表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/70

第60話 覚醒

「おっ!」


ワンダを伴い、再び王宮内部へと足を踏み入れた矢先。

遥か前方、廊下の奥からこちらに向かって駆けて来る人影を視認。

それがコーディである事はすぐに分かったが、しかし何やら険しい形相で、走る動作からも必死な様子が見て取れる。


「無事だったか! ヤツは!?」

「…!! 怒らせた! 手に負えん! 逃げろ!」


そう主張するコーディに見たところ外傷は無く、手に持つ左右どちらの剣からも炎は消えていた。


「逃げろと言われても…」


言いつつ振り返り、早くも決断に迫られる。

扉を出た先は夜の闇。 仮に態勢を立て直すにしても、外での戦闘は色々と不都合な点が多い。

何より城外には相当数の人が居る。 ここで食い止めなければ、皆を避難させた意味が無くなってしまう。


しかしどうやら選択の余地は無く、迷っている間にもコーディは目前にまで達していた。


「おわっ」


瞬間、ガシリと腕を掴まれ、しかし彼は決して立ち止まらず、速度さえも落とさず、そのままオレは扉の外まで強引に連れ出された。


「とっとっと…ちょ、おい! 外はマズいって!」

「止まるな! 逃げん方が不味い! いいから走れ!」


留まろうと足掻くも、グイグイ引っ張られて、また走らされて。

およそ彼らしからぬ慌て様から事態が一刻を争うものと理解し、反射的に視線を後方へ。

その先に、扉から漏れる仄かな灯りと、今まさに城内から飛び出した黒く大きな影。


「!!」


扉から約20メートルは進んだ地点。

脅威を察し、掴まれていた腕を振り払うと、素早く向き直って迎撃態勢を取る。


ガッギギギギギギギギギギギギギギギギギィィィィィィッ!!!!


咄嗟に構えた大剣で、未知の衝撃を受け止める。

耳障りな摩擦音。 それは刃と刃のぶつかり合い。 突進によって全体重も込められた斬撃は、オレのすぐ隣に居る人物を狙って放たれたものらしい。


だがそれは、余りに重過ぎた。


「ぐ…お゛っ!!」


一瞬で競り負け、この身ごと後ろへ吹き飛ばされてしまう。

何とか剣は手放さなかったが、数メートル先で尻餅を付いたオレは、背と両肘を地につけたまま視線を

前方に。


そこには、対峙する1人の剣士と、1体の黒い影。

相手は殆ど闇と同化しているが、その正体は他ならぬ―――


「ゴォォ、フジュルルルルルル…ぬぅ、う…うううぅぅぅゆ、るさん…ころ、殺殺殺殺殺ぉ…ス」


――!?

どう考えても魔王ヤツの筈が、それは全く異質の者。


まず外見の相違。

口の両端からは、顎に届かんばかりの白い牙が2本。 そのせいか、喋り終えても口が閉じ切っていない。

そして、唾液を絡める様に吐き出す荒々しくも不気味な呼吸と、何故か失われている流暢な喋り。

更に、どう見ても先刻より体が一周り大きくなっている上、当初は手ぶらだった筈が、今ヤツが右手に携えているのは幅広で禍々しい形状の大刀。


そして何より、雰囲気の相違。

魔王とは言っても、性格的には “紳士的で温厚な変人” の域を出なかったヤツが、今は只の荒々しい野獣にしか見えない。


「フジュルルルルルル…ヴェる、ナ…グァゴゴコここ殺殺殺…ルルルるるゆるゆる許許許許、さん…」


果たして理性が有るのか、無いのか。

その異常性は言わずもがな、更にオレを見た事でヤツは明らかに困惑している。


依然として凄まじい殺気を放ってはいるが、ヤツは肩で大きく呼吸を繰り返すのみで、その場から1歩も動かない。

そんな中コーディは、好機を目の前にして攻撃に転ずる訳でも無く、素早く身を引き、立ち上がろうとするオレに手を貸す。

その行動から察するに、あれが彼の言う 「怒らせた」 末の 「手に負えない」 姿とでも言うのか。


何にせよ、“この身を差し出す” という手段は、もう望み薄のように思えた。


「あれ…相当ヤバいな」

「だから逃げろと言ったろう」

「…オレも手を貸すとして、勝ち目は?」

「無い」


あろう事か即答されてしまい、少々ムッと睨み付ける。


「何で言い切れるんだよ」

「もはや炎の剣ですら通じん。 如何にお前の腕が凄かろうと、剣では奴に勝てん。 となれば逃げるしか道は…」

「それはダメだ! 門の外には大勢、人が居る! それに町も…!」

「ふむ…」


どうやら “倒す” という手段も、この戦力では困難を極めるらしい。

つまり、残された選択肢は只1つ。


「最低でも追っ払うぞ!」

「まぁ、この町を救う義理は無いが…仕方あるまい」

「義理ってか義務だろ! ほら、何か戦略とか…! 弱点とか…!」

「あるのか知らんが、急所さえ分かれば…」


必死にまくし立ててはみるが、どうにも会話の温度差が激しい。

噛み合っていない訳ではないのだが、この冷静クールさには覚えがある。 つまりセフィを男にすると、こんな感じだろうか。


「理由は知らんが…奴が動きを止めているのは、お前の影響か」

「…らしいな」

「よし、囮になれ。 その隙に俺が隈なく斬り込み、急所を探る」

「は?」


言うと、オレの返事も待たず、懐から何やら小さな瓶を取り出したコーディ。

その瓶の蓋を開け、中の液体を2本の剣身に振りかけると、次に剣を交差させ、そのまま勢い良く擦り合わせた。


瞬間、火花は炎へ。

激しく燃え上がった2本の剣は、松明の如く周囲を照らす。


「何、それ…」

「竜の涙」

「は? 竜の!?」

「…知らんのか。 液状の発火剤。 剣身に振りかけ、摩擦を加えれば炎の剣の完成だ」


特殊な武器でもなければ、魔法でもなく、技でもない。

それはどうやら、無知なオレの予想の範疇を超えた、便利アイテムとやらの効果らしい。


「よっしゃ、引き付けりゃ良いんだな!」


いつの間にか肩に乗っていたワンダを払い除け、自分は自分で剣を構える。

素直に囮役を引き受けた理由は、ゆっくりとだが前進を始めたヤツを視界に捉えた為。


コーディの持つ炎の剣が、先程よりも鮮明に敵の姿を映し出す。

どうやら全身の筋肉も異常発達しており、腕や脚の数箇所が不気味に突出している様子から、骨格までも変貌を遂げた事が分かる。

あらゆる面で強化したらしいが、話術の退化を考慮すると、進化と言うよりは寧ろキレた末の単なる劣化、もしくは野獣化とも言える。

――ってか、怒りの変身? …ダサっ。


異形さも威圧感も初見の比では無く、正に化け物の中の化け物。

少なからず恐怖心もあったが、踏み込む頃には綺麗さっぱり取っ払い、肩の力を抜き冷静に剣を振るう。


まずは正面から、大きな動作で一振り。


「こっちだ!」


透かさず脇へ移動し、更にもう一振り。


「ほーら次!」


言いつつ逆サイドへ回り込み、視界を遮るように一振り、二振りと。


「おらおら、どしたぁ!!」


注意を引く為、敢えて大振りに。

しかし変に刺激を与えぬよう、全ての斬撃は紙一重で外皮を掠める程度。


「反撃してみろYOヨー!」


別にふざけている訳ではなく、至って真剣そのもの。

挑発にも見えなくはないが、目的は飽くまで誘引であり、敵の視線をコーディから逸らせる事。

彼に傷を負わされた怒りから変貌を遂げたヤツではあるが、どうやら本来の目的は忘れていない様子。

つまりヤツは、決してオレに危害を加えない。


たかる蝿の如く、執拗に粘着し続けて。

背後に回った丁度その時―――――初めてヤツが首を動かし、視線の矛先をこちらへ向けた。


ヒュッ!!!


僅かな隙ではあったが、その一瞬をコーディは見逃さなかった。

大胆にも真っ向から懐へ飛び込み、目にも止まらぬ速さで幾度も、幾ヶ所にも炎の刃を浴びせる。


「―――――チッ」


時間にして僅か2~3秒。

猛攻の後、オレの真横に着地したコーディの舌打ち。 それが結果の全てを物語っていた。

頭頂部から足首に至るまで、正に全身を隈なく斬り付けた様に見えたが、当の本人は何の手応えも得られなかったらしい。


瞬間、視界の上方に何かを捉える。

気付くと同時に、彼を突き飛ばそうと咄嗟に動くが―――


ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!


間に合わず、轟音と共に視界からコーディが消える。

ヤツは何事も無かったかの様に向き直り、頭上から振り下ろした両の拳を彼の背に叩き付け、そのまま地面に捻じ伏せてしまったのだ。


「コーディ!!」


舞い上がる土煙。 瞳を突き刺す砂の粒。 強制的に閉ざされる瞼。

しかし程無く、2つの炎が薄っすらと照らし出したのは、うつ伏せで土中にり込むコーディと、今尚それを押さえ付ける1本の剛腕。


「はっ…!」


近付こうとして、思わず躊躇う。

あの威力では土が衝撃を吸収したとは言い難く、仮にそうだとしても、確実に背骨は損傷している。

少なくとも現時点で意識は無く、決して認めたくはないが最悪の場合、即死という可能性も。


「ゴァァ、フジュルルルルルル…ト、どめ…」


追い討ちをかけるように、ヤツは大刀を頭上に掲げ、振り下ろす為の準備動作に。


「やめろおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」


咄嗟に放った手首への一撃。

しかし微かに腕を揺らす程度で、刃先は微塵も食い込まない。

これは無駄だと剣を投げ捨て巨体に飛び付くも、ヤツはその身を激しく震わせ、いとも容易く振り払われてしまう。


「くっ、目的はオレだろ…! サッサと連れてけ!!」

「ゴァァ…アアアアあああ焦、るな…ココこここ殺し、てから」

「待っ…」


瞬間―――

視界の隅で何かが光った。

それは足元に転がる双剣の炎とは全く別の、白く目映い不思議な光。


立て膝のまま見据えた先に、フワフワと宙に浮かぶ謎の発光体。


「ワ、ワンダ…?」


決して確信は無かった。

何故なら、その物体は余りに眩しく、まともに凝視する事が出来ないのだ。

けれど、近くに居る筈のワンダが見当たらない事は確か。


「クゥーーーーーーーーーーー…キュゥ!!」


鳴き声から正体を確信した、次の瞬間。

光の残像だけを残し、ワンダはその場から消え去ってしまった。

だが直後、それが早合点だと気付く。 よく見れば、直線軌道を描いた光がスゥーっと真横に伸びていて。


「グオオオオオオオオオオオオオオおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!」


突如、闇に轟く痛烈な雄叫び。

透かさず声の方へ視線を戻し、そこで信じられない場面を目撃する。


大刀を掲げたヤツの脇腹に、伸びた光の尖端が突き刺さっているのだ。

恐ろしくも神秘的な光景を前に、オレは瞬時に理解した。


その正体もまた、光の矢と化したワンダであると。



次の第61話も、同時に更新します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ