第45話 いざ、酒場へ
広大な平原にポツンと存在する町イーファ。
ノルディーから首都を目指す際に立ち寄れる唯一の休憩ポイントだ。
この国は中心部へ向かうにつれ森林地帯が激減するらしく。
ここから更に荒野を抜け、その先に広がる草原地帯を超えて漸く首都に至る。
その道中を一切の魔物と遭遇する事なく、安全に行き来できるのがキングロードという訳だ。
因みに 「癒しの町」 という呼び名は、旅人達がそう呼び始めた事から付いたらしい。
広さではミクサの町にも劣るが、多くの宿が軒を連ね、武器・防具・道具等の基本的な商店も建ち並び、酒場だってちゃんと在る。
で、現在――
オレは、ある女子と2人きりで夜の街を散歩している。
妙な雰囲気に戸惑う反面、不思議と落ち着くような、懐かしいような、何とも複雑な心境で。
サッサと寝るつもりが、何故こんな状況下にあるのか。 記憶を溯り、責めるべき相手を探ってみる。
――あぁ、部屋を出たオレのせいか……。
イーファ到着後すぐ、御者がオススメ宿とやらを紹介してくれて。
迷わず向かったオレ達は、その外観と料金から今夜の寝床をその宿と決めた。
手早くチェックインを済ませると、素泊まり恒例の美味い料理屋探しに出向いて。
因みに…宿や料理屋などは全面的にペット禁止なので、珍獣は常時アリィのリュックに押し込まれていた。
当然バレれば追い出されるだろうが、それよりも騒ぎになった時が厄介だ。
夕食後は一先ず宿に戻り、そこからは自由行動とした。
各々やりたい事があるだろうと思ってそう告げた次第だが、自然と口走っていた自分に正直驚いた。
それに加えて――
「外出する時は誰かに一声掛けてから。 あと、明日は早いから夜更かし禁止。 それと、女子1人で出歩くのも禁止」
…なんて色々と付け加えたり。
もはや完全にリーダー気取り。 駄目だオレ、早く何とかしないと。
因みに、今回も男女2部屋に分かれての宿泊。
6人部屋が無いって理由もあるが、それが普通だし、暗黙のルールだし、常識的な振り分け方。
そういえば、まだアリィと2人の頃は同室で宿泊したが、考えてみればアレは非常にマズかった。 まぁ今更過ぎるが。
で、これが初となる男との相部屋。 だが、どうにも落ち着かなかった。
やたら女子の話題を振ってくるチックに、1人黙々と筋トレに耽るホヴィン。 女を批評するような雑談には興味が無いし、気が散って寝るに寝れないし。
そんな中、遂に酒場へ行こうと決めたオレの判断が、後に思わぬ展開を招く事に。
部屋を出て階下のフロントまで来たオレは、そこで意外な物を視界に捉えた。
ロビーに並ぶソファの1つから覗く金色の後頭部。 紛れもない、それはアリィの頭だった。
声を掛けてみると、これまた想定外の答えを聞く羽目に。
オレが通る事を願っていたとか、首を長くして待っていたとか、2人で外を歩きたいとか。
自室に戻る気にもなれず、そんなアリィを連れて夜の街に繰り出したのが十数分前のこと。
「ねぇ、レグザってどっち派?」
「あ?」
夜道の散歩。 場所は閑静な宿屋街。 目的地は特に無い。
不意に聞かれて、何の事か分からず即座に聞き返す。
「だから~年上が好み? 年下が好み?」
「何だその質問……んーー…まぁ、どっちかって言えば年下…」
真面目に答えるオレもどうかと思うのだが。
聞いたアリィは暫し黙り込み、答えに対する反応も周囲の暗さでよく見えない。
「ったく、何聞いてんだよ」
「んーとねぇ…じゃあ背は高い方が好き? 小柄な方が好き?」
――うわ、くっだらね。
本当につまらない質問だし、意図が全く見えてこない。
「チビじゃなきゃ何でも良い」
言って、闇に包まれた相手の顔を横目でチラッと。
丁度そこで街燈に照らされ、アリィの表情が薄っすらと浮かび上がった。
イジけているのか、怒っているのか、しかし確実に口角は下がっていて、その小さな口を尖らせている。
「冗談だって、まぁ…女の良さは歳や外見なんかじゃ決まらない」
「ぅぁぁぁ…ぁぁ」
「な、何だよ」
「…カッコ良い」
確かに少々キザな台詞だったが、まさかの直球過ぎる反応。
それ以降、俯き加減のアリィとオレの間に微妙な空気が流れたのは言うまでもなく。
この絶対沈黙時間をどう抜け出すべきか、色々と考えている内に商店街の灯りがチラホラと。
いつの間にか町の反対側に在るショップ街まで来ていたようで、この町の狭さを実感する。
まだ時間が早いせいか人通りは多く、怪しい店なども一応見当たらない。
「…まだ開いてるみたいだし、道具屋でも覗いてくか?」
「う、うん…あ、でも…レグザが帰りたいなら別にそれでも良いよ?」
「いや、もうちょい夜風に当たるのも悪くない」
その言葉には嘘偽り一片も無い。
だが、アリィの方がそれを望んでいる様にも見えて、咄嗟に出てきた言葉でもあったり。
夜風に云々…なんて言っておきながら、アリィを連れて入った店舗タイプの道具屋。
店内を2人で物色する中、言い回しを間違えた事を後悔しているオレ。
「あ、この塗り薬、これ凄く効くし安いよ」
「…そうなのか、よし買っとこう」
手に取ったのは、オススメ商品との表示が付いた傷薬。
それ以外にも、アリィの知識を参考に幾つか役立ちそうなアイテムを購入しておいた。
1人旅の時もそうだが、これまで補助アイテムに頼った事が余り無い。
戦闘時において便利な物も色々とあるらしいが、把握するのが面倒だったオレは完全ノータッチ。
意外にもアリィが詳しい様なので、この先のアイテム管理は彼女に一任しようと思う。
「そろそろ帰ろう、明日は早い」
「うん、すっかり買い物しちゃったね」
店を後にし、来た道を引き返す。
そういえば大した会話もせず終いだが、これがアリィの望みだったのか。 2人きりになる為に待つ位だから、何か大事な話でもあるのかと思っていたのだが。
そんな事を考えつつ、ピタリと寄り添うアリィの横顔をこっそり窺う。
――あれ、微笑んでる…?
そうして宿まであと少しという所で、何やら前方から走って来る数人の男を視認。
全力疾走って訳でもなく、逃げている様子もないので、少々気になったオレはその内の1人を呼び止めてみる事に。
「おい、何かあったのか?」
「え!? あぁ、酒場で喧嘩が押っ始まったらしい! 他の客も巻き込んで乱闘状態だってよ!」
それだけ言い残し、走り去って行く若い男。
他の連中は既に遥か後方に消えていて、どうやら只の野次馬だと理解。
「ふむ、行くか」
「え…行くの!?」
「宿はすぐそこだ。 お前はもう帰って寝ろ、いいな?」
言ってアリィの背中をポンと押す。
別に野次馬精神が宿った訳じゃなく、喧嘩にはそれ相応の仲裁役が求められる。
しかも乱闘なんて余計に見過ごせない。 というか、酒を飲みたい。 実はそれが本音。
酒場の場所は未確認、故に若人の後を追う。
颯爽と登場し、鮮やかに乱闘を止め、美味い酒を飲む。
脳内で完璧な予定を組み立てるオレに、この後の予測不可能な展開を読める筈が無かった。