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第48話 キュスリーの惨劇 【後編】

「私も手を貸そう」


広場に残った村長に申し出た1人の男。

彼は2日前から滞在中の流浪人で、ライド=エルフィンと名乗る剣士だった。


「し、しかし…」 

「世話になった恩があるのと、魔物共が私の匂いを辿って来た可能性もある……ともあれ、助太刀させて頂くのは当然の事。」

「助かりますわい、かたじけ……な…」


そこで言葉を詰まらせ、何故かフラつく村長。

次の瞬間、ライドは村長の背中から吹き出る大量の血を目撃した。


「なっ…村長!! き、貴様っ…何者!!」


不意に斬り付けられた村長が血の海に沈む。

その背後に居たのは、頭に一角を生やし、2本足で立つ、トカゲの如き顔を持った全身紫色の野獣。


「…これが村長? 最後まで残すべきだったか……仕方無い、お前に聞こう」


明らかに人外、しかし淀みない弁舌。

1歩また1歩と詰め寄る異形の者に、ライドの右手は透かさず剣へ。

一瞬抜くのを躊躇った理由は、只ならぬ覇気に気圧された故。 加えて、恐怖よりも寧ろ驚愕で満ちた自我への戸惑い。

過去に何度か獣人系の魔物と対峙した事はあったが、これ程まで流暢に話す者など居なかったのだ。


「…くっ!」

「おっと」


相手が間合いに踏み入った瞬間、ライドは反射的に剣を抜いていた。

首を斬り落とすつもりで真横に走らせた斬道だったが、瞬時に後ろへ1歩引いた野獣は恐ろしく俊敏だった。


「人間にしては早いが、やはり遅い」

「…この村に何用だ! よくも村長を!!」

「ん……他に血の気の多かった連中も向こうで倒れているが? …まぁ、その血も地面に撒き散らしてりゃ意味無いがなぁ!? ケハハハハハハ!!!」


落ち着いた物腰から一転、本来の凶暴性を覗かせる野獣。

だがそれよりも寧ろ、ライドはその発言内容を聞いて青ざめる。

武器を取り援軍に向かった村人達は、既に野獣の手に落ちていたのだ。


「くっ…! では…魔物共は貴様の差し金か!!」

「ククク、まぁそっちの方は手強い男に邪魔立てされているが……それから用件、この村の子供を引き取りに来た」

「!?」

「手の甲に紋章のある黒髪の男児だ、居るだろう?」


それが誰の事を指しているのか、ライドは瞬時に理解した。

紋章については知らずとも、滞在中に全ての村人と顔を合わせ、その中で黒髪の人物は1人しか居なかったのだ。


「出せ、今すぐ」

「…子供を攫ってどうする気だ」

「攫う? 言った筈だ、引き取りに来たと。 その子供は由緒正しき魔族の血を引く魔王様のお子である、と同時に正統なる後継者」

「ば、バカな……出鱈目を言うな!!」


言って再び剣を振るうライド。

しかし、今度はその刃先をいとも簡単に、指2本で受けられてしまう。


「隠すなら探すまで……お前も殺してやろうかぁっ!!?」


醜い顔を更に強張らせ、脅しをかける野獣。

自慢の太刀筋をあっさりと見切られ、凄まじい殺気に圧倒されて。

ここで初めて恐怖を感じたライドは、止められた剣を渾身の力で薙ぎ払い、1歩後ろへ。


「もし、その話が本当なら…何故この村に住んでいる! 魔族なら何故、人の姿をしている!!」

「…魔族と人間の混血児だから。 混血児が元より備わった力を引き出す上で、魔の精神のみでは完全な王になれぬ……故に、まず幼少の内に人の精神を学ぶべく、今から7年前に適当な人里へ放たれた…赤子の状態でな。 どうだ、理解出来たか人間」


理には敵っていたが、その答えをライドは聞き流した。

何故なら、野獣の背後に迫る男の姿を視界に捉えていたから。


「だぁまれ化け物おおおおっ!!!」


直後、ビュッ、と空を斬った一閃。

不意に背後から斬り掛かったのはグレン。

しかし、素早く反応した相手はヒョイと飛び跳ね難を逃れる。

足音、気配、叫び、剥き出しの殺気、それら全てが不意打ち失敗の要因となったのは明確。


「グレン殿……すまぬ、村長も奴に…!」


ライドの言葉に、着地後すぐさま敵の方を向き直したグレンは目も合わさぬまま。


「…悪いがライドさん、アンタに頼みがある。 地上型の魔物は全て片付いたが、逃した飛行型のヤツらが海岸の方へ飛び去った。 まさかとは思うが…様子を見に行っちゃくれねぇか?」

「それは構わぬが…グレン殿、その傷でまさか」

「コイツは強い、放っておいたら女子供まで皆殺しだ…オレが引き受ける」


言って大剣を掲げ、上段の構えを取るグレン。 

手傷を負った身体で、尚且つ1人で立ち向かうなど余りにも無謀な行為。

そう諭したい気持ちを抑えたライドは、家族や残った村人の身を案ずる彼の頼みを聞き届ける事を優先した。


「…よいか! 決して倒そうと思うな! 私が戻るまで持ち堪えろ!!」


吐き捨て、ライドは駆け出す。 南の海岸へ向けて。

告げた本人は返事を待たず立ち去ったが、グレンは決して承知せず、決して1つも頷いてはいなかった。






広場を離れて数分。

海岸に着いたライドは、そこで余りにも無残な光景を見た。


浜辺に横たわる人々と、赤い斑点を残した砂浜。

更に近付いて分かったのが、倒れた婦人や子供の周囲に広がる真っ赤な砂の絨毯。


――遅かった…!!


「……ぅ……こ…っ……ち……」


とても生存者が居るとは思えぬ惨状の中、波音に紛れて確かに聞こえた声。

透かさず声の主を探り当てたライドは傍まで駆け寄り、それがグレンの妻だと認識する。


「…よ…かった………どうか……この…子を……おねが…い……し…ま…」

「あ…おい、しっかりするんだ! ティリア殿!!」


衣服を真っ赤に染めた彼女は、守る様に抱えていた子供をライドへ差し出した。

同じく血だらけの衣服を纏った少年は目を閉じており、即座に口元へ耳を当てたライドは彼が生きている事を確認し、胸を撫で下ろす。


しかし次の瞬間。

微かな笑みを浮かべたティリアは安堵の息を漏らし、その瞼を閉じてしまう。 


「ティリア殿!!! ―――!! ―――!」


ライドは何度も呼び掛け、生死を確かめた末、ギュッと唇を噛む。

自分がもう少し早く着いていれば救えたのか。 過ぎた事を悔みつつ、ティリアの亡骸に視線を落とし想いに耽る。


あの時――

初太刀におけるグレンの動揺ぶりは、息子の素姓を明かされた故のもの、と見て間違いない。

つまり、野獣の言葉が真実である事を意味している。 根も葉もない戯言なのであれば、真に受ける事も無く聞き捨てれば良いのだ。


聞かされた重荷はあるものの、幼子を魔族扱いする気など毛頭無く、ただ悪の手に染まらぬ事を祈るのみ。


否。 悪の手が伸びぬ場所へ逃がす事、それが自分の役目だと心に決める。

そして、父親だけは無事であってほしいと切に願うライドは、黒髪の少年を抱え、村への道を引き返すのだった。




その頃――

野獣と交戦中のグレンは、もう既に満身創痍だった。

相手の巧みな戦闘術を目の当たりにし、正に成す術が無いといった状況。


恐るべき怪力と俊敏性から繰り出される、両の爪を武器とした一流の体術。

対しこちらは超重武器。 速度の面では圧倒的に不利な上、腕力に関しても並みの人間に対応出来るレベルでは無かった。


しかし、己の死期を悟るよりも早く、グレンは覚悟を決めていた。

別格の強さを誇る怪物を前に、もはやこの命を捨てて挑むしか道は無いと。


――許せ  レグザ――


「…あの子は……オレの息子だ」

「ん、そうか…お前が育てたか、役目ご苦労。 では死ぬ前に居場所を吐いてもら…」

「断る!!! 断じて何者にも渡さんっ!!!!!」


瞬間、地を蹴り、空を裂き、間合いを超越する。

凄まじい程の殺気を放ったグレンは、鬼神の如き形相で刹那の突進術を繰り出す。


――いつか全てを知った時  どうか父さん達を恨まないでくれ――


それは正に捨て身の猛攻。

不可避の速攻で懐へ飛び込み、衝突の瞬間、剣を最大限に引き戻し、敵の一撃を食らうと同時に全力で薙ぎ払う。


――拾い子故に血の繋がりは無いが  お前は父さんと母さんの息子だ――


攻防は一瞬。

決着もまた一瞬。

もはや両者の時間は止まっていた。


一方は、鋭い爪を矛先とした腕によって腹部を貫かれ。

一方は、巨大な剣によって胴体を真っ二つに斬り裂かれ。

勝敗は確実で、それは同時に、双方の最期を確実なものとしていた。


――生きろ  そして忘れるな  絆に勝るものは  無い――


ほぼ同時に倒れた両者は、同じ場所で、赤と青の血を交えて息を引き取った。

上下2つに切り離された野獣は、紫色に変化した血の海に、その紫の身体を徐々に同化させていった。



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