Act1 魔法少年とは
西暦2233年。
地球人類は二極化の一途をたどっていた。
肉体をもつことで生まれる、病いや苦悩から逃れるように、「仮想世界」へ移住し、そこで望む未来を創造する者たち。
その対極にいるのがアマカゼ・サクラをふくめた「現実世界」で営みを続けている者たちだ。
現実世界で生きる者たちは、今や人口の半数を占める仮想世界の住人を管理しながら、太陽系外からやってきた異星人との抗争を繰り広げていた。
アマカゼ・サクラは、十五歳のとき「魔法少年」になった。魔法少年とは、特殊な力で異星人と戦う若き軍人のことだ。一部の識者からは「新人類」「進化型人間」とも呼称されている。
元来「魔法」というのは、宇宙をすべる神々からもたらされた智慧と恩力。
だが、あまりにも高次元からの祝福は扱いきれないため、神と人類をつなぐ役割をあたえられた天使や、天使の化身である「竜」が次元変換し、万物に霊的な力を与えているという解釈だ。
しかしアマカゼは天使どころか、竜にすら会ったことも見たこともない。
アマカゼの扱う『魔法』とは、祝福のようや授かりモノではなく四次元的な量子の力──……つまり想念の力だった。
それに天使や竜ではなく、地球の内核に在るもう一つの世界〈内宇宙〉に住む、内宇宙人と交信することにより覚醒した力である。
具体的には、肉体を膜のように覆っている霊的肉体──〈エーテル体〉を具現化させることで(幽体離脱に近い)、あたかも魔法めいた超自然的な力をふるうことができた。
高度な宇宙文明をもつ敵は、物理的な破壊とは異なる、〈波動〉による攻撃を仕掛けてくる。それは地球上の精密なシステムを狂わせる周波数で、仮想世界にいる者の眠りを妨げようとする悪意があった。
アマカゼは十七歳のある日、たった一人で敵に立ち向かい、おのれを盾にして「目醒めの周波数」から人類を守った。
エーテル体は歪み、傷付き、塵のようにバラバラになってしまった。肉体に戻れないまま、アマカゼは滅んでしまったものだと思っていた。
しかし肉体だけは、八年ものあいだ生命維持装置のなかで眠り続けていたのだ。
そうしてアマカゼは、二十五歳の青年へと成長をとげていた。
(よく生きてたよなぁ、俺……)
不思議なものだ。
エーテル体を損なえば、魂と肉体は同居できずに散ってしまうはずなのに。
それに──……あの真っ暗で彷徨っていた場所は、いったい何だったのだろう。死後の世界ではなかったのか。
我ながらずいぶんと奇妙な体験をしてしまったものだと思う。
(しかも、この姿はなぁ……)
鏡にうつる自分を見たアマカゼは、なんとも言えない複雑な気持ちになる。
完全に痩せこけてしまった頬に、ぎょろりと浮かんだ虚な金色の瞳。伸びた髪を切って、髭を剃ったことで、だいぶマシな見た目にはなったが、おのれの姿を見るたびにショックを受けてしまう。
過去に、映像で見た父の若かりし頃の精悍な姿とは、似ても似つかない。
それは身体的なものだけではなく、他にも何かが欠けている気がするのだ。でもそれが何かも分からなくて、ひどくもどかしい。
(考えても、仕方ないよな……)
それよりも〝良かった〟と思うことにしよう。
大切な者達が生きる世界が続いていたことを。
そしてあの日、おのれのすべてを懸けて戦かったことを誇らしいと、胸をはって生きよう。──そうアマカゼは思った。