第49話 知り過ぎた夜
「あーあ。 仇討ちの旅はここまでか、ショックだ」
「…もっと他に落ち込むところは無いのか?」
カウンター席で肩を並べるエルフィン息子。
先刻の乱闘騒ぎが嘘のように、平和な活気を取り戻した酒場で。
元より鋭い彼の目つきは冷ややかな流し目へと進化を遂げ、オレを睨み付けてくる。
「村の生存者がオレだけってとこ? まぁ分かってたし、別に期待とかしてなかったし。」
「…貴様自身の事だ」
「あーーー…」
そんな事は重々承知で、つまりオレは強がっている。
驚きとか、戸惑いとか、悲しみとか、色んな感情が荒波の如くドワーッと押し寄せて。
公衆の面前で、しかも初対面の男の前で取り乱してしまいそうになり、とにかく誤魔化そうと必死なだけ。
「オレ自身、ね。 魔族と人の混血児で……魔王の後継者ってか?」
「あぁ」
「っなもん信じる訳ねーだろ!?」
「……信じる信じないは貴様の勝手。 それと、別に俺は他者に口外する気も無い。」
――そりゃどうも。
しかし取り敢えず、ここは動揺している場合じゃなく。
入手した情報を冷静に処理すべく、ふと視線を宙に向ける。
まずオレは、村から連れ出してくれた男の名を今日初めて知った。
気絶したままのオレを抱えたライド氏が広場へ戻った時、そこにもう生存者は1人も居らず。
今オレが背負っている大剣は、その場でライド氏が拾っておいてくれた形見の品…という訳。
他にも幾つか分かった事が有る。
お袋の仇敵は、大量生産の飛行型だってこと。
親父の仇敵は、流暢に喋る紫色の獣人だってこと。 但し、それはもう既に親父自身が片付けていた。
身寄りを探り当てたライド氏は、オレと剣を叔父に預け即座に立ち去った。
道中、目覚めたオレがライド氏に 「お前の両親も含め、皆あの世に行った」 とだけ告げられ泣いた記憶がある。
まぁ、僅か7歳の子供に全てを包み隠さず話す訳がない。 …にしても酷な一言だったが。
「でさ、ライドさ…ってか親父さん、元気にしてんのか?」
「…4年程前に死んだ、流行病でな」
「そっか……もう1度会って話したかったが」
話したいというより、生きている内に一言伝えたかった。
過去談に登場した人物はオレ以外、もう誰1人この世に存在しない訳で。
オレを守ってくれた両親やライド氏といった恩人に、もはや礼を言う事も叶わないのだ。
「あ、はっけーん! レーグザ!」
「な…」
不意に届いた、背後からの呼び声。
現時点でオレを呼び捨てにする女は2名考えられるが、この声の主は明らかに小さい方。
「ちょっアリィ!! …なんで来てんだよ…!」
「えと……心配だったから」
言いつつ遠慮がちに近寄って来る、そんなアリィを責めるに責められず。
思わず張り上げた声を窄めてはみたが意味は無く、どう見ても未成年のアリィは店内の注目を集めている。
「ケンカどうなったの? ケガとか無い?」
「問題無し、騒ぎも治まった。 でも別の騒ぎが起きない内に店出るぞ、ほら」
アリィの背中をポンと押し、金を支払い席を立つ。
話にも区切りが付いた故、酒盛りタイムはこれにて終了とした。
ぶっちゃけ、男だらけの空間から一刻も早くアリィを遠ざけたいのと、このまま1人で帰らせる訳にもいかないってのが本音。
「色々と教えてくれてサンキュ、えっと…コーディ君?」
「君を付けるな……コーディルだ、コーディル=エルフィン」
吐き捨て、またもや睨みを利かせてくる。
店主からはコーディと呼ばれていたが、確かにどう考えても 「ル」 は余計だと思う。
「了解、コーディ…ルね、覚えとく。 じゃ元気でな、また何処かで」
言って軽く手を挙げてみるが、クールな彼は無反応。
そんな遣り取りを不思議そうに見つめるアリィの手を引き、いよいよ酒場とオサラバする。
最初いざこざはあったものの、情報料と感謝の意も込め、店主には彼の分の酒代も支払っておいた。
金額に少々色も付けておいたオレは、常識を弁えた立派な大人と言えるだろう。
――とか自分で思ってる時点で…やっぱオレってガキっぽい。
「ねぇねぇ、さっきの人って誰?」
「ん、あそこで知り合った客」
今夜2度目となる、アリィとの帰路。
酔いのせいか若干瞼は重かったが、頬に当たる夜風がイイ眠気覚まし。
「そういえば剣2本差してたし、双剣使いかも」
「ふーん、ちょっと格好良いけど目つきが怖かったね」
「お、あんなのが好みか?」
「ぜーんぜん。 年上過ぎるし、無愛想だし、興味なーい」
別に気になった訳じゃないが、アルコールの威力に後押しされて。
「またまた、イケメンに弱いんだろ?」
「はぁ? バカみたい、私は客観的な意見を言っただけ」
「ほぉほぉ」
「な、なによ~!」
セフィを茶化すのは命懸けだが、アリィを茶化すのは正直楽しい。
最近は彼女の魔法を見ていないせいか、恐怖が半減している…というか麻痺しているだけか。
「別に。 ま、アリィはオレ一筋だしな」
「ふえっ!!!?」
――うおっ。
夜道に轟くアリィの奇声。
と同時に立ち止まり、その場から一歩も動かない。
近隣の住民も飛び出して来そうな程の声量だったが、まぁ盛りのついたネコの鳴き声に聞こえなくもない。
「な、何だよ」
「…知ってたんだ」
「へ?」
「気付いてたんだ……私の気持ち」
言って俯くアリィからは、何やら只ならぬ雰囲気が。
直後、あの過剰な反応が示す意味を漸く理解し、漂う眠気を完全に吹っ飛ばされてしまう。
「いや、悪い、なんだ、その…ほら、だから、な?」
ここでまさか冗談とは言えない。 それ位の常識はオレにだって有る。
――落ち着け、落ち着け、どう答えるべきだ、考えろ、考えろ、考えるんだ。
「な、何となく…な」
「…そうなんだ」
頭をフル回転させた結果がこの台詞。
この場合に不正解なんて在るのか知らないが、どう考えても正解とは思えない。
「ごめんね……迷惑…だよね?」
何だろう、この異常な可愛らしさは。
これが本当にアリィかと疑う程で、こっちも思わず意識してしまい、しかし尚も混乱は続く。
「め、迷惑な訳あるか、どんと来いだ」
――何言ってんだオレ…。
人は限界まで動揺すると、後先考える余裕も無く、実に意味不明な言葉を発してしまうらしい。
「…ホントに? じゃあ……レグザは今好きな人…」
「ま待て、待つんだ、この話の続きは今度にしよう、ほ、ほらもう宿に着くし」
「あ、うん」
両者の足は止まっていたが、宿はすぐ目の前…でもないが、ほんの50メートル程先。
――宿さま神さま仏さま、あとオレの歩行速度と歩幅よ、アリガトウ、全てに感謝シマス。
そうして何とか帰還を果たすと、すぐさま2階へ駆け上がる。
階段に近い女部屋、そのドアへ手を伸ばしたアリィに、本日最後の言葉を掛けておく。
「もう遅いしサッサと寝ろよ、明…」
「明日は早いから夜更かし禁止、でしょ?」
「あ、あぁ」
見透かされ、それ以上何も言えなくて。
「おやすみ、レグザ」
「あぁ、おやすみ」
意外にもあっさりとした言葉を残し、静かにドアを開くアリィ。
パタン、と閉ざされたドアの前。
立ち尽くすオレは、脳内で彼女の真意を探ってみたり。
最後は単に機嫌が良かったのか、まさか仕返しにオレをからかっていたのか、女心というのは全く読めない。
絶対不明な答えなど追求するだけ無駄と、一部思考を止め、むさ苦しい巣穴へ戻る事に。
隣室のドアノブを掴んだオレは、ふとその腕に目を遣った。
利き腕である右手には常に、革製の丈夫な手袋を付けている。 まぁ超重武器を扱う戦士の云わば常識だが、実はもう1つ理由がある。
右手の甲には、故郷を去って以来誰にも見せた事の無い模様が刻まれている。
それは飽くまで 「紋章」 ではなく 「模様」 だと、ここで改めて自分に言い聞かせておく。
ソッと開いたドアの向こうに闇を確認し、そこで漸く全ての思考を止めたオレ。
剣を下ろし、靴を脱ぎ、その身をベッドに捧げようとも、やはり手袋だけは外さない。