第51話 盗賊の妙案
「ふざけてる」
「分かるけど…だからって昼間からお酒は…」
「これが飲まずに居られるかって…あぁぁぁムカつく!!」
「まぁまぁ…」
憤慨するオレを宥めるのはアリィ。
6人揃って(ワンダはリュック内で昼寝中)昼食を取るこの場所は、城から程近い大衆食堂。
軽食類からガッツリ定食系まで、更に数十種類の酒も取り揃えた、正に首都中心街らしい活気に満ちた店だ。
本来なら謁見を済ませ、この街を華麗にスルーし、もう既に出発していてもおかしくない。
しかし謁見どころか、まず門兵から城内への立ち入り許可すら貰えなかったのだ。 つまりは、門前払い。
理由を聞くと――
『とにかく今は入れません、お引き取り下さい』
『先日の武術大会で入賞を? それでも許可出来ません、討伐隊への入隊受付も現在は休止中です』
『それと国王に謁見出来るのは、国王本人から許可を得た者のみです』
――ふざけんな! ってか理由を言え、理由を!
そう言い返そうとしたが、兵士に喧嘩を売るな、と寸前でセフィに止められて。
已むなく登城を諦めたオレ達は対策を練る為、一先ずこの食堂を訪れた、という流れ。
「大体なぁ、許可を貰う為に会いに来たのに…その会うのにまで許可が要るとか、マジ有り得んだろ!?」
「落ち着けレグザ…まぁ、確かにふざけた話だが」
「まっタく! ワタシも同ジ! 腹が立ちマシタ!」
珍しく名前を呼んでくれたセフィ。
そして、これまた珍しく感情を露にするマコの姿。
2人は同意してくれているが、何やら無言を決め込むホヴィンの様子が気になって。
「なぁホヴィン、どう思うよ!?」
「ふむ…城で何かあったのかもしれん」
頬張った肉を飲み込み、腕を組み、険しい面持ちで。
「何かって…例えば?」
「いや想像もつかんが、まず…普段なら許可無しでも謁見は可能な筈だ。 それとさっきの兵士、対応が不自然に感じた。 何か隠してる様な…」
「へぇ…」
鋭い観察力を持ち合わせたホヴィンの言葉。
つまり自然と説得力も生まれる訳で、決して無視は出来ない意見だ。
――さて、どうするか。
「それで、これからどうするの?」
正に考えていた所でアリィに問われて。
冷静に頭を働かせる為、目の前の酒をグイッと飲み干す。 かなり矛盾している行為なのは承知の上で。
「あー…無法地帯ってさ、許可無しじゃ絶対に入れないのか?」
「境界、強力ナ魔法障壁、張られテル。 不法侵入、困難、無許可ノ侵入、大罪、らしイ」
「無法地帯への不法侵入を罰するとか…マジで意味分からん」
「1度正式に踏み入れば、そこで何をしようが裁かれず、何をされようが責任は持てない、という事だろ」
透かさずセフィに指摘され、成程、と納得する。
「あーつまり強行突破じゃ、魔王んトコ行く前に牢屋行きって事か」
言いつつ、チックの方へ冷やかな視線を送る。
元より犯罪者のお前には関係ないだろうが、的な意味を込めて。
それに気付いたのか、これまで大人しかったチックが久々に口を開く。
「あのさぁ隊長…要するに、まず城に入れなきゃ話が進まねぇ~ってこと?」
「そう。 それから王に会って、通行許可貰って、んで無法地帯へGO」
「ふぅ、めんどくさーだねぇ…よし、いっちょ俺が城の様子チェックして来んよ」
「はぁ?」
唐突に何を言い出すのかと、頭に疑問符だらけの一同。
そんな皆を余所に、席を立って離れたチックは、少し歩いた所で向き直る。
「オッサンの言った “城で何かあった説” は俺もさんせーい、だから見て来てやんよ」
「城を!?」
「そ、中までじっくりね。 だから皆さん、ここでお待ちを~では!」
相変わらずの口調と、軽い歩調でそのまま店の外へ。
残された一同は、その姿が街に消えゆくのを窓際席から只々呆然と見送るのみ。
「あいつ…まさか逃げたんじゃ」
「それは無いだろう、ついて来ると言い出したのはヤツだ」
素早いセフィの指摘に、またしても納得させられる。
毎度の事ながら、彼女の一言は非常に頷けるものばかり。 まぁ大して考えずに発言するオレもどうかと思うのだが。
「よく分からんが…放っておいて問題ないと思うか?」
「まぁ城で何らかの問題が発生してるとすりゃあ、チックに様子を探らせるのも悪くねぇな」
「いや捕まるだろ…普通に」
「あいつの職業忘れたか? 潜入なら得意分野だろうぜ」
――あ、忘れてた。
ホヴィンに言われて思い出したが、決して顔には出さず 「まぁね」 的な態度を取っておく。
確かにチックなら、鉄壁の城塞にでも忍び込めそうな気はする。 帰りにドジって捕まりそうなイメージも正直あるが。
「まぁ慣れてそうだし、待ってみるか」
「だね、でも慣れてるって事は…スリ以外にも泥棒とか、色々やってたのかな?」
「お、アリィ鋭い。 よし、戻って来たらたっぷり絞ってやるか」
言ってニヤリと笑い、食べ掛けのステーキに勢い良くフォークを突き刺す。
アハハと笑うアリィに、フフフと笑うマコ、ニンマリほくそ笑むセフィに、ポキポキと指を鳴らすホヴィン。
「いやホヴィン、ここ笑うとこ」
なんて突っ込みつつ、忘れかけていた門兵への苛立ちを思い出す。
完全に足止めを食らってしまったが、一先ずこの場はチックの帰りを待つ事に。 少しの期待を胸に抱いて。
やはり逃げたか、もしくは兵に捕まったのでは。
そんな言葉がチラホラ飛び交う頃、息を切らしたチックが店内に舞い戻った。
期待値は限りなくゼロに近かったのだが、これがまた意外な情報を手土産に。
「行方不明!?」
荒立つ呼吸に混じって飛び出たチックの言葉に、思わず声を張り上げてしまう。
「ほら、水飲め。 追手とか無いだろうな?」
言ってホヴィンに差し出された水を、一気に飲み干すチック。
「ふぅ…いやぁ走った~あ、追手なんか無い無い」
「そりゃ何より、じゃあ詳しく話せ」
「んとね…」
言いつつ席に腰掛け、兵の会話を盗み聞きして得たという、ある事件の概要を語り出す。
要約すると――
マドラス国王の子息、つまり次期国王であるウェイン皇子が行方不明らしく。
まだ幼い皇子は、侍女や側近が目を離した一瞬の隙に消えてしまったんだとか。
現在は全兵総動員で城内の捜索に当たっており、それ故、城の出入りは一切禁止といった状態。
「ホヴィンの言った通りだったな…あの門兵、隠してやがった。 ま、住民にバレたら大変か」
「んだね~外は平和そのものだけど、もう城ん中だけ大騒ぎ」
事情を知ったところで、さて皇子は一体何処へ消えたのか。
水とジュースとコーヒーが並ぶ食卓での、次なる議題はその一点に絞られた。
「皇子となれば身代金目当ての誘拐、なんてのも考えられるが…厳重警備の城に侵入してまで、そんな大それた事するヤツ居ないか、リスク高いし」
「となれば…内部犯行という可能性も」
オレの考えに賛同したのか、続くセフィの深読み発言。
「待て待て、話を膨らませ過ぎだ。 相手は子供だぜ? かくれんぼ気分で身を潜めてるとか充分有り得る」
「ワタシも同感。 広いお城、絶好のカクレんぼスポット」
――かくれんぼスポット…?
ともあれ、ホヴィンやマコの考えも一理あって。
だが幾ら意見を持ち寄ろうと、この場で結論など出る筈もなく。
「ってかさ、トイレに籠もってるだけじゃね? ガキだって下痢もすりゃ便秘もす…むぅぅぅぶぅっ!?」
「口を慎め」
下品な言葉、それがセフィの怒りを買ったらしい。
片手でチックの顎を掴み上げ、その軽口を見事に封じてしまう。
――恐ろしい…が当然の報い。
仮にチックの言う通りだとして、それを全兵挙げて捜索中の国家など、只の馬鹿にしか見えない。
いずれにしても、この全く動けない状況を打破する為に何か妙案を賜りたい、そんな気分。
「うぶ…うぶぶぶぁぁはぁっ!! ふぃぃぃ…痛ぇよジョセたぁん…」
「き、気安く呼ぶな汚らわしい!」
「うっわショック! もう立ち直れねえええええっ!!」
「黙れ喧しい!!」
――いえ、貴女も充分喧しい。
どうやらセフィは、チックの事を相当嫌っているらしい。
まぁ傍から見ていると、これが中々良いコンビに見えたりするのだが。
「あー…痛て。 でさ隊長、皇子くん探してみない?」
「は?」
「だから俺らで見つけてさ、国王様に恩売って~通行許可だけじゃなく、もれなく褒美まで! ってのどう?」
――また馬鹿げた事を…。
チックの提案に誰もが呆れる中、言った本人は急に真顔へ早変わり。
「流石に全員じゃ目立つけど…2~3人なら安全に通れる城への侵入ルート見っけたし。 あ、オッサンはゴツいし鈍いから無理ね」
「お、てめっ! 鈍かねぇよ馬鹿野郎! 俺の華麗な身のこなし見るか、あぁ!? おら表出ろや!」
最年長ホヴィン、ここでまさかのご乱心。
この人が取り乱した場合、止めに入るのはきっとオレの役目。
「落ち着…」
「ホヴィンさん、大人げない」
「あ…う、うむ」
言おうとして、代わりにビシッと決めてくれたのはアリィ。
敢えて視線を逸らし、無気力な表情を見せる事で、ホヴィンへの精神的ダメージを倍増させている。
「…でチック、それ本気で言ってんのか?」
「もち」
「どう考えてもリスクの方が高いと思うんだが?」
「気のせい気のせい。 上手くやれば、この先リッチでスムーズな旅が待ってるぜぃ」
そう軽く言って退けるチックはある意味、大物なのかもしれない。
実際、城に侵入して情報を持ち帰った手柄もあり、その言葉を安易に切り捨てる事はどうにも出来なかった。
「でも…仮に王子様を見つけても、どうやって報告するの?」
ここでズバッと、アリィから鋭い指摘が飛ぶ。
「ちゃーんと考えてあるよん。 皇子くんを説得して、一緒に外へ連れ出して、誘拐されそうだった所を保護した、みたいな感じで門兵さんに報告すりゃ完璧!」
『……』
一同、暫し黙り込む。 まぁ当然だろう。
ちゃんと考えた割に、極めて成功率の低そうな作戦である。
そうは思っても先を急ぐ必要はあって、このままだと一体いつまで待たされるのか分からない、という現実。
色々考えた末、オレは決心する。
「よしやろう、ダメ元で」
「え、レグザ本気!?」
「本気。 でも心配無い、やるとなりゃ身軽なメンバーで臨むから」
驚くアリィに、サラッと言って退ける。
そんなオレは明らかにチックの影響を受けている。
そうして全員に賛同を求めると、これが意外にもあっさりと決定。
足止め状態で、他に手が無いのであれば仕方ない、といった苦渋の決断でもあったろう。
「無茶苦茶な作戦だな…」
「激シく同意…無茶苦茶デス」
後で聞いた話だが、セフィとマコが小声でそんな遣り取りをしていたとか。
作者の頭の中は滅茶苦茶。