第57話 乱暴な救出劇
沸き立つ心。 迷いの無い踏み込み。
目一杯に背中まで引き戻した大剣を、両腕の力と、そこに重力も加えて。
「―――――っはああああああああああああ!!!!」
振り下ろす、が――
バィィンッ!!
聞いた事の無い衝撃音。 感じた事の無い手応え。
大木をも一刀両断に出来る程の斬撃。
その重い剣圧を一瞬の内に無と化したのは、交差された2本の剛腕。
如何に容易く阻まれようと、決して怯まず、一歩も引かず、腕の力も緩めない。
「父親に剣を向けるかヴェルナス」
「だぁぁぁぁまぁぁぁれえええええええ…!!」
往なされはせず、反撃の素振りも見せず。
しかし避けもせず、素直に受け入れたのは、自らの防御力を思い知らせる為か。
「それがお前の得物か…ふむ、腕力は中々のもの。 しかし技が荒い」
「ぐぅぅぅぬううううううううああああああああっ! …だぁらあっ!!!」
掛け声と共に、自ら剣を弾き戻し、一旦身を引く。
だがそれは偽装。
頭上で泳ぐ剣の、後方へ移動する重心に併せて両腕を1回転。
以前見たハンマー投げ…闘士が勝利した際、その歓喜を表し大斧等を上空へ放り投げる所作…の初期動作を真似て遠心力を利用し、渾身の斬撃を、隙だらけの左脇へ。
しかし、狙いが読まれていたか、或いは異常なまでの反応速度に因るものか。
両手を使って難無く挟み止めたヤツは、そのまま剣身を握り、オレの体ごと大きく振り上げたのだ。
一瞬、無重力を体験し、直後、両肩に掛かる強烈な負担。
その勢いに負け、剣から手を放してしまったオレは数メートル宙を舞ったが、体勢を崩しながらも何とか着地。
立ち上がるよりも先に、前方を見据えたその先に。
柄に持ち替えた大剣を片手で軽々と構え、ニヤリと笑みまで浮かべる気色悪い漆黒獣。
「理解出来たか? 力の差を」
その差は歴然。
ヤツはまだ、最初に居た場所から1歩も動いてすらいない。
一切の魔法を受け付けず、鋼鉄をも凌ぐ強靭な肉体。
それだけでも脅威だが、極めてしなやかな筋肉が生み出す俊敏性と、人並み外れた反射神経。 そこに圧倒的な怪力も加わる。
しかも、鉄扉を窪ませた能力は未だ謎。 つまり秘めたる実力もまた、無限の未知数。
「安心しろ。 そこの3人はまだ生きている、が…」
怒りから出た咄嗟の行動は実を結ばず、剣も奪われ、負傷した仲間を診る時間さえ作れなかった。
「お前がまだ、私を拒むのようであれば…止めを刺しても構わない」
――オレは…馬鹿だ。
もはや責めるしかなかった。
敵の言葉に踊らされ、戦意を失い、傍観者と化していた自分を。
相手の強さは身を以て体感済みであり、並大抵の力で勝てるものではない。
そしてヤツは、当初から脅し文句として “邪魔な存在であれば問答無用で消す” と、確かにそう言っていたのだ。
なのにオレは、何もしなかった。
挑む皆を止めず、加勢すらもせず、傍から見ているだけだった。
「来るのだヴェルナス。 私は人間狩りをしに来た訳ではない、お前を迎えに来たのだ」
己に対し、言い様の無い腹立たしさを感じた後、ある1つの結論に辿り着く。
――オレが従えば…みんなは助かる?
「レグザさン!」
その呼び声で、宙に彷徨っていた視線を戻す。
透かさず立ち上がって姿勢を正し、駆け付けたマコと肩を並べる。
『2人ともお願い…! 私が引き付けるから、その隙にみんなを…!』
不意に聞こえた、背後からの囁き。
声を潜めたのは敵に聞かれぬ為だろう。 勇ましく構えたアリィの手元には、既に撃ち出し準備の整った赤い魔力の塊が。
「やめろアリィ! これ以上ヤツを刺激するな!」
「で、でも…みんなを助けないと…! 私のせいだもん…」
「違う!!」
「…え」
「全部…オレのせいだ!!!」
悲痛な叫び。 それは、ある決意の証。
唖然とするアリィの元へ歩み寄り、炎の根源にソッと手を触れ、満ちた魔力を鎮めさせる。
「もう戦うな。 みんなを頼む」
たった一言、そう告げて。
視線をアリィからマコへと順に移し、最後ヤツの方に。
呆然と立ち尽くす2人の前を素通りし、そのまま最前線へと歩みを進める。
「レグザさン!? 何スル気!?」
「ちょ…待ってレグザ!!」
聞き流し、振り向きもせず、しがみ付くアリィをも振り払う。
マコや他の3人は何も事情を知らないが、後できっとアリィが話してくれる。 全てを。
レグザは人間じゃない、と。
レグザは魔族と血の繋がりがあった、と。
そして、まだ名乗ってはいないが、ヤツこそが魔王であり、オレは魔王の――
皆が全てを知った時、オレは恨まれるかもしれない。
だが、それでも別に構わない。 生きてさえ居てくれるなら、それで。
勿論オレ自身、まだ認めた訳じゃない。
けれど、どちらにせよ、このままヤツの要求を拒み続ければ、セフィも、ホヴィンも、チックも確実に助からない。
例え残った3人で挑もうと勝敗は見えているし、アリィやマコまで危険に晒すのは御免だ。
「待って…! 行っちゃダメ!!」
2度、3度と掴まれる腕を、その度に振り払う。
だが幾ら引き離そうと、アリィはしつこく纏わり付いてくる。
「邪魔すんな!」
「キャッ…!」
切りが無い、と今度は強めに押し倒す。
勢い良く尻餅を付いたアリィに見向きもせず、地に伏す仲間の脇を通過し、憎き相手と間近で対面する。
「素直になったか、それでよい」
「…ついて行くから約束しろ。 もうみんなに…この場の誰にも、危害を加えないと」
「言ったであろう? 私の目的はヴェルナス、お前のみよ」
「あぁ…」
敵視はしても、敵意は隠し、決して敵対せず。
ましてや、隙を窺っての騙し討ちを狙っている訳でも無い。
人間離れした巨体と、恐ろしい程の威圧感を持った野獣に、生まれて初めて戦闘以外の目的で接近した瞬間だった。
しかし何とも穏やかに、温かく迎え入れられた。
馬鹿げているがこの場合、そう表現するのが最も的確だと思えた。
「さぁゆくぞ、向かうは魔の地…」
「待て!!」
必死で呼び止める声、それは後方から。
大量の出血に染まった脇腹を、片手で押さえつつ、膝を震わせ立ち上がる。
「セフィ!」
「レ…グザを…どうする、気だ…」
「おい血が…! 動くなセフィ!!」
「…まだ、だ…まだ勝負、は…ついていない…」
言って、手負いの身とは思えぬ速さで移動したその先に。
落ちていた自分の剣を拾い上げ、構えを取ったセフィは戦意満々といった表情。
その間に、身動き一つしないホヴィンの元へアリィが駆け寄り、マコもまた、猛ダッシュでチックの元へ。
「女子注もぉぉぉっく!! アイアイパチーーンッ!!!」
突如、意味不明な言葉を叫んだアリィ。
続けて手に持った謎の白い小袋を、こちらに向かって思い切り投げ付けた。
―――――パシィィィィィィィィィィッ!!!!!!
「うお!!」
「ぬっ…!」
袋が床に落ちた瞬間、そこから発した強烈な閃光。
アリィが何をしたのか、瞬時に理解した。
つまり “目潰し” という手段。 それがヤツに効いたのかは不明だが、諸に見ていたオレの視力が奪われたのは言うまでも無い。
真っ白に染まる、視界の中で。
「ジョセ伏せてええええええ!! 初式風圧魔法!!」
真横からの声。 そして同じく、真横から吹き荒れた猛烈な風。
敵の視界を封じる事に成功したのか、アリィは素早く脇に回り込み、次なる行動を起こしていたのだ。
「ぬぅぅぅぉぉおおおおおぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁああああああぁぁぁぁぁぁぁ……っぐほ!」
紙切れの如く飛ばされた末、壁に激突。
打ち所が悪ければ即死というレベルだが、幸いにも意識はあって、痛みもあって。
聞き覚えのある名称から、その魔法を自分が食らった事実は明確だったが、依然として何も見えず、とても冷静ではいられない。
「っおいアリィ…! 何がどうな…」
「レグザごめん!! 他に方法が無かったの、待ってて!」
打ち付けた背中の激痛に耐えつつ、その痛みを与えた張本人の言葉に、取り敢えず従っておく。
――成程、オレをヤツから引き離す為か…にしても散々な扱いだなオイ。
「ぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ…焼き尽くせ! 二式焼夷魔法!!」
またしても、その名称には聞き覚えあり。
苦い経験から一瞬ドキッとしたが、燃え盛る炎の轟音のみで、こちらに熱は伝わって来ない。
その後も、周囲の様子が見えぬまま。
壁際に1人寂しく放置され、どこか虚しさすら感じたオレは、耳を済ませ、音だけで状況を把握しようと試みる。
「くっ…お! ななな、何だ! すげぇ燃えてっぞ!」
「あ! えっと、あれは魔法! それより大丈夫!?」
「ん、傷か? なぁに、血は出てるが大した事ぁねぇ。 衝撃でよ、床に頭打っちまってな…」
「ごめんなさい! 水の魔法が跳ね返されて…」
「あぁ、気にすんな。 しっかしよぉ、何かすげぇ強風でゴロゴロ転がされて…それで目ぇ覚めたぜ」
「あ、それも魔法」
遠くから聞こえた、何とも緊迫感の無い会話。
しかしどうやらホヴィンが目を覚まし、その傷は浅く、思ったより元気だと分かった。
――で…敵はどうなった、敵は。
「あーーー助かったぁ…ってあれ、何か急に痛みが引いた…」
「応急処置、施しタ。 血は止まッタみたイ、痛ミ止めモ、効いタみたイ」
「ん…包帯とか薬なんて何処にあったの?」
「ワタシ預かッテタ、アリィさンのリュック、ソノ中に入ってタ」
「ほぉーーーさっすがアリィちゃん、抜け目無いねぇ」
今度は近くから聞こえた、これまた緊迫感の無い会話。
チックも無事だと分かったのは良いが、この状況下において、最も重要な情報が全く得られない。
――だから…敵はどうなった、敵は。
皆の呑気な遣り取りに、呆れつつも、心を和まされ。
そしてアリィの取った大胆な行動は、この身を捧げると決めたオレの気持ちを大きく、大きく揺さぶるものだった。
と、その時。
仲間の声と、炎の音に紛れて。
未だ閉ざされた視界の中、オレは徐々に近付く1つの、ある気配を感じ取った。




