第04話 未知との衝突
トボトボと1人、暗闇を進む。
広場の魔物を殲滅させたがいいが、護衛すべき相手とは未だ合流出来ていない。
仄明るい松明の灯りが届く範囲は、自分の周囲僅か2~3メートル程度。
その灯りが徐々に左右の壁を照らし始め、また道幅が狭くなってきた事を認識する。
「おーーーいアリィーーー何処だーーー」
周りの岩壁に反響するオレの声。
呼び掛けつつ、返事を待ちつつ、しかし歩みは止めない。
先程の広場からここまで、分かれ道は1ヶ所も無かった。 つまりアリィがこの先へ進んだ事は間違いない。
「アリィーーーこらガキーーーおいチビーーー返事しろーーー」
どうやら最深部までの距離はまだ相当ありそうで。
冷静に考えると、この小道で待たせる方が賢明な判断だったかもしれない。
まぁ、しかし。
あの状況でそう言っても恐ければ延々と逃げるだろうが、万が一アリィの身に何かあったらオレの立場が無い。
引き受けた仕事を失敗するのは耐え難い屈辱だが、それ以上に、知り合った人間を見殺しにするのはもっと耐え難い。
ふと、イヤな予感が頭を過って。
常に一定のリズムを保っていた歩調に狂いが生じる。
よもや 「避けては通れぬ守護者」 なる者にアリィは既に…と考えた、正にその直後。
――ギャガガギィィィィィィィィンッ!!
「いぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「!?」
響き渡った金属音と、聞き慣れた甲高い悲鳴。
アリィの生存にホッと胸を撫で下ろしつつ、直前に聞こえた音の正体にも感付く。
あれは――
岩などに超重武器の刃を打ち付けた際に鳴り響く摩擦音。
岩場での狩猟時、オレも同じ様な音を立ててしまう事がある、故に聞き覚えがあった。
だとすれば、奥には他にも人が居る事になる。 オレと同じく超重武器を持った人間が。
「おねがあああああい!!! たすけてえええええええっ!!!!」
更に音量を増した悲鳴と、迫り来る足音。
アリィの接近を確認したオレは、奥にいるヤツが危険な人物と判断。
その 「思考」 は瞬時に 「指令」 となって肉体へ伝わり、気付けば両足は最速で地を蹴っていた。
「聞けアリィ! オレとすれ違ってから呼吸10回分だけ走って止まれ! あとは合図するまで動くな!」
「…わかったぁぁぁぁぁぁっ!!!」
再び彼女を見失う訳にはいかず、おそらくこれが最良の判断。
疾走の最中、迫るアリィの更に後方より感じる気配から、全力で対応する為の覚悟を済ませる。
ピリピリと嗅ぎ取れたのは魔物の気配で、つまり相手は人間じゃないらしい。
間もなく脅威と対面する、その直前。
――アリィ…!
必死に走る彼女の手に、もう松明は握られていない。
こちらが照らす灯りのみで浮かび上がったアリィと、すれ違う刹那に視線を合わせる。
「待っとけ」
「うんっ!!」
互いに振り向かず、互いの前方を見据えるのみ。
無事にアリィを逃がし、あとは前方より迫り来る敵に立ち向かうのみ。
相手は武器など持たぬ魔物。 なので、確かに聞いた金属音の正体は後回し。
無駄な思考を停止させ、向かう方向へ松明を投げ捨て、抜いた大剣を両手で構える。
「グゥァァァァァァァァァッ!!!」
「なっ…!」
――ガキィィィィイイイイイィィィィィィイイイイイィィィィィィンッ!!!!!!!!
洞窟内に“けたたましく” 響き渡った金属同士の激突音。
相手の姿を目視し、何かを振り上げてきたのを見た瞬間、咄嗟に構えた大剣に激しくぶつかってきたのは更に巨大な刃先。
とてつもない衝撃。 とてつもない怪力。 とてつもない殺気。
剣から手へ、手から腕へと伝わってきた強烈な痺れと痛み。
だが、それよりもまず目の前の光景が信じられない。
地面に転がる松明の灯りが、足元から薄っすらと敵の風貌を映し出す。
今オレが向かい合って武器を交えている相手は、どう見ても人間ではない。
ところが確かに2本足で立ち、巨大な斧を両手で握り、衝突後も力比べを挑んでくる。
明確な意思を感じる行動に反し、2メートル以上はあるその巨体から、相手が未知の魔物と判断せざるを得なかった。
「ぐっ、ぬぅぅぅっ!!」
――すっげ…こりゃマジでヤバい。
押され始めた両腕の筋肉、それがプルプルと。
相手が魔物なら力で勝てる気は全くしない。 これまでに魔物と力比べをした事がないし、する必要なんて無かったし。
何故なら、武器を持つ魔物になど出会った事が無いから。
「グゥゥゥッ!」
「く、そっ…!!」
僅かな光源では、相手の目つきや表情までは窺えない。
だが、この強烈な覇気から察するに、間違いなくオレを殺す気らしい。
このままでは確実に押し負ける。
そう判断したオレは、自ら体を引いて1度距離を取る事に。
「…ぬぅあっ!!」
――ギャリィィィィンッ!!
徐々に傾けておいた剣を、一気に脇へ薙ぎ払う。
怪力が込められていた重量感たっぷりの斧は、勢いに任され素直に弾かれる。
透かさず3歩下がり、その禍々しい姿に目を奪われつつ、次の攻撃に向け構えを取る。
「グルゥゥゥゥ…」
「ったく…何なんだコイツ…」
唸り声を上げる怪物も、体勢を立て直し応戦の構えを取る。
距離を置いた事で初めて確認出来た異形の目、そこから放たれる悪魔の眼光。
明らかになったその全貌、それは例えるなら二足歩行のライオンといった感じ。
互いに睨み合う両者の間に訪れた、暫しの膠着状態。
ヤツとの距離は剣の間合いのギリギリ外で、この様子だと相手にとってもそうらしい。
恐怖心を覆い隠し、ゾクゾクと込み上げてきたのは好奇心。
それを自覚したオレに 「逃げ」 を選ぶ気持ちは微塵も無く、もはや相手の正体にも興味は無い。
殺らなければ殺られる、そんな状況。
余計な詮索、動揺、恐怖心、それらは戦闘において自らの動きを鈍らせるのみ。
――おっし、殺るっきゃない。