第59話 思惑
ヒーローとは――
絶妙のタイミングで颯爽と現れ、並外れた身体能力と神懸かった技で人々を危機から救う。
その定義にもし間違いが無ければ、彼のような男を “ヒーロー” と呼ぶのかもしれない。
「すぐ後を追う、先に逃げろ」
振り返り、こちらに向けて一言。
そしてまた軽やかに宙を舞い、再び敵に斬り掛かる。
意外な場所で、意外に早く叶ったコーディとの再会。
彼が何故ここに居るのかは後々本人に聞くとして、未だ信じられないのが “炎を纏った双剣” の存在。
元々そういった類の武器なのか、或いは特殊な付加性能か、それとも魔法か、もしくは剣技の一種とでもいうのか。
いずれにせよ、彼の強みは武器だけに留まらない。
残像をも生じさせる身のこなし。 助走無しで敵を飛び越す跳躍力。 二刀を巧みに操る華麗な剣術。
それらを駆使し、あの魔王を翻弄している彼の潜在能力は計り知れない。
「恩に着る!」
言って、両腕に抱えたセフィをマコに託す。
続けてアリィに 「チックを頼む」 と指示を出しつつ、交戦の隙を見てホヴィンの元へ。
その巨体を渾身の力で背負い上げると、合図代わりに首を一つ縦に振り、出口へ向け一斉にスタートを切る。
「ええぃ逃がさっ…んぬぅ!」
「余所見している余裕があるのか?」
高熱・火炎を遮る分厚い表皮も、鋭い炎の刃は通すらしい。
一瞬たりとも手を緩めないコーディの猛攻は、足止めのみに留まらず、敵を防戦一方にまで追い詰めていた。
だが実際、不本意ではあった。
幾らコーディが強くとも、相手はそこらに居る魔物とは違って、それを束ねる魔王なのだ。
そんな強敵を、仲間ですらない一介の剣士に任せて逃げるなど倫理に反する。
――ま、本物のヒーローなら話は別だけど。
言ってみれば、苦渋の決断というやつ。
まず現状での最優先事項は、動けない仲間を安全な場所まで運ぶ事、なのだ。
この場はコーディの実力を信じ、彼の言葉に甘えておく他ない。
雑念を捨て、とにかく今は逃げる事だけを考える。
片側が外れた扉…さっき自分で蹴破ったのだが…を通過し、いよいよ玉座の間を出ると、続く長い長い廊下をひた走る。
来る際には看守に連れられ通った、四方に通路が分かれた広間も迷わず直進し、そのまま駆け抜ける。
すると、やがて辿り着いた巨大な扉の前。
「辛そうだね、レグザ…」
「…ハァ…ハァ…はっ! 何のこれしき!」
幾ら足腰に自信があっても、正直ホヴィンを背負って走るのは相当キツい。
それでもアリィに強がって見せた理由は只1つ。 数々の醜態を晒した立場から、これ以上は格好悪い所を見せたくないという、オレのちっぽけな自尊心。
「で、この向こうが外か?」
「ハイ。 デモ変。 ワタシ達、来タ時、ココ開いテタ」
マコの言葉で、視線を眼前の扉へ。
その高さといったら、オレの背丈の倍以上はあり、幅に関しても似たようなもの。 しかも見るからに頑丈で、何故か固く閉ざされている。
「また閉めたのかな? そういえば…お城の人、誰にも会わなかったけど」
「モウ皆さン、門ノ外、避難しテル」
「え…まさか閉じ込められた!? 俺らって生贄とか!? 魔王を鎮める為の!? ヒャアアア嗚呼アアアアッ!!!」
これまで大人しかったチックが、唐突に騒ぎ出して。
その喧しい叫びは、すぐ横で肩を貸すアリィの表情を強張らせた。
「随分と元気そうですねチックさん。 そろそろ1人で歩いて下さる?」
棒読み且つ冷やかなアリィの言葉が、チックの口を見事に封じてしまった。
そんな遣り取りはどうでも良いが、既に全員が避難し終えているというのは、おそらく例の看守2人が迅速な対応を取ってくれた結果だろう。
ともあれ、この瞬間もコーディが懸命に魔王の動きを止めている。
だが果たして、ヤツを相手にたった1人で、逃げ切る程の隙など作れるだろうか。
ふと過った不安から、透かさず皆に合図を出すと、チックを含む(アリィに喝を入れられた)4人掛かりで、重い鉄扉を押して、押して、押しまくる。
――ちゃっかり閉めとく所が、しっかりしてるよアンタら…。
そうして何とか道を切り開き、遂に王宮からの脱出を果たした。
辺りはすっかり闇に包まれていたが、外の新鮮な空気は、乱れた呼吸によって深く肺に染み渡る。
ふと見上げた夜空に、煌めく無数の星達。
それは昨夜も目にした風景の筈が、まるで何日か振りのような感覚に陥り、妙に懐かしく感じた。
「おお…無事でしたか!」
「あの化け物はどうなった!?」
暗い王宮の敷地内を抜け、視界に捉えた城門。
4つある内の南門と思われるが、その手前でオレ達を出迎えてくれたのは、あの看守さん達だった。
「食い止めてる。 知り合いのヒーロ…剣豪が」
答えつつ、ふと前方に視線を移すと、門の外側に群がる人だかり。
それは国王他大勢の王宮関係者らしいが、中には野次馬も少なからず含まれていそうだ。
「悪いが、お2人に頼みが…」
「何でも言って下さい! 協力は惜しみません!」
「あぁ! 国王の許可は得てある! それと、直に討伐隊も到着する!」
――討伐隊…そういや居たっけ、そんな連中。
「それはそれとして…まず、皇子さんは見つかった?」
「あ…いえ、それがまだ…」
とんでもない騒動に発展してしまったが、忍び込んだ本来の目的は忘れていない。
「OK。 じゃ、まずあんた」
「パドです!」
「パドさん、この3人を医者の所へ」
「はい、直ちに!」
言うと、すぐさま振り返り、背後に居た数人の兵士にも協力を求めるパドさん。
オレの中では “看守A” と位置付けていた人だが、言葉遣いが丁寧な上、余りに良い返事で、逆にこっちが改まってしまう。
「それから…」
「ザッシュだ!」
「ザッシュさん。 この娘ら連れて皇子さん探しに行って。 城内のどっかに居る筈」
「わ、分かった! 任せろ!」
この娘らというのは、無論アリィとマコ。
確信は持てないが、魔王の出現と皇子の行方不明には何の関係性も無い、と判断した為。
「但し、玉座の間には近寄らない事。 あと絶対に、他の人を門より中に入れない事。 あ、討伐隊も」
「…何故だ? 援軍は要らないのか!?」
「無駄。 怪我人が増えるだけ」
冷たく返すと、彼は少し顔を顰めた後、アリィとマコを促して。
まず東棟からだ! なんて指示を出し、やる気満々のザッシュさん。 看守如きが城の内部に詳しいのかは不明だが、部外者が闇雲に探すよりはマシな筈。
「ちょっと待って! レグザは!?」
「コーディんとこ戻る」
「え、そんな…!」
「心配無い、彼が無事なら一緒に逃げる。 だから捜索の方は任せた」
「…う、うん分かった。 …ワンダ! 出ておいで!」
――あ、そういえば。
思った矢先、アリィの呼び声に反応して。
マコが背負うリュックの中から、ポンと勢い良くワンダが飛び出した。
「レグザを守って。 お願いね」
「キュウ!」
分かっているのか、いないのか、元気な鳴き声と共に、オレの周囲をパタパタと。
アリィの心遣いは嬉しいが、とても役に立つとは思えず、かと言って同行を拒否する理由も無く。
「頼むぞワンダ。 そっちもよろしく!」
「無理しないでね!」
「気ヲ付けテ! 幸運ヲ!」
浮遊するワンダの姿に驚きを隠せないザッシュさんではあったが、どうやら切り替えの早い人らしく。
そんな彼に続き、暗がりの中へと消えて行く2人の背中を見送る。
「さて…」
気分も新たに、来た道を向き直る。
残された問題はコーディを無事に逃がす事と、魔王を如何に片付けるか。
仮に、あのままコーディが勝利を収めていればそれに越した事は無いが、魔王がそう簡単に敗れるとは到底思えない。
彼は 「後を追う」 と言っていたが、それが叶わぬ状況であれば最悪の場合、オレがこの身を差し出せば事は治まる。
戦況次第では参戦し、アリィの使命も何もかもスルーし、この城において諸悪の根源を断つ、なんて事も夢ではない。
1人になった事で、随分と気が楽になっていた。
溜まった疲労を一息に込めて吐き出し、吸い込むと同時に身を引き締める。
「行くぞ」
「キュウ」
再び、憎き魔王の元へ。
倒せれば満点。 退ければ平均点。 勝てずとも、味方さえ生かせば高得点。
その場合は潔く身を投じ、一時的にだが悪の手先を装い、魔界とやらで後々ゆっくり片を付ければ良いのだ。
つまり仇討ちと同時に、高確率で世界を救える絶好のチャンス。
意外な同行者ワンダと共に。
先程よりも速く、先程よりも強気に、戦場へ続く道を突き進むのだった。