第54話 囚われの身、その夢
『やっと みつけたぞ』
――んぁ?
『とらえたぞ いしきを』
――あん?
『つかんだぞ いばしょを』
――誰だよ、お前。
『わがむすこよ』
――何? 親父?
『むかえにゆくぞ』
――うぇ…あの世から? いや、それは勘弁。
『まっていろ わがむすこよ』
――いや、だから待たないって…
キィィィンッ――
そんな音が、聞こえた気がした。
だがそれは単に、突如襲った激しい頭痛を、音と勘違いしたに過ぎないのかもしれない。
「痛っ…!」
自然と声が出て、同時に視界も生まれて。
それはつまり目覚めだと、瞬時に理解する。
「レグザ! 大丈夫!?」
「…あぁ…って……あれ」
真上から、近くから、呼び掛けるのはアリィ。
周囲の薄暗さを不思議に思いつつ、自分の体勢を認識し、間近の顔に目を向けて。
「な…アリィ、何やってんだ!」
ガバッと、起き上がる。
瞬間、脳天同士が衝突するギリギリで、咄嗟に身を引いたアリィの判断から、結果は異常接近で終わる。
どうやら彼女に膝枕をされていたらしく、顔が異常に近かったのはそれ故と知る。
「ふぅ…良かった、起きてくれて」
「ここ何処…って、おぁ!?」
上半身を起こして分かった事が3つ。
鎖の錠によって両手の自由が封じられている事と、自分の意識が飛んでいたという事。
そして、視界の隅に見えた鉄格子から、この場所が牢屋だという事も。
「何が…どうなった!? チックは!?」
「…今ね、王様の所に連れて行かれてる」
「あぁ!? ちょ、落ち着け…っていや、オレが落ち着け…あーー詳しく教えてくれ…」
狭く、暗い牢獄。
その冷たい床の上で、アリィと2人きり。
看守の姿は見えないが、割と近くに居る筈と聞かされ、喚かず騒がず話を聞く事にした。
「…オレのせいか」
「違う、仕方ないよ…それで体は? 何ともない?」
言って、ひたすらオレの身を案じるアリィ。
そのアリィから現在に至るまでの経緯を聞き、己の不甲斐無さにチッと舌を鳴らす。
ざっと聞いた話では。
西塔4階の途中で、何とオレは突然倒れたらしい。
意識は無く、再三の呼び掛けにも一切の反応を示さなかった。
そんなオレを2人掛かりで脇へ運ぼうとしていた時、運悪く兵士に見つかってしまったという。
有無を言わさず捕えられたオレ達は、今こうして牢屋にぶち込まれている。
意識の無いオレと、平凡な町娘風のアリィ(今日の服装はそんな感じ)、そして如何にも盗賊風の身形のチック(本物の盗賊だが)。
弁解の場を与えられた訳じゃないだろうが、話を聞く為なのか、まず連れて行かれたのがチックというのは納得出来る。
「本当にすまない…最悪だ」
「気にしないで、とにかくレグザが元気そうで良かった」
こんな状況にも関わらず、アリィは意外な程に冷静で。
薄暗くて顔はよく見えないが、その声の調子からは、いつに無く落ち着いた雰囲気が窺える。
「脱出は、無理そうか…」
「下手な事は考えない方が良い。 だから正直に話そうって、チックさんにも言っておいたよ」
「皇子を探す為に忍び込んだ、って? そりゃマズいだろ…その情報ですらチックが忍び込んで得たモンだ」
「3人とも顔を覚えられちゃったんだよ? もう逃げても意味無いよ」
幾つか反論するも、更に言い返され、納得させられて。
そんな遣り取りをしている内、アリィの正論を前に、もはや何も言葉を返せなくなってしまう。
「チックさんを待とうよ、ね」
「あぁ」
自分は一体、何をやっているのか。
魔王を倒すと心に決め、仲間を引き連れ首都を訪れ、盗賊紛いの行為に手を染め、挙句の果てには足を引っ張ってしまった。
アリィに余計な心配をかけ、チックには口だけ野郎とでも見下されるのか。
――くそ、情けない…。
待機組の3人も、これを知ったらきっと呆れるに違いない。
セフィには阿呆と軽蔑され、マコは分からないがホヴィンには、やれやれと溜め息でも吐かれてしまいそうだ。
「…レグザ、足音」
「ん…看守か、こっちに近付いて来るな…」
視界は限りなく悪い。
鉄格子の向こう、遠くには薄っすらと他の鉄格子も見える。 つまり、広い空間に幾つもの牢屋が並んでいる、そんな感じの場所だろう。
ふと、思い出した。
目覚める寸前に会話をしていた気がするが、おそらくあれは夢。
だが夢にしては風景も何も見えず、相手の顔も姿も分からなかった。 真っ暗な空間で声だけが聞こえる、そんな不思議な夢だった。
相手は親父だと思っていた。
だがそれは決して親父の声ではなく、全くの別人だった。
「ん、おい男! 目が覚めたなら貴様も出ろ! 2人共だ!」
声に反応し、鉄格子の向こうに立つ看守へ目を向ける。
当然だがこっちは丸腰で両手が使えず、アリィに言い聞かされた事もあり、ここは大人しく従う事に。
看守は2人。
チックを連れて戻った様子は無い。
状況は気になったが、会話を許される雰囲気ではなく、黙って腰を上げる。
看守A、オレ、アリィ、看守B、といった順に。
牢獄エリアを抜け、仄明るい階段を上り、城内の1階と思われる優美な廊下へ。
その長い廊下を抜けると、だだっ広く天井も高い空間に出て、四方に分かれた通路の内の一方へまた進む。
内装は相変わらず豪華な造りで、如何にも高級そうな壷、彫刻、鎧、絵画、絨毯、と目を奪われる物ばかり。
――チックには目の毒…だな。
長い沈黙と、長い道のりを経て、漸く看守達の足が止まる。
連れて来られた先には、これまた豪華な飾り付けの施された、無駄に大きな両開きの扉。
「いいか、この先は神聖なる王の御前。 無礼な振る舞いは許さん、大臣殿に聞かれた事のみ答えろ」
「騒ぐ、暴れる、逃げようと足掻く…何をしても命は無いと思え。 貴様等は重罪人だ」
脅し文句にも近い台詞を、冷たく吐き捨てる看守AとB。
所詮は形式的なモノに過ぎないのだろうが、アリィには堪えたらしく、その小さな肩をゾクッと震わせる。
――ぎゃああああああああああああっ!!!
前の看守が向き直った、正にその時。
進むべき扉の奥から、男の“けたたましい”悲鳴が響き渡った。
「な、何だ!?」
「分からん…囚人を見張っていてくれ! 俺が見て来る!」
言い捨て、扉に手を掛けた看守A。
だが、次の瞬間。
――ドゴオオオオオオオオオオオンッ!!!!!!!!
「ぬわっ!」
「アリィ!!」
突然の轟音、そして振動。
咄嗟にアリィを突き飛ばし、そのまま2人とも勢いよく絨毯に転がる。
状況を把握する為、起き上がるよりも早く視線を動かす。
横たわるアリィを見て、屈み込む看守2人を見て、周囲に散乱した何かの破片を目にする。
うつ伏せ状態のまま首だけを動かし、最後に音のした方向、扉の方を見る。
「っ!!」
思わず絶句し、自分の目を疑った。
なんと、頑丈な鉄扉の片側が斜めに外れ掛けており、その中央には大きな出っ張りが…元い、内部からの衝撃と考えれば “窪み” と言った方が正しい。
それは一見すると、物理的な力に因るもの。
だが高熱を帯びた魔法の類でもない限り、扉ごと吹き飛ばしてしまうか、大穴を空ける結果になる筈。
つまり圧倒的なパワーと、特殊な力が同時に加わったもの。
「アリィすまん、大丈夫か!?」
「う、うんありがと…今のって、何…?」
「…分からん、何か居るらしいな」
言って素早く立ち上がり、直後アリィを抱き起こす。
扉の隙間からでは中の様子は殆ど窺えないが、玉座の間で何かとてつもない事が起こっているのは間違いない。
「中を見てくる、チックが心配だ」
「え…危ないよ!」
「遠くから話し声はするが、中に居るのはおそらく魔物だ。 アリィはここで待ってろ」
「や、やだ…一緒に行く! 言ったよね!? 手ぶらで戦える私が居て心強いとか! 風の魔法でバババーって吹っ飛ばしてとか!」
緊張でガチガチだった割に、しっかりと覚えていた。
「いや、それは相手が兵士の場合で…」
「じゃあ火でボボボーって丸焼きにしちゃうんだから!」
勇気か、はたまた只の勢いか。
とにかく1度言い出せば、絶対に引き下がらない娘だという事は重々承知している。
「分かった、一緒に来い。 あー…看守さん達、ケガは無いか?」
「あ、あぁ擦り傷程度だ…しかし一体…」
「き…貴様等の仲間が何かしたのでは……ま、まさか王を狙って!」
「バカ言うな、チックにこんな真似出来るか。 どう考えても魔物だ」
「魔物…!? そ、そんなデマを言って逃げるつもりだろう!」
疑うのも無理はないが、口論している暇など無く。
わざわざ声を掛けたのは両手の束縛を解いてもらう為で、別に心から身を案じた訳じゃない。
「おい聞け!! 今すぐ錠を外せ!!」
「な、何を馬鹿な…」
「あぁオレらは不審者だ! 別に犯罪者で構わん! だが中に居るのは100%魔物! しかも強力! 倒せるのはオレらだけ! さぁどうする!!」
気迫を最大に、少し強引な流れに持っていく。
魔物という確信がある訳じゃないが、何か驚異的な力を持った存在が中で暴れている事は確か。
「し、しかし…」
「あぁもう!! 王様を守んのはアンタらの仕事! 魔物を倒すのはオレらの仕事! 分かったらサッサと錠を外して後からついて来い!!」
最後の台詞が効いたのか、看守達は互いの目を見合わせ、コクリと1つ頷いた。
そのまま何も言わず、看守Aは腰に下げた鍵で2人の錠を外してくれて。
直後、比較的キツい物腰の看守Bが、オレの顔をジッと見た後 「行け」 と顎で合図を送ってくれた。
咄嗟の発言とはいえ、オレの言葉には相当な説得力があったらしい。
「行くぞアリィ! 離れるなよ!」
「うん!」
バゴッ、と。
外れかけた方の扉を思いっきり蹴破り、迷わず玉座の間に踏み入る。
そこは牢獄からの途中に通った場所よりも、遥かに広い空間で。
もっと大勢の人間が居るかと思ったが、周囲には兵士や司祭風の男が1人、2人と倒れているのみ。
だが視線は奥へ。 向かう先は玉座。
決して立ち止まらず、全速力で駆け抜ける。
進む先には緩やかな階段があって、まだ玉座自体は見えないが、やはり話し声は微かに聞こえて。
瞬間、オレは眉を寄せた。
会話の2つの声の内、一方には酷く聞き覚えがあったから。
だがそれは、決してチックではなく、夢の中で語りかけてきた、あの声だったのだ。




