第52話 犯罪は夕暮れと共に
ローベルグ最大の都市カルバナ。
国王の居城を中心に、闘技場、カジノ、劇場、といった娯楽施設も豊富な城下町。
夕暮れ間近。
そんな街の巨大な城に、今オレは忍び込もうとしている。
暴挙というか、愚行というか、とにかくこれで “勇者” という称号から遠退いた事は間違いない。
――ま、別に目指してないけど。
「まさか地下から行くとは…にしても臭っ」
「横流れてんの下水だかんね~それより隊長、足引っ張んないでよー?」
「うっさい、お前は無駄口叩かずガイド役に徹しろ。 オレはアリィのケツ叩き役に徹する」
「え、えぇぇぇぇっ!! レグザ……お尻叩くの?」
「例えだ例え、遅れたら急かすって意味」
そんな会話を交わしつつ、ひんやりとした空気に包まれた仄暗い水路を延々と進む。
潜入するメンバーは3人。
しかし何故アリィを連れて来たのかというと、それには少し特殊な理由があって。
まず案内役のチックは当然として、決断した張本人であるオレが参加しない訳にもいかない。
当初はこの2人で来るつもりだったが、セフィが助言がてら名乗りを上げてくれた。
『皇子を見つけた時に男2人では警戒されるぞ…仕方ない、私も行こう』
確かにその通りだと思ったが、そこでオレは閃いた。
実は今夜辺り、アリィに母親の死を告げるべきか否かで、論議の場を設けるつもりでいた。
その為には本人とチック(念の為)を遠ざける必要があって、しかし今の状況が正に使えると判断したのだ。
つまり、城にアリィを連れて行けば居残り組がフリーになる。
事前に相談事を伝えておき、後はホヴィンを中心に3人で決めて貰おうという、何とも投げ遣りな思い付きだ。
で、実際のところ。
その流れを経て今に至る、という訳。
事情を把握済みのホヴィンに頼んでも良かったのだが、その場は敢えてセフィを外へ連れ出し、彼女の申し出を丁重にお断りするついでに、相談の旨を伝えた。
驚き、戸惑いつつも了承してくれたが、潜入作戦に魔道士など参加させて大丈夫なのかと、そんな不安の声も漏らしていた。
確かに足手纏い候補NO.1ではあるが、それに関しては心配ないと断言し、セフィを納得させたオレの自信には特に何の根拠も無かった。
「お、あれあれ。 あそこの梯子が城の裏庭に通じてんだ」
「裏庭か…登った瞬間、兵士に出くわすとか無いだろうな?」
「んーーー賭けだね、まぁ最初に俺が様子見てくんよ」
言い残し、地上へと通じる梯子をチック1人が登っていく。
それを見届けるオレは、緊張の為かガチガチに固まっているアリィを解きほぐそうと。
「アリィ、リラ~ックスリラ~ックス」
「うーー足の震えが止まらないぃぃぃ…っていうか、どうして私なの? ジョセじゃ駄目だったの…?」
「ん、ほら、オレ剣置いて来ただろ、邪魔だから、それで」
まさかここで聞かれるとは思わず、何とも微妙な理由を口走ってしまう。
円らな目をパチパチさせて見上げてくるアリィは、おそらく意味を理解していない。
「…それで?」
「いや…だから手ぶらで戦えるアリィが居てくれたらさ、ほら心強いし」
「たたたっ戦う!? こっそり行くんじゃないの!?」
「もし兵士に見つかった時はさ、風の魔法なんかでバババーっと吹っ飛ばしてくれ」
「ふぇぇ…」
取って付けたような理由だが、今のアリィを誤魔化すには充分だったらしい。
しかし結果的には緊張を解きほぐすどころか、余計なプレッシャーを与えてしまったようで。
「お2人さーん、上がって来ていいよぉーー今なら平気ぃーー」
頭上からの呼び声。
それにビクッと反応したアリィは視線を泳がせ、更には口をパクパクと、意味不明な行動を取り始める。
「ほれ行くぞ、先に登れ」
「の、登れる自信無い……ねぇレグザ、おんぶして…」
「ちょっ、それどんな侵入者だよ」
言いつつアリィの背中をポンと押し、両手で梯子を掴ませる。
甘えられるのも悪くないと最近知ったが、それも時と場合による。
ここから先は極めて迅速な行動を求められる訳で、泣き言を聞いている余裕など微塵も無いのだ。
アリィが梯子の中間程に達した所で、オレもその後に続く。
泥棒気分を味わう上で邪魔な大剣はセフィに預けてきた、故に身軽で動き易いのは良いが、どこか落ち着かないのも事実。
それと、ここに来て思った事が1つ。
危険を冒して城に侵入する位なら、いっそ首都をスルーして無法地帯に侵入すれば良かった、と。
――ふぅ…今更過ぎる。
カン、コンと乾いた音を響かせ登り切った先。
そこで見たものは、鬱蒼と茂る草木と、その向こうに高くそびえるレンガの壁。
意外にも塞がれた視界の中で、周囲の警戒に徹するチックの姿は確認したが、先に登り終えた筈のアリィが何故か見当たらない。
だが直後、赤く染まりつつある景色の中で、見慣れたブロンド頭を視界の下方に捉えた。
「何してるアリィ」
「こ、こわいよぉ…」
跪き怯えるアリィが、オレの足にガシリとしがみ付いてくる。
――こ、股間に顔が…。
「ねぇレグザ…もし見つかったら…」
「そりゃもう、窮地だな」
窮地というか、もはや終わりだろう。
捕まれば確実に牢屋行きで、宝物庫を狙った馬鹿盗賊なんて烙印を押される可能性も。
最悪の場合、皇子誘拐や国王暗殺を企てる危険人物と見なされ、極刑なんて事も充分に有り得る。
出会った兵士を薙ぎ倒すにしても、騒ぎが起こってしまえばアウトだし、それ以前に顔を覚えられた時点でもうアウトだ。
見つかれば命を落とす。
それ位の覚悟で臨まなければ、きっと無事には帰れない。
「そうじゃなくて、見つかったら…」
「ん?」
「は、反射的に火魔法とか撃っちゃいそう…すぐ出せるし得意だから」
「うは~そりゃマズい、兵士の丸焼きなんてホント不味いぞ」
なんて冗談を言いつつ、掴んだ両手を引き上げアリィを立ち上がらせる。
しかし何というか、余りに的外れな彼女の発言で、逆にもっと冷静になれた自分も居たりして。
「チック、何処から探すか決まったか?」
「んーー上が匂うような……よし決めた、ついて来て~」
「じゃ行くぞ」
言ってアリィの手を取り、小走りで移動を開始したチックの背中を追う。
当初はケツ叩き役のつもりだったが、この分だと脱出まで肩を並べて進む事になりそうだ。
ギュッと握り返された小さな手の温もり。
それを感じ取ったオレは、既に足手纏いである筈のアリィを何故か憎めなかった。