第46話 とある剣士の打ち明け話
夜も更け、次第に静寂で染まりゆく街の装い。
そんな中で異様に騒がしいのが、このイーファ唯一の酒場。
「うっわ~暴れてる暴れてる」
「店主は何してんだ? 保安兵は来ねーのか?」
「誰か呼びに行ってっけど、これ15人ぐらい居るし…止めんの無理じゃね?」
周囲に群がる連中は実に呑気なもので。
他にも色々言っているが、口を動かす暇があるなら体を動かせと。
そんな人混みを掻き分け突き進む。
ふと目を遣った店内に、外から丸見えの場所で絡み合う男達の姿が。
人と酒が集うこの場所で、引き金となる行動を誰かが起こせば、比較的こういった騒動には発展し易い。
――でもさ、いい大人が恥ずかしくないのか?
「さてと…」
寸前で立ち止まり、軽く中の様子を窺った上で足を踏み入れる。
乱闘には大きく分けて2パターンあり、複数の団体が衝突している場合と、誰かれ構わずの個人戦といった場合だ。
今回の場合、おそらくだが後者と思われる。 仲裁に入る身としては面倒な方でもあり、手間賃でも欲しいところ。
「はいストップ」
ベシッ、と。
手始めに2名の首筋に素早い手刀を浴びせる。
入口脇の窓際で、見物人に痴態を見せ付けていた馬鹿なオッサン共だ。
少々荒っぽい方法だが、酔っ払い相手にはコレが最善最速の手段。
2人の気絶を確認した上で店内を見渡し、暴徒以外の客が既に退避済みという事を確認。
――店主は何処だ……この中に混じってたら笑……えない。
「おい! お前ら全員客か!? 客だな!? 覚悟は良いか!!」
「うっせぇ黙れコラァ!!」
念の為に問い掛けてはみたが、そんな罵声を浴びたのみ。
それ以外にはオレの声など届いておらず、これは仕方ない…と溜め息を1つ。
丸型テーブルの卓上、カウンター付近、店の隅、と各所で揉み合う客の位置と動きを把握する。
全ターゲットにロック・オン的な意味で。
時間にして数秒――
華麗に、鮮やかに、しかし確実に首筋を狙った手刀で次々と暴徒を沈めていく。
中には戦士っぽいのも混じっていたが、その殆どが一般市民。
だからって別に罪悪感は無く、更なる醜態を晒す前に止めてやった事を寧ろ感謝して貰いたい。
争いの発端とか、原因とか、事情とか全く興味無いし、どうせ些細な事だろうし。
「…ふぅ」
全員を寝かし付けると、打って変わって静まり返る店内。
だが、この場に残っても店主が不在では肝心の酒に有り付けない。
かと言って、カウンター内の商品を勝手に頂戴する訳にもいかない。 強盗じゃあるまいし。
…という事で。
店主の居所を掴むべく、一度外へ。
「ん?」
丁度その時、入口付近で鉢合わせしたのは1人の男。
「マスター…じゃないか」
そうと分かった理由は、ごく単純なもの。
両の腰に2本の剣を下げたイケメンで、どう見ても只の剣士。
「えーっと……あんたさ、マスターの顔とか知ってる? まさかこの中の誰かって事ないよな?」
「……」
取り敢えず尋ねてみたが、返答は無し。
男は入口を塞ぐように仁王立ちで、鋭い目つきで睨みを利かせてくるのみ。
「…暴漢か」
「え?」
低くハスキーな声で返ってきたのは、およそ期待外れな言葉。
今の酒場に入って来たという事は、既に状況を理解している筈で。
「暴漢って…あぁ、止めるのに全員気絶させ……んがっ!」
瞬間、不意に飛び掛かって来た男。
余りに唐突な行動で、その素早い動きに全く対応出来なかったオレは、意味も分からぬまま床に倒されてしまう。
「大人しくしろ」
「ちょ…待てこら! な、何すんだ…!」
うつ伏せ状態で後ろ手に押さえ付けられて。
正に一瞬で自由を奪われてしまったが、如何に不意打ちでもコレは有り得ない程の屈辱。
束縛を逃れ反撃に転じようと足掻きつつ、こんな状況に陥った理由の方が気になって。
「おい退けろ! オレが何したってんだ!?」
「保安所に引き渡す」
「はぁ!?」
勘違いも良いところ。
この男、完全にオレを暴漢だと思い込んでいるらしい。
「外の連中に聞けよバカ! 乱闘騒ぎがあって止めたんだよ! オ・レ・がっ!!」
「……」
結局――
当然、すぐにオレの疑いは晴れて。
駆け付けた保安兵に連行されたのは、総勢14名の酔っ払い。
その保安兵を連れて来たのが店主で、ともあれ騒動は幕を閉じ、酒にも有り付けて一件落着といったところ。
但し、オレの怒りはヒートアップ中。
「お前さぁ……悪かったな、とか……お詫びに一杯奢るぜ、とか……何か言うこと無いのか?」
「……消えろ」
「っのヤロ…!」
「まぁまぁ兄ちゃん! 世話んなったし、今夜は俺がご馳走するからよ!」
カウンターの向こうから宥めてくる店主。
憎き男に詰め寄るオレが、謝罪の意を示せと訴え続けるこの状況。
しつこく食い下がる自身をウザったくも感じるが、床に頬を擦り付けられた怒りはそう簡単に治まらない。
「…あの状況で怪しい大剣持ちを見掛ければ……誰でも取り押さえる」
「怪しくねぇよ! ってか、単にお前の早とちりだろが!」
「まぁまぁまぁ! おいコーディ、お前が最初っから素直に詫びりゃ済むこった。 無愛想に加えて無作法じゃ、完璧に救いようがねぇぞ?」
本人を目の前に、店主の容赦ない毒舌が牙を剥く。
成程そうゆう男なのかと理解し、この場は許すべきかと考えてみたり。
このコーディとやら、明らかにオレよりも年上で、あの動きから察するに相当な腕の持ち主だろう。
その割、意地でも自分の非を認めない様子から、かなりの負けず嫌いと見た。 となれば、無駄にプライドの高い捻くれ者という面倒なタイプかもしれない。
何より気取った態度が気に食わないが、ここで性格分析しても仕方が無い。
まず、相手が大人げないヤツだと割り切ってしまえば随分と楽になる。
『剣士としての振舞い』
セフィから学んだ心得だが、最終的にはそれが怒りを鎮めるのに一役買ってくれた。
「スゥーーーハァーーー……よし、遠慮無くご馳走になるよマスター。 でさ、ちょっと聞きたい事が…」
言いつつ、キザ男から離れた位置のカウンター席に移動する。
冷静を取り戻すと酒場での恒例行事を思い出し、脳内を情報収集へと切り替えた。
「エクシナ共和国のキュスリー村って知ってる? そこに住んでたグレン=ウィンツバーグって剣士、知らない?」
唐突に切り出し、一遍に言い切るのがオレ流の質問形式。
そして、この問いに対する相手の反応はいつも似たような感じ。
「そりゃエクシナは知ってるが、村や住民の名前までは知らねぇな……その剣士ってのは有名なのかい?」
「…いや、知らないなら良いんだ。」
毎度の事ながら、親父に関する情報は引き出せない。
それなりに名の通った剣豪だった筈が、名前は勿論、住んでいた村や彼の最期を知る者にも全く出会えない。
――意外と地味な活動してたのかなぁ……現役時代の親父って。
「おい」
ぼんやりと天を仰ぎながら、その呼び声を聞いた。
認めたくはないが、それは紛れも無くあのハスキーボイス。
「あぁ?」
「貴様……まさかレグザ=ウィンツバーグか?」
「…むっ!?」
はいそうです、なんて思わず言いそうになったり。
どうやら先程の質問を盗み聞きしていたらしいが、オレ自身は名乗った覚えが無い。
このキザ男、さては何か知っているに違いない。 親父の事も。
「おい、何を知ってる!?」
「………やはりそうか」
「だったら何だよ! 何を知ってる!?」
「……魔物に襲われたキュスリー村から貴様を連れ出したのは………俺の親父だ」
「!!」
正に衝撃的だった。
仇敵を探す上で、故郷が魔物に滅ぼされた事は敢えて包み隠していた。 真実を見極める為に。
それを知っているとすれば、両親や村人が殺される最中、幼少のオレを叔父の元へ送り届けてくれた人物只1人。
この男が知っているという事は、口走った言葉も嘘ではない証拠。
「ちょ…来いっ!! あーーマスター悪い、あっち行ってて!」
咄嗟に店主を追い払い、男の腕をグイッと掴むと、隅のカウンター席へ。
そうして心の準備を整えると、静かに、しかし過多の吐息と共に、その質問を吐き出す。
「お前……親父さんから聞いてないか? オレの両親を殺したのって……どんなヤツだ?」
人か魔物か、問題はそこじゃない。
オレが知りたいのは相手が大量生産品か、唯一無二の存在か、その一点のみ。
「…その前に、受け入れる覚悟はあるか? 全ての事実を……知る勇気はあるか?」
意味深な口振りで確認してくるキザ男。
大きく1つ頷き、逸る気持ちを抑えて次の言葉を待つ。
この夜、オレは自らの過去を知る。
それは己の人生観を根底から覆してしまう程の、正に驚愕の事実だった。