第06話 任務完了
正体は魔物、しかし中身は武人、そんなネコ科の怪物くん。
ヤツとの真剣勝負を邪魔された事は、本来なら絶対に許せない行為であるものの。
現にこうして命を救われた事実がある以上、彼女を責めるなんて行為に考えは及ばない。
「助かった、ヤツがここの守護者らしいな」
「うん、初めて見たけど……レグザと来なきゃ一生無理だったよ、お疲れ様!」
「おう」
素直に喜べないのは当然。
結果的に生き残ったのはオレでも、勝負では完全に負けていたのだから。
「じゃ行こ~奥までもうすぐだよ」
言って松明を拾い上げたアリィは、それに再び魔法の火種をフッと。
そんな彼女に腕を引かれ、どこか無気力なまま奥へと続く暗路に1歩を踏み出す。
しかし何というか、恥ずかしかった。
戦闘中に敵から目を背け、少女に助勢を施され、己の弱さを痛感させられ、世の広さを思い知らされ。
この世界には、まだオレが見た事も想像した事もない、凶悪且つ屈強な魔物が存在するらしい。
この任務を終えたら急いで旅を再開しようと思う。
より強い魔物を求めて各地を回り、ひたすら腕を磨き、目的を果たす。
そして、いつか両親の墓前に報告する時、大剣豪とでも呼ばれる男になっていれば申し分ない。
最深部への道中、腕にガシリとしがみ付き、必要以上に寄り添ってくるアリィ。
あれだけ減らず口を叩いていた小娘とは思えない行動に、正直驚かされるばかり。
いや、何よりも言いたい。
ツン要素が急激に薄れてしまい、少し残念な気がするような、しないような。
そうして――
洞窟から戻ると、村の入口で出迎えてくれたのは村長に加え、見知らぬ中年男女2人。
アリィの姿を見て駆け寄って来る様子から、おそらく両親で間違いない。
「アリィ!! 無事だったかぁぁぁ!!」
「おかえりなさい、アリィ」
落ち着いた物腰で迎える母親。
それに対し、いきなり必死の形相で、しかも何やら涙目の父親。
「もーー来なくていいのに~行く時だって見送ろうとするし…」
「いや、とにかく無事で良かった!!」
この父親、娘が可愛くて仕方無いらしい。
嫌がるアリィに迫り、その小さな体を今にも抱き上げそうな勢い。
そんな中、後方からゆっくりと歩いて来た村長がオレの顔をジッと。 同時に、母親の方からも視線を感じる。
「こりゃ驚いたわい、本当にちゃんと戻って来よるとはのぉ」
「剣士様、アリィがお世話になりました。 これで私の肩の荷もおります」
「ん……何でちゃんと戻ったって分かるんだ?」
「ふぉふぉふぉ、そんなもんアリィを見れば一目瞭然じゃ」
「…?」
よく分からないが、説明の必要が無いなら話は早い。
そう、オレの任務は無事に 「成功」 という形で完了した。
あの武人ネコを倒した後――
※ ※ ※
最深部へと向かったオレ達は、再びガランとした広い空洞に辿り着いた。
そこからは道が何本かに分かれていたが、1ヶ所を除く全ての横穴は行き止まり。
各所に動物の骨が散乱していた事から、それら無意味な脇道がヤツの住居スペースだと理解。
結局、目的の場所は正面に伸びた道の先。
行き止まりには変わりなかったが、そこには小部屋的な空間が形成されており、中央には意味深な石碑も建てられていた。
てっきり 「契約の書」 という書物が手に入ると思っていたオレは、宝箱の類を探してみたが何処にも発見出来ず。
そんなオレを余所に、石碑に刻まれた文字を読んでいたアリィが何かを呟き出した。
意味不明な言葉でオレには全く理解出来なかったが、読み終えたアリィが何かを悟った様に。
「…よし、これで私も正式に魔道士!」
言ってオレの方を向き直ったアリィは、更に一言付け加える。
「偉大な魔道士様が残した言葉、ここに古代語で刻んであるの」
「契約の書って…それか?」
「うん」
最後まで意味不明だったが、目的を果たせたという事だけは理解出来た。
面倒なので余計な質問はせず 「用が済んだならサッサと帰るぞ」 と吐き捨てたオレに 「はーい」 と答えたアリィは恐ろしく従順だった。
流石、偉大な魔道士の言葉だ。 反抗期の小娘をここまで変えてしまうとは…って違うか。
その後、洞窟を出るまでには一切の魔物が出現しなかった。
主を倒した故に雑魚が逃げて行ったのか、元々あれだけしか存在しなかったのか、今となっては分からない。
村へ戻る途中の森では例の大グモに遭遇したが、結果は言うまでもない。
だが少し意外だったのは、足をガクガク震わせつつもアリィが逃げずに構えていた事。 まぁオレ1人で倒したが。
そんな感じで、現在に至る。
※ ※ ※
「いや~まだお若いのにお強いんですね~! 娘を守って頂き、本当に有り難うございます!」
言って深々と頭を下げる父親。
好意的なのは一向に構わないが、この父親の方がどうも軽い。
記憶に残るオレの親父とは大違いで、威厳というものが全く感じられない。
「あーーもうっ! お父さんもお母さんも家に戻って! 帰ったらちゃんと報告するから!」
「そう、分かったわ」
「アリィ~! そんな冷たい言い方しなくてもぉ…」
――げ…この親父マジでキモい、斬りたい、でも我慢。
強引に帰した両親を見送ったアリィが、透かさずオレの腕をガシリと掴む。
「村長んち行こ、一緒に!」
「うむ、約束通りご馳走するぞい。 お、量を増やすよう婆さんに伝えんとの」
「まぁそれは有り難いんだが……アリィも来るのか」
異様なまでに馴れ馴れしくなったアリィが、またオレの調子を狂わせる。
この村に居ると心を乱されてばかりだが、ある意味イイ修行になるかもしれないと、まぁ思ってみたり。
村長宅に招かれたオレは、婆さんの絶品手料理に大満足。
田舎料理というのか、故郷の…おふくろの味を思い出させる非常に優しい味付けだ。
食事中、老夫婦相手にオレの活躍を自慢げに話すアリィ。
料理に夢中で余り聞いていなかったが、今日の結果が相当嬉しかったらしく、かなりの興奮状態。
「疲れたじゃろうて、今夜は泊まっていきなされ。 町の場所は明朝教えるからの」
晩餐会も終わりに近づいた頃、村長がそんな事を言ってくれて。
酒場も存在しない貧相な村に長居など御免だったが、疲労が蓄積された己の肉体と相談した結果、お言葉に甘える事にした。
まぁ簡単に言えば、久々にベッドで寝たい、只それだけの事。
オレが宿泊を決めた直後。
自分も泊まりたいと主張したアリィだが、その願いはあっさりと却下された。
村長が即断したのも当然の話。
家では彼女の両親が待っている訳で、まず素姓も知らない男と一つ屋根の下、しかも部屋数から考えて同室も免れないのだ。
その後、アリィは早々と家に帰された。
オレとの別れを惜しんでいたが、無事に契約とやらを済ませたのだから文句は無いだろうに。
短い間だったが、アリィともこれでお別れとなる。 この村とも。
「湯が沸いとるよ、汚れた服は籠に入れとくれ」
そう言って風呂場へと案内してくれた、婆さんの心遣いに感謝。
食事に付属するもの、それはやはり風呂。
言ってみれば剣と盾のような間柄で、この2つは切っても切れない縁だ。
――ま、両手剣使いのオレが言える事じゃないんだが。
そうして、正に至れり尽くせりな展開で幕を閉じた1日。
以前、村長夫妻の息子が使っていたという空き部屋に案内されたオレは、早々とベッドに潜った。
夢かどうか分からないが、気持ちの良い眠りの中で、外が少し騒がしかったのを覚えている。