第58話 魔王の野望、炎の剣
当初、眼前に広がった白一色の景色。
それは時間の経過と共に色褪せ、白か黒かさえも判別不能に。
不安は増すものの、その変化は決して悪くない兆候。
つまり、これが一時的な盲目である事を意味すると同時に、失われた視力が戻りつつある証拠でもあった。
聴覚と嗅覚、考察と推測、勘と予感。
それらは停止した機能を補うように、迫るモノの正体を認識すべく懸命に働いた。
「おい」
「!!」
無意味と知りつつ、自然と身構えていた。 それが “味方” だと認識するまでは。
「セフィか!」
「まだ見えないようだが…立てるか?」
緊張の糸は一気に解れ、背筋を走った悪寒も一瞬にして消え去る。
「あぁ…ってか、動いて平気なのか!?」
「…問題無い。 それと、皆は無事…ヤツは闇を食らって火の中…お前の剣は奪い返した…立て、この場は退くぞ」
予想通り、だが不明瞭だった現状をここで漸く把握する。
すぐさま腰を上げると受け取った剣を背に納め、未だ目の見えないオレを支えようと腕を差し出すセフィに、また1つ疑問を抱く。
「あれ、セフィ…見えてんのか?」
「…見えていないのは、ヤツとお前だけ。 理由は後でアリィに聞け」
「え」
まさかの返答に驚きつつ、事の発端を思い起こす。
結果的に、閃光弾の役目を果たした謎の小袋。 それを投げ付けた際、アリィが発した不可解な言葉。
――なんかの合図…とか?
詮索は後回し、と自分に言い聞かせて。
肩を借りようと身を委ねた、その時。 密着するセフィの体と動作に、どこか違和感を覚えた。
「マコ! セフィも診てやってくれ、早く!」
「あ、ハイ!」
言って、強がるセフィを強引に座らせ、駆け付けたマコに応急処置を任せる。
身を庇う様な仕草と、触れた体に帯びた異常な熱。 それらがセフィの重症さを物語っていたのだ。
その手当てを待つ内、目に現れた顕著な変化と、続々と集まる幾つかの気配に気付く。
「みんな、手当てが済んだら急いで逃げるぞ! 視力が戻ってきた…!」
流れのままに出た言葉だが、そこに覚悟とは真逆の想いが含まれていた。
1度は “この身を捧げる” と決めておきながら、今ではもう “皆と共に逃げたい” という気持ちに変化を遂げた、オレの本音が。
「手当テ、完了」
セフィに続きホヴィンにも処置を施したマコは、その上オレの打ち身まで診察してくれた。
それらに掛かった所要時間から分かった事が2つ。 セフィの傷が最も深かったという事と、マコの処置が医者並みに迅速且つ的確だという事。
「ジョセさン、ワタシ肩貸ス」
「じゃ、俺ぁチックを!」
座り込むセフィをマコが抱き起こし、よろけるチックをホヴィンが担ぎ上げる。
「よし行くぞ!」
「あ、レグザ…!」
「ん!?」
「…まだ1人じゃ危ないから、私に掴まって!」
掴まれと言いつつ、オレの手を引くアリィ。
その表情は、申し訳無さと安堵を1:1でブレンドした様な、何とも言えない複雑なものだった。
そうして、全員で移動を開始。
速やかに玉座前を後にし、炎の熱気と轟音から1歩でも遠く、1秒でも早く、出口に向かって。
と、その時――
唐突に足を止めたのは、先頭を走っていたホヴィン。
サッと振り向き、丸々と見開いた目で追う先は、オレ達ではなく更にその後方。
釣られて振り返ろうとした矢先、ホヴィンは背負ったチックを乱暴に下ろし、後ろのマコを払い抜けて逆走を開始。
直後、謎の風圧を感じた。
ビュバン!!!!!
「ぐっ!!!」
一瞬、何が起こったのか分からなかった。
誰もが唖然とする中、オレは逸早く事態を察し、そして絶望感を抱いた。
マコとセフィの2人を庇い、巨漢のホヴィンが全身で受け止めたものは、更なる巨体の突進撃。
この位置からでは頭突きにも見えるが、音から察するに相当な衝撃と見た。
恐怖の影は、気付かぬ内にすぐ背後まで迫っていたのだ。
アリィが足止めとして放った炎は1度目の時よりも広範囲に渡っており、それは今にも壁や天井に燃え移りそうな程の、正に火の海と化している。
その炎熱地獄から、視力の戻ったヤツは脱出し、追い討ちを掛けた。 やはりと言うべきか、無傷で。
「―――――にぃぃぃげぇぇろぉぉぉぉぉんぬうううううううう!!!!」
必死に踏ん張るホヴィンを前に、逃げるどころか誰も身動きすら出来ず。
すると敵は素早く身を引き、今度は姿勢を低く構えると、ホヴィンの腰に両腕を回し、きつく締め上げた。
「ゴミめが…」
「くぅあ、あっあああああぁおおおおおおおおっくぁぁあああああああ…!」
抵抗する間も無かったホヴィンの悲痛な呻き声。
そうして、正にゴミの様にホヴィンを投げ捨てたヤツは、目にも止まらぬ速さで出口側に回り込み、道を塞ぐように立ちはだかる。
「小賢しい真似を…もう誰1人、生かして帰さん…ヴェルナス以外はな」
冷静な口調ではあるが、その形相と気迫が底知れぬ怒りを物語っていた。
「他の出口を探して逃げろ! もたもたすんな!! ホヴィンは後でオレが連れてく! 急げ!!」
早口で檄を飛ばし、剣を取り、アリィを突き放す。
皆が素直に聞き入れるとは思えないが、この場合、他の案など浮かばない。
「逃がさんと言っている…」
「オレが逃がす!!」
ヤツの血走った眼に、負けじと睨み返す。
「また刃向かう気か…退けヴェルナス!! 人間の分際で魔王を侮辱した罪は重いのだ!!」
馬鹿馬鹿しい、と聞き流す。
そんなものはオレからすれば下らない理論であり、低俗な脅し文句に過ぎない。
「ま、魔王…だと!?」
敵の追撃を阻む方法のみに考えを巡らせていると、背後のセフィが何やら反応を示す。
オレはすっかり忘れていた。 アリィを除く皆が、まだ敵の正体について何も知らなかった事を。
「我はゼテス! 偉大なる魔界の王なり!」
肝心な事を思い出し、遂に名乗らせてしまったと後悔するが、時すでに遅し。
「地上に蔓延る人間共を滅ぼし、この世界を闇で覆い尽くす! そして全ての魔族を移住させるのだ!」
「移住…?」
「そうだヴェルナス! 我々の住む魔界は、膨大な数の魔獣で溢れ返っている…もはや狭過ぎるのだ!」
「…知るか」
「故に私は考えた。 この豊かで広大な土地を薄汚れた人間共から奪い取り、これまでの様に魔族のリゾート地では無く、完全な定住地とする! その偉大な野望を抱く魔王! それが私!」
「……」
――言ってて恥ずかしくないのか…こいつ。
前半は実に魔王らしかった。 しかしその動機というか、後半で少し呆れてしまった。
魔王といえば諸悪の根源・邪悪の象徴であろうと思っていたが、正直そういったイメージは崩れ去った。
「あのなぁ…てめぇが魔物を増やしたせいだろが! 自業自得だバカ野郎!!」
「威勢の良さは母親譲りか…しかし、その言葉遣いは感心出来んな」
「母…?」
「よいか! 野望を成し遂げる為、漸く見つけた我が子ヴェルナス…お前を連れ帰り、立派な魔族として、戦力として育て上げる!」
どんなに馬鹿げた発言をしようと、ヤツの存在が脅威である事に変わりは無く。
そして、あろう事か大々的に全てを明かされてしまったが、仲間の危機的状況にも何ら変わりは無い。
「つまり何か…人間を滅ぼす為には、オレの力も必要だと…?」
「そうだ。 お前は唯一、私の血を受け継ぐ魔族。 他のどの魔獣にも無い強大な力を秘め――――」
またゴチャゴチャと話し始めたが、別にオレは聞いちゃいない。
区切りの付いた話を自ら質問で再開させたのは、つまり時間を稼ぐ為。
決して振り返らず、後ろに回した左手で皆に向け指示を出す。 “今の内に逃げろ” と。
「魔王、覚悟!!」
その時、視界の隅に映った1つの影。
勢い良く飛び出したセフィは、ヤツに向かって剣を突き立てた。
「ぐはっ!」
「セフィ!!」
しかし、それは余りに無謀な突進術。
肉壁に弾かれた剣はビィンと撓って宙を舞い、持ち主は1本の剛腕、その強打に沈む。
「ハッ! 死を急ぐか! ならば今すぐ皆殺…」
「うっさい黙れ!!! おいセフィ…! セフィしっかりしろ!」
「ジョセ!!」
「ジョセさン!」
敵の眼前。 うつ伏せのセフィを抱き起こすと、両脇からアリィとマコが呼び掛ける。
手負いの身で取る行動とは思えないが、相手が憎き魔王だと知ったセフィの心情はよく分かる。
「鬱陶しい蝿共が…お喋りは終いだ、見ておけヴェルナス! 私の力を!!」
「!!」
瞬間、ヤツの目つきが変わった。 そして剥き出しの殺気。
高く掲げた両手に、怪しく光る謎の球体…というか超圧縮された魔力とは別の何か。 狙いはきっと、セフィを取り巻くオレ以外の2人。
「逃げ…!」
間に合わない。
誰もが思った、その時―――
シュパッ、ビシュッ!!!!
赤く走った二筋の剣閃。
振り下ろす寸前、ヤツの両腕は何者かによって斬り付けられたのだ。
しかし余りに信じられない状況で、把握するまでに数秒の時間を要した。
その斬撃は何故か真っ赤な軌跡を残し、それとは対照的に、床に飛び散った真っ青な血。
千切れはしなかったものの、両腕に負った傷はそれなりに深く、流石のヤツも動揺を隠せない。
そして、ヤツの背後に着地した人物。
後ろ姿と服装、そのどちらにもオレは見覚えがあった。
「お前は…コーディ!」
それはイーファの酒場で出会ったあの男。
更に驚くべきは、彼が手に持つ2本の剣が、赤々と燃え上がっていたのだ。