第07話 ある日、森の中
「はぁ!?」
翌朝。
村長に起こされたオレは、婆さんが用意してくれた朝食の席で声を張り上げた。
何でも昨夜、1度は帰ったアリィが 「レグザにお願いがある」 と深夜にまた訪れたんだとか。
――外が騒がしかったのはそれか…。
何事かと思った村長が要件を聞いたところ。
どうやらアリィは、遅くまで両親を説得した末に、オレと旅に出る許可を貰ったらしいのだ。
「で…何て答えたんだ?」
「もう遅いから朝にせぃバカもん、と追い返したわい」
「…また来んのかよ」
それを聞いてゾッとしない訳が無い。
とにかく急いで朝食を平らげ、早々と出発の準備を整えて。
「見送りは結構! 世話んなった! じゃ!」
言って、普段キィと静かに鳴るドアを、ギィッと勢い良く開け放つ。
「げ」
そこに待っていた残酷な現実。
こっそり村を出て行こうとした、オレの考えは甘かったらしい。
村長宅から1歩出て、最初に目に入ってきたのはアリィと、その背後に控える両親の姿。
「おはようレグザ! あのね、私も一緒に連れてってほしいの!」
「……」
――いつから居たんだろう…。
呆れて言葉を失いつつも、視線をアリィに定める。
ギラリと目を輝かせ訴えてくるその様子から、彼女の本気度を激しく理解して。
「危険だと反対したのですが…全く聞かなくて」
「寂しいから駄目だと反対したんですが…根負けしました」
――おいおいおい。
両親は完全に折れているが、オレの心は既に決まっている。
6年も1人旅を続けて今更仲間など考えられないし、その上こんな弱々しい小娘を同行させるなど全く以て有り得ない。
「悪いが連れて行けない、親に心配掛けるな」
「やだ!! 一緒に行くもん!」
第一声で懇願しておきながら、もう駄々を捏ねている。
本当に由緒正しき魔道士かと疑ってしまう人格で、単なる聞き分けの悪い子供にしか見えない。
「絶対に駄目、無理」
「イ~ヤ~だっ! もう決めたもん!!」
「レグ君や」
突然、背後から。
玄関から出て来た村長はオレの真横に立ち、ジッと顔を見てくる。
「他はともかく、洞窟の奥に居た魔物はお前さん1人で倒せたかの?」
「う…」
「聞いたわい、アリィに救われたとな」
「……」
「お前さんは強いがまだ若いし、上には上がおる。 自信過剰で無鉄砲な性格は、己の死を早める事に成りかねんぞい」
スパッと性質を見抜かれ、グサッと言葉が刺さる。
伊達に長く生きていないという事か、一言の重みが半端無く、返す言葉も見当たらない。
確かに未熟なオレが、いつまでも1人旅は危険だろう。
これまで己の強さに自信が持てたのは、偶然にも強い魔物と遭遇しなかった、只それだけの事。
運が悪ければ、何処かの国の路傍で朽ち果てていた可能性も充分に有る。
「アリィは才能もある有望な魔道士じゃ、必ず力になってくれよう」
村長から浴びせられた決め手の一言。
迷いはあったが、断る理由も資格も、オレには無い様な気がした。
結果、オレはアリィの同行を認めた。
出発の時――
アリィが長旅に出るとあって、見送りには村人全員が登場した。
村の入口で皆と別れの言葉を交わすアリィに対し、オレは少し離れた場所で待機中。
「お待たせ! 行こっ!」
「早いな、ちゃんと別れは済ませたか?」
「うん! お父さんは泣いてたけど」
「あ、そう…」
あの父親には参ったが、大切に育てた1人娘を溺愛する気持ちは分からなくもない。
母親の方はかなり腕利きの魔道士らしく、若い頃にはその名が隣国にまで知れ渡っていたんだとか。
やはり立派な魔道士というだけあって、それなりの気品に満ちていた。
――誰かさんと違って。
ナトゥーラ村を後にし、向かう先は南。
村長から聞いた1番近くの町というのは、南の海岸沿いに在る町ジステア。
南には馬鹿デカい森が立ち塞がっているが、避けて行くとかなり遠回りになるらしいので、素直に森を突っ切る事にした。
次の目的地は港町という事で、つまり酒場もあって美味い料理屋もある。
満喫するには若干1名の邪魔者がいるが、まぁとにかく、胸を弾ませずにはいられないオレだった。
「ねぇ、レグザはどうして旅してるの?」
そんな質問が飛んできたのは、間もなく森に入ろうかという所。
考えてみれば、オレは相手の事をある程度知った上で連れて行く事を決めたが、アリィはオレの事を全く知らない。
――素姓の分からない男とよく旅をする気になったもんだ…。
「強いヤツに会いたいから」
「…それって本気? じゃあ、目的って特に無いの?」
「いや…」
正直に話すべきか、少し迷った。
今まで誰にも話した事は無く、言う必要も無かった。
同行を申し出てきた戦士は何人も居たが、それを全て拒否してきたオレには信頼出来る相手も誰1人居ない。
故に、自分の身の上話を他人に話すかどうか、悩んだ事すらこれが初めての事。
「まぁいいか…仇討ち」
「えっ!! だ、誰の!?」
「両親」
「ぁ…」
何故か黙り込んでしまったアリィと共に、漸く森へと足を踏み入れる。
暫く歩いてから気付いたが、他人の過去に触れてしまった事を、アリィは申し訳なく思ったのかもしれない。
「気にする事ないさ、常に覚えてなきゃ目的を見失うし」
「でも、なんか…ごめんなさい」
こんな事を気にするとは、意外に可愛い一面もあるらしい。
「天下の魔道士様が簡単に謝るなっての」
アリィの頭をポカッと叩いたオレは、森に入った事で周囲の警戒も怠らない。
今のところ魔物の気配は無いが、中には感じるより早く猛スピードで襲って来るヤツもいる。
経験上の 「森の恐さ」 を語ってアリィに注意を促しつつ、村長に貰った周辺の地図を広げる。
それに因ると、この森を真っ直ぐ抜ければ高台に出るらしく、目的の町も海もそこから一望出来そうだ。
「おっと」
「…どしたの?」
「魔物の気配…前方やや右寄り、2~3匹か」
感じた方向を指差し、迷わず剣に手を掛ける。
対するアリィは驚き、焦り、相変わらずのへっぴり腰。
「新生魔道士サマのお手並み拝見ってトコか」
「え…ちょ、ちょっと待って! まだ心の準備が…!」
「ほら行くぞ」
「ふえええええ」
戸惑うアリィに構わず、猛然と駆け出す。
ここから先は仲間として同行する訳で、もう彼女の護衛を最優先に考える必要は無い。
少なくとも今のオレにとって 「仲間」 というのは、協力や共同戦線を前提とした 「同行者」 に過ぎない。
視界は良好、だが今は感覚だけが頼り。
藪を掻き分け、茂みを飛び越え、アリィの事など気にも留めず、ひたすら森を突っ切るのだった。