼの面倒をみてきた有能な医師だ。小柄な体躯であったが、日々のトレーニングで鍛えた厚みのある腕で、アマカゼの肩を支えている。
「仮想世界に移住すれば、すべての苦しみから解放されるぞ」
繰り返されるイヌイの言葉が、重く胸に沈む。
「いやだ」とアマカゼは即答した。
「なら、がんばれ」と、感情のこもっていない返事がとんでくる。
けれど、そっけない口調とは裏腹に、アマカゼの細い肩を支えるドクターの逞しい腕は、あたたかく、そこには確かな励ましが滲んでいた。
(……いまさら、仮想世界の住人になってどうする)
夜がやってきて、アマカゼは病室のベッドに仰向けに横たわる。背中にじんわりと落ちてくる疲労感に目を閉じ、昼間イヌイに言われたことを、頭のなかで反芻する。
(俺は、現実世界で生きていくことを選んだんだ)
その意味も理解し、受け入れたうえでココにいる。
生きることとは、肉体が老いて朽ちていく苦痛を味わいながら人生を積むということだ。
魂を成長させるため……という者達もいるが、アマカゼはそこまで精神世界に根ざした考えはしない。
もっと単純に、生まれたならいずれ死が訪れるし、生きていれば必ず心が波立つような不幸があると思っている。そして……それを打ち消すくらい、腹の底から笑顔になれるような輝く日々があることも。
すべてを受け入れたうえで現実世界で生き、死んでいくことを、おのれの意志で選んだはずではないか。
「──そうだよ、全部分かってたことじゃん」
戦いの果てに死があるかもしれないということも。いつか魔法少年でいられなくなる日がくることだって、想像していなかったわけではない。
仮想世界へと旅立つ両親や友人と決別したあの日、ひとりで生きていくのだと、どんな哀しみや苦痛に襲われても後悔はしないと、強く思ったはずだ。
(俺は一度死んだ。魔法少年としての俺は)
戦って、傷付いて、おのれの中に在ったなにかが死んだ。
眦から一雫の涙がこぼれ、こめかみを伝い、やがて何ごともなかったように消えていく。
アマカゼは、そっと、まぶたを開けた。
暗い室内には薄明かりがさしている。
窓の向こうの夜空には、星のあいだを縫いながら運行する衛星の赤い光の明滅が浮かんでいる。
それは、かつて共に戦った仲間の瞳の色に似ていた。
「そういえば、セツは……今も魔法少年でいるのかな」
こぼした呟きに、ベッドのそばに佇む旧時代の人工知能搭載車椅子が反応する。
『セツ、とは?』
『認識デキマセン』
『アマカゼさん、もう一度言ってクダサイ』
その問いに、アマカゼがこたえることは無かった。