第43話 その少女、宿命を背負って
「魔法で全快!? じゃあオレ等は無駄足…いや、まぁマコのお袋さんを救えたか…ふむ」
文句を吐きかけ、否定した末に納得、そして自己完結。
何とも言えない虚しさと、持ち帰った薬が無駄になった事への不満は少々残るのだが。
ノルディーには午前中に到着。
その足で診療所へ向かったオレ達は、留守中に起こっていた騒動の詳細を、まさかのセフィから聞く事になった。
魔物の大群を殲滅させ、町を救ったという謎の魔道士。
彼女に傷を治してもらったセフィは、オレ達の帰りを昨日から病室で待っていたらしく。
そのセフィから事情を全て聞いたオレは、次に巨鳥や薬やマコについてを端的に話しておいた。
「傷を癒す魔法なんて信じらんない……でも、実際ジョセの傷は治ってるしなぁ……」
「まぁ世界は広い、深く考えるなってアリィ。 とにかくセフィも町も無事で良かった。」
互いの経緯を報告し合った結果――
アリィは、名も名乗らず去って行ったという魔道士の素姓が気になる様子。
ホヴィンは真っ先に家族の身を案じていたが、街に被害は無いと聞き、今は胸を撫で下ろしている。
マコは事前に占いで 「東に危機有り」 と予知していたらしく、今は部屋の隅で水晶玉と向き合い、新たな危機が無いかを探ってくれている。
セフィに関しては……実は再会直後に一悶着あって。
初見のワンダを透かさず魔物と判断し、剣を向けてきたセフィをオレが必死で食い止めた。
しかし未だ納得いかない様子で、彼女の気持ちはよく分かるのだが、どうにか理解して欲しいと説得の真っ最中。
「…あ、そうだセフィ! 話に出てきた盗賊は?」
「あぁ…今は外に括り付けてある、逃げないようにな」
「犬扱いだな…保安所に引き渡さないのか?」
「そうするつもりだったが、お前に任せる」
「は? 何でオレ?」
「…魔物を1匹仕留めた上で、頼みがあるらしい。 私は反対だが、決定権はお前にある」
見事、話題の転換に成功。
しかし何やら厄介事が増えてしまったようで。
どんな頼みかは本人から聞けと言うので、オレは渋々その盗賊に会う事を決めた。
何だか纏まりのない仲間達を残し、1人病室を後にする。
診療所の裏に生えた巨木、そこに縄で繋がれた例の小柄な男の姿が見えて。
「お! おま…いや、アンタさ! オレも仲間にしてくれよ!」
「あぁ?」
「姉ちゃんから聞いてない!? 魔物退治には協力したし、後はアンタに許可もらえってさ!」
――決定権はお前にある、ね…。
セフィの言葉を思い出し、何とも言えない悪寒が走った。
まず盗賊を仲間にするなど有り得ない事だが、それよりも決定権がオレにあるという意見が気に食わない。
「断る。 犯罪者と慣れ合う趣味は無い」
「ちょ、そりゃ無いって~! 違うんだ聞いてくれよ! アンタらの旅の目的を聞いて、俺も手を貸そうって思ったんだ! つまりさ、罪を償う旅って訳!」
過酷な旅で罪が償えるのなら、保安所も牢獄も必要ない。
大体、いつ逃げ出すかも分からない上に、こんな軟弱そうな男など足手纏い以外の何者でもなく。
「よく聞け。 セフィは反対らしいし、オレも反対だ。 因みに、オレに決定権は無い…以上」
「うっそぉーーーん!!」
決定権はオレに無い。 これは一種の意地。
これ以上の会話を避ける為、木に結び付けてあった縄を解き、男を診療所内に引っ張って行く。
オレの独断で決めてしまうと、益々リーダー色が濃くなってしまう。 ここは皆に会わせ、多数決で決めてしまおうと考えた。
「みんな、ちょっと聞いてくれ」
その呼び掛けで、病室内全ての目が自分に注がれる。
「こいつ、ジステアで捕らえた盗賊。 スリ常習犯の上、魔物騒動に乗じて脱獄して来た。 きっと余罪も色々と…」
「ちょちょっ…無い無い! 余罪なんて無い!! ってか功績も伝えて! 功績もっ!」
「…えーっと、この町に押し寄せた魔物を1匹だけ倒したらしい…以上」
「ちょっ、おい!! そこあっさり!? しかもなんか小声じゃね!?」
個人的な感情が多々含まれているのだから、それは当然だろう。
満場一致となる事を期待しながら、遂にその内容を皆に告げる。
「で、そんな男が仲間にしてほしいと言ってる。 じゃ…まず賛成の人、挙手よろしく」
結果――
賛成は0人。 反対はアリィとセフィ、そこにオレも含めた3人。
多数決的にはこれで決定だが、気になるのは残り2人の意見。
「ホヴィン、マコ…どっち?」
「俺は別にどっちでも構わねぇよ、隊長に任せるわ」
「ワタシも、同ジ」
まさかの中立意見と思いきや、いつの間にやら隊長扱い、しかもオレ任せときた。
何とも腑に落ちないが、ともあれ全員の意見は聞く事が出来た。 しかし、ここで予想外の出来事に見舞われる。
「キュウ」
「うわ!! こ、これ何っ!? わっちょちょっ…!」
アリィの元を離れたワンダが、盗賊の肩にヒョコっと飛び移ったのだ。
それだけでなく、顔をペロペロと舐め回し、遂にはその場所で落ち着いてしまい。
「なぁアリィ、これ…ワンダの意思表示か?」
「うーん…多分。 気に入っちゃったみたい…だね」
「…賛成…ってか」
何というか、かなり複雑な心境。
しかも場の空気が 「もう仲間にしちゃえば?」 的なモノに変わりつつあり、反対意見だった筈のアリィも例外ではなかった。
そんな中、唯一セフィだけが鋭い視線を飛ばしてくる。 どうやら断固として反対らしい。
ここで自分の判断が迂闊だった事に気付く。
まだ会って1日や2日のメンバーもいる中で、多数決という方法は余りに危険だ。
満場一致を得られなければ、少数派が不満を溜め込むなんて事も大いに有り得る。
しかし自分が作り上げてしまったこの状況。 誰も不満を抱えぬよう、良い解決策を見出さねばならない。
思案の末に、辿り着いた1つの答え。
「悪い、さっきの多数決は無し。 ワンダが気に入ってるみたいだし、取り敢えず連れて行く。 もし足手纏いになったり、何か問題が生じるようなら保安所へ引き渡す。 つまり保留って事で、OK?」
言うと、疎らなタイミングで首を縦に振る面々。
全員の了承を得られた事にホッとしつつ、セフィが小さな溜め息を付いた事も見逃さない。
――後で謝っとこう…。
盗賊チックの処遇を決定した事で、足枷となる物は何も無くなった。
医者に礼を済ませ診療所を後にしたオレ達は、すっかり馴染みとなった酒場を訪れていた。
いよいよノルディーを発つという事で、ホヴィン一家に報告と別れを済ませる為、会いに来たのだ。
店内で奥さんに一通り事情を話し終えると、今度は店先で、家族との別れが待っていた。
「あなた…気を付けて」
「おう、ファナを頼む」
夫婦の別れは、たった一言。
妻は夫の身を案じつつ、その背中を後押しする。
けれど、親子の別れがそう簡単に済む筈は無かった。
娘も応援してくれていると聞いていたが、いざ父親が長旅に出るとなれば、やはり幼い少女は駄々を捏ねるものらしい。
巨漢に食い下がり、必死で引き止めようとする少女。
そんな光景を他の4人が見届ける中、オレは自然と目を背け、1人物思いに耽っていた。
――そういえば…。
セフィの完治が魔法によるものだと知った医者は大層驚いていた。
オレだって未だに信じられないが、戻ってみれば元気な姿のセフィが実際そこに居た。
町を救ったという魔道士の存在と同じく、聞いた話から現実を受け入れ、そのまま信じるしかないだろう。
それと、マコが先程の占い結果を教えてくれた。
この国の行く末を占ったという彼女の口から告げられた衝撃の内容。 それは次の2つ。
『邪悪な者が力を増し、近い将来、人類に終焉が訪れる』
『宿命を背負いし者、魔力の満ちたる場所で全てを悟り、大いなる力を得る』
1つ目に関しては、誰にでもその意味が分かるような恐ろしいもの。
2つ目に関しては、おそらくオレ以外の者には意味不明だろう。
薬探しに出向く直前、オレは偶然にもアリィの父親と遭遇した。
娘を溺愛し、見送る際にも別れを惜しんでいたあの父親だ。 彼から聞いた真実、悲報、伝言。
そこに含まれていた 「使命」 という言葉が、占いで出た 「宿命」 という言葉と結びついた。
まだ本人は知らないらしいが、何やらアリィは普通の魔道士ではないらしい。
旅に出て仲間と出会い、魔道士としての技術と経験を積み、魔王を滅ぼす為の最強魔法を会得する。
その使命を背負った特別な存在、それが魔道士アリィなのだと聞かされた。
彼女の父親がノルディーにまで足を運び、その事を伝えに来たのには理由があった。
驚くべき事に、あのナトゥーラ村が魔物の大群に襲われたのだ。
死闘の末に村を守り抜いたアリィの母親は、持てる全ての魔力を使い果たし、遂には力尽きてしまったという。
村長夫妻も住民達も無事らしいが、大群を退ける事と引き換えに、母親はその命を落としてしまったのだ。
ジステアを襲い、ノルディーにまで至った魔物の大群は、アリィの母親によって半数以下に減らされたものでしかなかったらしい。
『知らせを受け取っても決して村には戻らず、旅を続け修行に励み、課せられた使命と向き合いなさい』
それがアリィに向けて残された母の遺言だった。
本人に伝えるべきだが、今はまだ言えないと判断した理由が 「母親の死」 にある。
少女のアリィにとっては酷な現実で、そう簡単に受け入れられるとは思えない。
しかし魔物の大群が何処から沸いたのか。 最初に襲ったのが果たしてジステアなのか。 そこまで考えが及んだ時、アリィは必ず故郷の事を思い出すだろう。。
その結果、もし帰るとでも言い出せば、オレはそれを阻止しなければならない。
ワンダの同行を許す過程で、アリィの母親の件はホヴィンに打ち明けた。
この際セフィやマコも加え、全てを話しておくべきかもしれない。 そして、いつ本人に打ち明けるべきかを皆に相談しようと思う。
ともあれ、2つ目の占い結果がアリィの事を指し示しているのは間違いない。
そして魔王は確実に存在し、それを滅ぼす使命と力を持った者がアリィである事も。
「ファナちゃん…泣き出しちゃった」
そんなアリィの声で、ふと親子の方に視線を戻す。
「ねぇレグザ…お父さんもお母さんも、やっぱり私との別れは辛かったのかな…?」
不意に目が合ったアリィから、唐突に聞かれてしまい。
動揺を隠し、彼女の目を真っ直ぐ見据えたオレは 「そうだな」 と優しく答えておくのだった。




