Prologue 闇からの生還
新連載です。
ストックはありますが、ゆっくり更新していきます。
よろしくお願いします!
真っ暗なソコは、宇宙空間のように音がなく、重力もなく、果てもわからない。
暗黒の帳だけが全てといった場所に、塵のような「意識」がひとつ漂っていた。
意識は、おのれが「アマカゼ・サクラ」という十七歳の少年だと自覚している。
ほかに存在するものはなく、どこまでも広がる闇のなかを、アマカゼはまるで宇宙遊泳を楽しむかのように軽やかに漂っていた。
(──俺、きっと死んじゃったんだろうなぁ)
気付いたときには、すでにカタチを持たぬ存在になっていた。最後に覚えている記憶は「戦っていた」ということ。
それも熾烈な戦いだった。
〈敵〉は、はるか何億光年先の銀河からやってきた異星人で、軍人だったアマカゼは地球人類を守るため、おのれの魂を燃やし尽くすようにして戦った。
そうやって気付けば、こんな有り様になっていたのだから、おおかた戦いの果てに命を散らしてしまったのだろう。
いくばくかの心残りはある。
けれど不思議なくらい後悔はなかった。
たとえ残りカスみたいな意識のまま放浪することになったとしても。誰もいない孤独という地獄に突き落とされたのだとしても、アマカゼはこの結末に満足していた。
(──きっと、これが俺の運命だったんだ……)
守るために生まれた。
そして、役目を果たしたから死んだ。
これが人生の幕引きなら「めでたしめでたし」じゃないか……? アマカゼは晴れやかな気持ちだった。
それからは時という概念を忘れ、闇に身を委ね、たまに残る記憶を反芻し、ふらふらとあてもなく泳いでいた。
しばらくして不思議なことが起こる。
ぼんやりとした光が周囲に生まれ、静かな脈動が波紋のように広がって輪郭を形成していく。
それはとうに忘れていた、懐かしい感覚だった。
(えっ、……俺、もしかして生きてる?)
いや、まさか。
それともアレか? 輪廻転生というやつだろうか。
重力という、しがらみに混乱し、眩しさに、まぶたをしばたたく。
視界のさきに見開いた双眸が見えた。
ダークブルーの瞳だ。地上からのぞむ、夜明け前の天空に似た色彩のなかに、驚愕が色濃く滲んでいる。
男は言った。
「──おかえり。……魔法少年」と。
泣き出しそうに掠れた声は停滞していた空気を揺らし、アマカゼの、かたく骨張った頬をそっと撫ぜる。
その瞬間、残りカスのような意識は精神となり、心となり、いまだ肉体に内在していた「魂」とふたたび結びつく。
アマカゼは、おのれが何者であるか思い出す。
(そうだ……。俺は〈魔法少年〉だ……)
視界のすみに金糸の束が見えた。
なにかと思えば、おのれの頭髪だと気付いて驚く。
暗黒のなかで時を刻み続けたアマカゼの肉体は、今や少年とは呼び難いほどに成長していた。