第63話 出発に向けて
束の間のドタバタ劇が幕を閉じ、取り残された総勢11人の面々。
目を白黒させ、開いた口が塞がらないといった様子の王。
同じく口を半開きのまま完全にフリーズしつつも、どこか安堵の表情を浮かべる計5名の側近。
彼等に関しては、恩人とはいえ無礼極まりない暴言を吐くアリィが去った事で、ホッと胸を撫で下ろしているに違いない。
そして私達。 他4人はどうか知らないが、私としては痛快な気分。
言うだけ言ってサッサと消えた(連れ去られた)アリィではあるが、王にあそこまで物申した彼女を私は褒め称えたい。
「ふむ…余程の急用であろうか」
「諸事情だ、気にするな」
沈黙の中、最初に口を開いたのは王。 答えたのは私。
レグザが去った故、王の相手は私が引き受ける事にした。 単純に、会見を早く済ませたいという理由で。
「ん…左様か」
「さっきの件に関してはアリィが言った通りだ。 他に用件は?」
アリィを連れ去ったレグザの判断は正しい。
王の口からナトゥーラ情報が漏れかけた時、おそらく強引に話題をすり替えただけでは危うかった。
意外に鋭いアリィの事だ。 不自然さに逸早く気付き、元の話題を深く追及していた恐れもある。
仮にその流れでアリィが村の事を知ってしまえば、必然的に母親の死についても知る事となる。
「では…其方らを全面的にバックアップさせて貰いたい」
「バックアップ?」
「後ろ楯と言うべきか。 さすれば其方らの旅も、今よりかは快適なものとなろう」
「で、具体的には?」
一応は聞いたが、王の返答になど大して興味が無い。
実際、この場を借りて皆の口からアリィに告げても良かった。
話し合って決めた事であるし、先延ばしにしても意味が無いし、私達が合流した事で全員が揃っていたのだし。
だが、レグザにしてみれば相談結果をまだ知らない訳で、部外者も居る、こんな堅苦しい場で伝えるのは不本意であったかもしれない。
「旅は何かと物入りであろう? 謝礼も含む資金援助は勿論、移動手段となる馬車の手配、各種国家施設の使用許可、立入禁止区域への通行許可…」
「ん、それは助かる。 では無法地帯へ連れて行け」
これは聞き逃せない、と透かさず申し出る。
迂闊にも、この首都カルバナに立ち寄った本来の目的を忘れるところだった。
「あの地域へ? 目的は?」
「ラスターシャという町に行きたい」
「ふむ…しかし西へはキングロードも伸びておらんし、魔物の住処も多数確認しておる。 馬車は手配するが…危険な道のり故、一般の御者は行きたがらん」
「馬はこっちで操る」
「そうか…ならば急ぎ馬車を手配させて貰おう」
しかし考えてみると、実にチックの思惑通り事が運んでいる。
まさかとは思うが、仮に全て計算ずくであったとしたら、チックの悪知恵も馬鹿には出来ない。
「それと、道案内も付けよう」
「要らん」
「まぁそう申すな。 入り組んだ山岳地帯を越えねばならん、案内無しでは確実に迷うぞ?」
「…分かった」
そんな遣り取りで、この会見も終わりを迎えたかに見えた。
しかし、席を立とうとした私達に向け、王は最後に 「力を貸す代わりに1つ頼みがある」 と付け加えてきた。
聞くと、それは実に図々しい “要求” だったが、私1人では決められない故、皆に相談し回答を求めた結果、受諾する事となった。
そうして――
王の頼みを聞き入れ、5人揃って部屋を出た所で、私は皆に向けてこう告げた。
「私は絶対に行くからな」 と。
「野暮用って、話?」
「そう話。 オレとアリィ、2人だけの」
「ふ、ふたり、だけの…えへへ」
城の正門、その裏側。
外側に立つ門兵には聞かれない程度の位置。 そこでオレは、結局アリィを誤魔化す事に決めた。
「えと、一昨日の夜だっけか、ほら話してたろ」
「…それって、どんと来いって言ってくれた…アレ?」
「そうそれ! あの話の続き、今の内にさ!」
やはり言えない。 言える訳が無い。
気丈な一面もあるが、無邪気で純粋な一面もあって、そんな彼女に母親の訃報を告げる事などオレには出来ない。
聞く暇も無かったが、話し合ったセフィ達は一体どんな結論に至ったのだろう。
「それは気になってたけど…何もこんなタイミングで」
「いや急に思い出してさ! ほら、2人きりに慣れる機会あんま無いし…昨日オレ酔ってたし!」
「うん…でも国王様、怒ってないかな?」
「大丈夫! マコにセフィ、ホヴィンだって居るんだ。 上手くやっといてくれてるさ」
自信たっぷりに言ってはみたが、正直なところ全く保証は無い。
「そだね。 それで…レグザは迷惑じゃないって言ってくれたよね?」
「あ、あぁ言った」
「じゃあ他に好きな人は居ない、ってこと?」
「うー…まぁ、そーゆー事ー…だな?」
「私に聞かれても」
こちらから切り出しておきながら、受けの一手とは我ながら情けない。
しかしこの展開、先程とは別の意味で最悪の事態を招く恐れがある。 そう別の意味で。
「それって、特に気になる人は誰も…ってこと? それとも、少しは私のこと…」
「あーーいや、だからつまり、おオレもアリィの事は……すっ」
「す?」
「す…す」
「す!?」
「す、すっげぇ尊敬してる! 頼れる仲間として!」
「…ありがとう」
――あぁもう。
もどかしい。 どうしようも無くもどかしい。 そんな自分に腹が立つ。
一方には “この場から逃げ出せ” と囁く自分が居て、一方には “腹を括れ” と叫ぶ自分が居る。
だが、答えはもう分かっている。
オレは単に、自分を曝け出すのが苦手なだけ。 人と関わる事に慣れていないだけ。
だから連れ出した理由を “大事な話” と定めた以上、ここは覚悟を決めて、はっきりと本音を告げるのが漢であると。
「女としては?」
「うん、あのなアリィ」
「え?」
「アリィは本当に可愛いと思う」
「かっ…!」
「太陽みたいに明るくて、凄く魅力的な…女の子だ」
「女…の子」
「あぁ。 将来、素敵な女性になること受け合い」
自分でも信じられない。 この口から出た、この言葉に。
しかし何かを吹っ切った事で、普段なら絶対に言えない様な恥ずかしい単語が次々と飛び出すのだ。
しかも真顔で、頬を赤らめる事も無く、先程までの動揺が嘘のように。
逆に、染まっているのはアリィの頬だった。
「嬉しいけど…子供、ってこと?」
「そうは言ってない。 年下に興味が無いって言ってる訳でもない」
「じゃあ…」
「恋愛に年の差とか関係無いと思うし、別に犯罪って程の差でもないし…って言うか、オレは歳なんかどうでも良い」
「え、つまり…どうゆうこと?」
丸々とした瞳で見つめられ、ドキッとしつつハッと気付く。
オレが伝えたいのは前置きではなく本音だと、彼女の視線に諭されてしまった。
「アリィの事は好きだ。 でもそれは恋とか愛じゃなくて…」
「じゃ…なくて?」
「上手く言えないけど…初めて出来た仲間として。 強くて、可愛くて、元気一杯の癒し的な存在として」
回りくどいのは不器用な証拠。 それは自覚している。
故に一言では決して言い表せないが、これが本音であって、思うままを話すしかない。
「友達止まり、ってことなのかな…」
「いや、それも違う。 なんて言うか…可能性は無限大で…だからこそ、ゆっくり築きたい」
「…築く?」
「アリィとの関係を。 もっとアリィを知りたいんだ。 こう…時間をかけて」
言いつつ真剣な眼差しで訴えかけると、不意に目を逸らされてしまう。
これまでは常に合いの手を入れてきたアリィが、今回は無言のまま、遂には俯いてしまった。
「つまり、その…結論を急ぎたくないんだ」
「うん。 よく分かった、レグザの気持ち」
1つ頷いた後、真っ直ぐな視線と言葉で返すアリィ。
俯く直前は少々濁らせていた表情も、上げた瞬間には清々しいものへと変化していて。
「私…色々焦り過ぎてた。 まだレグザとは知り合って間も無いのに」
「ま、みんなと比べりゃ付き合いは1番長いけど」
「うんそーそー! その点では有利っ!」
「ん、有利って…誰と競っ」
「ああああわわわわわわわ!! なな何でもない! えへへへへ」
必死に笑って誤魔化そうとするアリィだが、全く無駄な上、ひたすら可愛いのみ。
そして気付けば、仮初の話題も収束を迎え、これで何とか窮地を乗り切ったと、客観的に見ればそう捉えるかもしれない。
しかしオレ自身、別の捉え方をしていた。
この一件でアリィとの距離が更に縮まった様にも思えて、いつしかこの空気を心地良く感じている自分も居て。
最初は嘘で始まった訳だが、最後には本音を曝け出せた事で、不思議と満足感に満ち溢れていた。
「もう良いようだな」
突如、そんな声が風に乗って届く。
だが直後、それが想像以上に近くから聞こえたものだと気付いた。
声のした方へ向き直り、視界に数名の人影を捉え、驚くよりも寧ろ肩を落とす。
「嘘だろ…」
僅か数メートル先に立っていたのはセフィ。 それが声の主。
そして彼女を中心に居並ぶ面々から飛ばされ、突き刺さる4つの視線。
「いつから居た!? どっから聞いてた!?」
そんな疑問が口を衝いて出る。 当然、気になるのはその一点。
「んー…元気一杯の癒し的な、とか何とか…そこら辺から?」
「チックさン。 ソコ普通、聞イテなイ、言うベキ」
思わず絶句し、体は硬直し、顔面が熱くなった。
逆流を始めた血は召集に応じ、両頬を見事に染め上げ…ている筈。
どうやら直球発言はギリギリ聞かれていないらしいが、その後の内容から話題は完全にバレバレだろう。
「若さってのぁ良いもんだ」
ホヴィンから出た中年発言にも反応出来ず、未だ凝視するセフィからも顔を背ける。
すると直後、端に立つコーディが1歩前に進み出た。 何か言いたそうな顔で。
「俺を旅に連れて行け」
「へ?」
一瞬、思考が停止し、少し遅れて内容を掴み取る。
それはある意味、救いの手。 何故なら、直前の遣り取りを見事に掻き消してくれたからだ。
「間抜けな声を出すな。 早く答えろ」
「いや唐突だったし…で、どうして仲間に?」
「仲間にしろとは言ってない。 出来た目的がお前達と一致した。 そしてお前達の力も必要。 …理由はそんなところだ」
――なんだかなぁ。
なんて思いつつ、次の質問を投げ掛ける。
「目的って?」
「魔王を倒す。 奴の存在は驚異…野放しには出来んし、お前達だけに任せてはおけん」
「はぁ…成程」
どう考えても彼とは馬が合わない。 それは初対面の頃から思っていた。
その上、性格的にも、剣士という立ち位置的にもセフィと被るのだが、やはり彼の腕と双剣術は捨て難い。
「決定権はお前にあるそうだ。 良いのか悪いのか、どっちだ答えろ」
「良いよ。 じゃ、以後よろしく」
「…う、うむ」
あっさりと応じ、爽やか握手に笑顔も添えて。
彼にはセフィ達を救って貰った恩があるし、何より強い味方は多いに越した事は無い。
「レグザ」
「ん?」
「国王が馬車を手配してくれた。 それで…」
コーディを迎えた所で、気になる王との遣り取りを、セフィが簡単に説明してくれた。
幾多の暴言に加え、無断退室なんて暴挙を働いた連中にも、王は変わらず感謝の意を示してくれたらしい。
しかし幾ら国家の恩人でも無礼者には変わりなく、それを気にも留めない王は、流石一国の主と言ったところか。
「それと…王に1つ頼み事をされ、已む無く引き受けた」
「頼み?」
「ラスターシャに行く間、私達の中から何人か城に留まってくれと」
「は!? 何それ?」
「魔王がまた息子を狙って来るんじゃないかと、恐れているようだ」
前言撤回。 王は意外と図々しい。
感謝の気持ちは勿論あるのだろうが、大事な息子を守る為、王は最大限オレ達を利用する気だ。
「勘違いが仇となった訳か…向こうで用が済んだら首都にUターンってのもダルいが、まぁ仕方ないか」
「お前とアリィは行くとして、城に残る3人はもう決まった」
「え、もう? しかも3人って…誰?」
「私は行く」
「俺もな」
セフィに続き、透かさず名乗り出たのはコーディ。
その素早い主張と顔触れから見て、何となくだが読めた。 おそらく “居残り組” を決めたのではなく、この2人が “進行組” を強く希望したのだろう。
コーディに関しては、後々オレが仲間に迎え入れた場合、初っ端からの残留を懸念しての志願に違いない。
「ふーむ。 じゃあ当分は4人旅って事か」
「あ、いや…言い忘れていたが、彼女が道案内を務めてくれる」
「ん?」
言ってセフィが振り返った先、皆の後方から静かに歩み出て来た1人の女騎士。
どうやら最初から居たらしいが、上手い具合にホヴィンの巨体に阻まれ、今まで全く気付かなかった。
「うぁ…」
突然の登場に驚きつつ、その派手さにも目を奪われた。
頭部を除く全身に薄手の銀鎧を着込み、緩いウェーブの掛かった金茶色の髪は腰まで垂らし、極め付けは何と言っても緋色のマント。
「ミランダと申します。 王の命により、皆様をラスターシャまでご案内致します」
「ど、どうも」
言葉に添えられた深いお辞儀に、同様の所作を慌てて返す。
顔を上げた彼女の瞳は驚く程に綺麗な青竹色で、整った顔立ちも味方してか、軍人とは思えない魅力を醸し出していた。
「馬車の手配に少々お時間を頂きます故、その間に旅のご準備をお済ませ下さい」
挨拶と用件を、迅速且つ丁寧に済ませた彼女。
最後に待ち合わせ場所を告げると、全員に向け軽く一礼をし、静かにその場を立ち去った。
気品に満ちた振る舞い。 一般兵とは明らかに異なる装い。 それらは、彼女が忠義に厚く礼節を重んじる、高位の騎士である事を示唆していた。
それから――
彼女が去った直後、チックから興味深い情報を耳打ちされた。
なんと彼女は、女だてらに騎士団長を務めた経歴を持つ、凄腕の突剣使いなんだとか。
どうやら、この国には “強い女” という生き物が割と多く生息しているらしい。
男を束ねていた女なら、身近にも1人居る。 ふとセフィの方へ目を遣って、そんな事を考えて密かに笑う自分が居た。