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第56話 vs 魔王

「さぁ来い、ヴェルナス」


それは悪魔の囁き。

呼ばれている、異形の者に。 誘われている、魔の道へ。

――違う…オレはそんな名前じゃ…。


「何も迷う事は無い、素直に従えば良いのだ」


黒い顔が不敵な笑みを浮かべる。

平常心を欠いたオレにも、その表情が本当に気味の悪いものである事だけは明確に分かった。


「耳を貸しちゃダメ!!」


それは天使の叫び。

悪の手招きを断ち切ろうと、精一杯に声を荒げて。 その言葉は音の域を超え、想いとなって心にまで響く。


「黙れ小娘…邪魔立てするか」

「そ、そっちが黙んなさいよ! レグザに手を出したら許さないんだから!」

「フン、馴れ合いのつもりか? 未熟な魔道士の分際で…忌々しい」

「…レ、レグザ! 逃げよ!!」


言って、必死に手を引くアリィは余りに非力で。

同調する意志を伴わないオレの、重い体を突き動かすには遠く及ばない。


まず、突如として提示された 「逃げ」 の選択肢に対し、今のオレが正しい判断を下す事など不可能に近い。

というよりも寧ろ、逃げてしまって良いものか、一体どちらに従うべきなのか、自身の中で未だ答えを見出せない、と言った方が正しいのかもしれない。


「ヴェルナス、お前に “人間” の心が染み付いている事は承知の上。 …故に、連れ帰るまでは極力、敵意を見せたくはないのだ。 が…場合によっては例外も有り得る、この意味が分かるか?」


――くっ…さっぱり分からん。

動揺し、平常心を失うと、会話の理解力までも欠落するらしい。


「つまり、如何にお前の仲間であろうと、邪魔な存在であれば問答無用で消す…という事」


実に分かり易い。

どうやらアリィを盾に、脅しを掛けているらしい。


ヤツは何としてもオレを連れ帰ろうというのか、立ち塞がる邪魔者に鋭い眼光を浴びせる。

一方のアリィは1歩前に進み出て、足を震わせながらも健気にオレを守ろうとしている。

そんな状況にも関わらず、只ひたすら立ち竦み、視線を宙に泳がせ、双方の主張に一言も返せない自分が何とも情けなかった。


と、その時。

何やら背後から迫る複数の足音。


「レグザ!! アリィ!!」


それは第三の声。

高まる苛立ち、不安、迷いといった感情を全て掻き消してくれるような女神の呼号。


声に反応して振り向くと、息急き切って走る仲間達の姿が。

その見慣れた面々は、まるで救いの手を差し伸べてくれる様な、神々しさにも似た不思議な光に包まれていた。

飽くまでも、オレの馬鹿げた主観に過ぎないが。


「レグザ、受け取れ!」

「へっ! こりゃまた一風変わった化け物じゃねぇか!」

「助太刀、すル!」

「やっ! 2人とも無事で何より!」


駆け付けた4人目の声を聞き、また別の意味で安堵した。

理由は不覚にも明白。 連れて来られた筈の玉座の間に姿が無く、その安否が気掛かりだったチックとの再会に他ならない。

どうやら騒動の隙を見て逸早く王宮から退避し、その足で3人を呼びに戻っていたらしい。


来るや否や、セフィに投げ渡された大剣。

反射的に受け取ったは良いが、今のオレから戦意といったものは完全に欠落している。


そんなオレに気付く筈も無く、アリィを中心に颯爽と居並ぶ4人。


「他にも仲間が居たか…目障りな」


皆の方へ順々に視線を送ったヤツは、最後ニヤッと口の端を釣り上げ鼻で笑う。

そして小さな体で、尚もオレを庇う様に勇ましく構えるアリィ。 最初とは全く逆の形になってしまったが、当惑するオレの心情を理解した故の行動だろう。


「こいつぁまた流暢に喋りやがる、早いとこ片付けちまおうぜ!」


最も戦意を奮い立たせているのはホヴィン。

彼も含め、到着したばかりの4人は何も事情を知らないが、一先ず相手が魔王である事は告げておくべきだと思い。


「ま、待て…そいつは…」

「レグザ!!」

「…?」

「心配無いよ大丈夫! 下がってて!!」


言い掛けて、きつくアリィに制止される。

皆が不思議そうな表情を浮かべる中、オレは握った剣の刃先を地に落とし、2歩3歩と素直に後退してしまう。


決して認めた訳じゃない。

いつものように聞く耳持たず、あっさりと否定し、駆け付けた仲間と肩を並べればそれで済む話かもしれない。

だが幾つもの噛み合う情報と、突き付けられた決定的な証拠を前に、オレの体は完全に言う事を聞かなくなっていた。


「おい、どうした?」

「隊長? 見た感じ無傷だけど…何かされた?」


抱いた疑問を逸早く、ほぼ同時に口走ったのはセフィとチック。

既に剣を抜き戦闘態勢を取っていたセフィが構えを解き、オレの方に歩み寄ろうとしたが、その行動は次の言葉によって制止された。


「レグザは今、戦えないの……だから、みんなで倒そ!」


アリィは皆に向け、たった一言そう告げた。

先程の遣り取りに対し、オレが見せた明らかな動揺の素振り。 それを間近で見ながら、アリィは何の疑いも持っていないのだろうか。


「行動を封じる…魔術の類かアリィ?」

「そうじゃないけど…」

「レグザさン、どウしタ!? どコカ痛いカ!?」

「おい敵から目ぇ逸らすな! サッサと殺っちまうぞ、話はそれからだ!」


ホヴィンの言葉で口を閉じ、それぞれ武器を構え直すセフィとマコ。

如何に敵が棒立ちとはいえ、戦力として数えられない仲間に気を取られている余裕など無い。

一見すると冷酷だが、戦闘時においては何より心強く、経験豊富な年長者として、ホヴィンの判断はきっと正しい。


「喋る上に魔法を扱う獣人だって居たんだ…こうなりゃ何でも来いってんだぁ!!!」


玉座の間に轟く野太い怒号。 それが戦闘開始の合図。

先陣を切ったホヴィンにセフィが続き、少し遅れてチックも走り出す。

アリィはその場で魔力を練り始め、同じく後列に位置取るマコも、構えた弓から矢尻を敵に向ける。


構成的には申し分ない戦力。

初めて皆の戦闘を見届ける立場として、それがオレの第一印象だった。


5人の動きを目で追いつつも、やはり敵は微動だにしない。

その間合いに1番手で侵入したセフィは、左脇に大きく引き戻した剣を真横に一振り。

対しヤツは構えず、避けず、しかし刹那に反応した右手の指2本で、その刃をいとも簡単に受け止めてしまう。


そこに間髪入れず、2番手で到達したホヴィンの攻撃。

低姿勢のまま素早く脇へ回り込み、腰を下ろすのかと思いきやサッと両の手を地に着け、敵の足首を狙って繰り出したのは強烈な回し蹴り。


「ぐっ!」


バズン、という鈍い音がホヴィンの足に反動を残す。

足払いは失敗。 3番手のチックが迫る中、敵は指に挟んだままの剣を捥ぎ取り、それを投げ捨てると、体勢を崩したセフィを脇へ張り倒した。


彼女が倒れた先に、腰を屈めたままのホヴィンが。

衝突は免れず、勢い良く床に転がる2人を見下し、すぐに敵は正面を向き直る。 そこにナイフを突き立て踏み込んだチック。

真っ直ぐに腹部を狙ったナイフの刃先、それを片手で掴み取り、持ち主を蹴り飛ばそうとヤツが片足を上げた瞬間。


サクッ、と黒い額に矢が刺さる。

狙い、タイミング共に申し分ないマコの攻撃だったが、深く刺さったかに見えた矢傷は非常に浅く。

額から落ちかけた矢を掴み取ったヤツは、見据えた狙撃手に向け右腕をブンと振り下ろす。 とほぼ同時に、左手で目の前のチックを張り飛ばした。


「キャッ!」

初式水流魔法ストリーネ!!」


マコの短い悲鳴に続き、アリィの魔法が発動した。

まず近い方を見ると、床に腰を着いたマコのすぐ脇に、本人によって放たれた筈の矢が突き刺さっている。

彼女に刺さらなかった事を安堵しつつ、聞き慣れない魔法の矛先に視線を移す。


だが、そこには異様な光景が広がっていた。

仁王立ちの敵。 その脇に、倒れたまま動かないホヴィンと、必死に起き上がろうと足掻くセフィ。 少し離れた場所では、床に平伏し、もがき苦しむチックの姿が。  


そして3人共、何故か衣服の各所が真っ赤な血で染まっているのだ。


「そ、そんな……弾…かれた…」


ガクッと膝を付いたアリィが、有り得ない程に動揺している。

その様子から、オレは薄っすらとだが状況を把握した。 マコの方に気を取られていたあの瞬間、アリィが放った未知の魔法は敵に弾かれ、あろう事か周囲の3人に命中してしまったのだ。


勿論、それが偶然である訳が無い。

ヤツは体ではなく、おそらく手で弾いたのだ。 それも3人を狙って、恐ろしくも意図的に。


「くっそおおおおおおおおおおおおーーーーーっ!!!!」


気付けば足が動いていた。

思考は完全に麻痺し、握り直した大剣を無意識に振り上げ、猛然と敵に立ち向かう。


5人の攻防全てが、ほんの数秒間に起こった出来事。

その僅かな時間で際限の無い恐怖と絶望を味わい、同時にオレは、己の不甲斐無さを心底呪うのだった。



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