第53話 愉快な仲間たち
「早ク知らせル! コレ重要!」
「まだ言うべきじゃねぇ! 下手すりゃ嬢ちゃん旅止めちまうぜ!?」
人も疎らで物静かな店内。
そんな中、荒々しく声を張り上げるマコとホヴィン。
混み合う食堂から、この甘味処へ移動して来たのが数十分前。
話し合いの場に相応しくないとの理由から、わざわざ場所を変えたのだが。
見事なまで真っ二つに分かれた意見は尚も衝突中で、議論というより討論、或いは口論といった感じ。
「アリィさン、大事ナ使命、背負っテる、ソレ承知。 デモお母さンの死、弔う、コレ優先!」
「その母親の遺言だぜ!? 使命があるから歩みを止めるなってんだ! 知らせたら旅が中断しちまうだろ!?」
城へ向かった3人を見送ったのがここで、待ち合わせ場所もここ。
レグザの頼みで已む無くアリィを行かせた訳だが、今となっては少々後悔している。
「デは、ホヴィンさン。 遺言を伝えなクテ良い、ソウ言うカ!?」
「そうは言ってねぇ! 嬢ちゃんはまだ16だぜ!? そう簡単に受け入れるのは無理だって言ってんだ!」
「少し落ち着け…2人とも」
迷惑がる店員の視線を感じ、そろそろ仲裁に入っておく。
こういった役回りは苦手だが、放っておけば2人は更にヒートアップしてしまいそうで。
「ホヴィン、あんたの意見は…今のアリィに母親の死は受け入れられない。 遺言も含め、まだ伝えるべきではないと?」
「あぁ、ジョセちゃんはそう思わねぇか!?」
「まぁ待て。 それと…ちゃん付けは2度とするな」
言って一睨みしておき、次にマコへと視線を移す。
「マコ、あんたは…とにかく悲報は一刻も早く伝えるべきだと? 母親の願いとは逆に、アリィから旅を続ける意志が欠落してしまうとしても?」
「伝えル義務、アル。 ワタシ…お父サンの死、1年以上も知ラナかっタ。 否、気付ケなかッタ…」
「あぁ…」
「親ノ死、後にナッテ知ル…ソレ悲しイ、悔しイ、辛イ…」
力強く、説得力も充分に有るマコの言葉。
しかし言った本人はどこか弱々しく、悲しみを押し隠すように唇を噛む。
ホヴィンも、マコも、決して間違った事は言っていない。
ただ、感情移入が激しい両者の意見に、そう易々と賛同する訳にもいかない。
「レグザは言っていた。 …親の死は辛くて、悲しくて、耐え難くて、それを今のアリィに伝えるのは余りに酷過ぎる、と」
「俺と同じ考えって訳だな」
「だが、こうも言っていた」
「ん?」
ここでレグザの意見を持ち出すのは、まだ私自身の考えが曖昧な為。
「…アリィには知る権利みたいなのがあって、知ったオレには必ず伝える義務がある、と」
「ワタシと、同ジ意見?」
「まだ続きがある。 …問題はいつ伝えるかって事だけど、オレ思うんだ。 親の死に直面するタイミングを、他人がどうこう決めて良い訳が無い、と」
レグザの台詞を、口調もそのままで、明確に伝える。
当初、私はその不器用な言葉に、何故か深い感銘を受けた。
それを聞くまで、奴の人任せな頼みなど聞くつもりは無かったのだが。
これまで見た事も無い真剣な顔つきと、考え抜いた末の結論、つまり本音。
それをまず私に打ち明け、相談してくれた事が嬉しかった。 最終的に了承した理由もそこにある。
「確かにそうだが…いつ知りたいかを本人に聞く訳にもいかねぇし、それじゃあ最速で伝えるのが最善って事か?」
「いや、幾ら考えても最善策が見出せない。 だからレグザは私…達に相談したんだ」
結局のところ、議論は平行線。
すぐに伝える事はホヴィンの意に反し、期を窺う事はマコの意に反する。
そして、どちらを選ぼうとレグザの本意ではなく、アリィの心に深い傷を与える。 つまりは、どん詰まり状態。
「ジョセちゃ…ジョセの意見はどうなんだ?」
「ドウ、思うカ?」
「わ、私は…」
唐突な振りに、思わず動揺の素振りを見せてしまう。
ここで期待の眼差しを向けられても困るが、話し合いの場である以上、私にも最低限の意見を述べる義務が有る。
「いつ伝えるか…それは問題じゃないと思う」
「あぁ? 今はその議論をしてんだろ?」
「ドウゆう、事カ?」
聞き返され、彷徨っていた視線をテーブルに落とす。
咄嗟に出した答えではあるが、別に適当発言という訳ではなく、レグザの意見に反発するつもりも無い。
「嘆き…悲しみ…その結果もしもアリィが歩みを止めた時は、皆で励まし支えてやれば良いんじゃないか?」
思ったままを言ったのみ、只それだけの事。
他の意見を否定する訳じゃないが、論点を絞り過ぎると大事な何かを見失ってしまう時もある。
「幾ら考えても最善策など見出せない、それは私達だって同じ…なら余計な事は考えず、全てを告げた上で見守る。 それが私達、仲間の役目じゃないのか?」
最後キッと目力も加え、2人に問い掛ける。
だが直後、己の発言の愚かさに少なからず後悔する。
――何様だ私は…偉そうに。
飽くまで議題に対する意見に過ぎないが、どう考えても生意気な小娘の言い分だ。
知り合って間も無い2人を前に、しかも最年少の自分が、後先考えず本心を曝け出せたのは意外でもあったが。
そして何より、 自然に 「仲間」 なんて言葉が口を衝いて出た自分に驚くばかり。
ところが。
言葉の力というものか、これが意外な展開を招く事に。
見据える視線の先には無言のまま、ウンウンと頷く2人の姿が。
「ふむ、ジョセの言う通りだ、なぁマコちゃ…マコさんよ」
「呼ビ捨て、デ構わナイ、ホヴィンさン。 ワタシ、ジョセさンの考え、素晴らシイ思ウ!」
「そ、それは…どうも」
戸惑いの返事を漏らしつつ、急激に和んだ場の空気を実感する。
よく分からないが、あっさりと同意された上に、あの場違いな意見を褒められてしまった。
「よっしゃ、話は纏まった。 まず3人が無事に戻ったらレグザに報告してだな…」
「了承ヲ頂キ、ミんなデ、伝えル!」
「おう! んじゃよ、嬢ちゃんを励ます会なんての考えとくか!?」
「うン! ソレ名案!!」
和むどころか、盛り上がっている。
その意味が全く分からず、ここは一先ず純粋な疑問をぶつけてみる事に。
「あの…」
「ん、どうした?」
「決定で…良いのか?」
「あぁ当然、異議無しだ。 励ます、支える、見守る、良い言葉じゃねぇか!」
「トッテも、素敵! 仲間っテ、素敵!」
「……」
もはや言葉が出てこない。
どうやら私の言葉は、2人の何かを刺激したらしい。
何とか理解しようと試みるが、その心理状態を読み取る事は不可能。
母親の死を告げる事には何ら変わり無いというのに、能天気というか、不謹慎というか、もしかすると馬鹿なのか。
仲間である事は認める。 年上故の敬う気持ちも忘れない。
だが、個人的に彼らは苦手な部類で、つまり今の状況はとても居心地が悪い。
――レグザ……早く戻って来い…!!
渾身の願いを天に飛ばし、已む無く2人の会話に加わる。
必死でその場を乗り切る私の表情は、きっと有り得ない程に引き攣っていたと、そう思う。
「ぶぇっくしょんっ!!!」
「わわわわ…ちょっ…!」
黒光りする大理石の回廊。
そこで盛大に響き渡ったのは、オレのくしゃみ。
「…勘弁してよ隊長…! 見つかるってば…!」
「…レグザ、風邪…? 大丈夫…?」
「うー…悪い、どうも剣を背負ってないと調子が狂う…」
「…いやいやいや…それ関係ないっしょ…!」
なんて遣り取りしつつも周囲を見渡し、人の気配が無い事を確認する。
物陰に潜んでは気配を探り、少し進んではまた潜む、と城内に入ってからはその繰り返し。
この城は大きく分けて中央、西、東で3つのエリアに分かれていて それぞれが塔の様な細長い造りになっている。
現在位置は西塔の3階だが、ここを最初に選んだのは、中央塔に兵士がゾロゾロと出入りするのを目撃したという安易な理由から。
今のところは誰にも見つかっていないが、肝心な皇子の居所もさっぱり掴めない、といった状況。
「ま、この感じだと最上階まで暇そうだな…」
「…ったく…俺より呑気だなぁ……隊長ってさ、盗賊に向いてんじゃね…?」
「うっさい黙れ」
「…ねぇレグザ、風邪じゃないの…? ホントに大丈夫…?」
「ん、だいじょぶ」
くしゃみが鳴り響くまでは、割と緊張感のある潜入ではあった。
だが、これでアリィとチックも程良く肩の力が抜けただろう、と都合の良い解釈をしておく。
相変わらず、オレの右手とアリィの左手はガッシリ握られていて。
2~3歩前を行くチックは時々振り返り、繋いだ手の事で茶化してくる。
ウザったい様な、でもどこか誇らしげな気分を味わいつつ、グイグイと右手を引いて前進する。
そうして、ゆっくりと地味ではあるが、着実に西塔の最上階を目指すのだった。
――にしても誰だ……オレの噂したヤツは…。