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第41話 偉大なる魔道士

大都市ノルディーに迫る危機。

そんな中で私の戦意を奮い立たせたのが、警備兵から聞いた現在の状況。


門の外側に一切の対策は無く、敵は今も大群を成して接近中。

魔物の種類は実に様々で、その数は未だ不明。 援軍を要請した結果、付近の討伐隊が2~3時間後に到着予定。

元々討伐隊などに期待はしていないが、まずどう考えても間に合わない。


とにかく、1匹たりとも街の中へ侵入させてはならない。

つまり私がすべき事は、門を破られる前に魔物を全滅させること。


しかしながら、門前を陣取る保安兵がそう簡単に通してくれる訳もなく。


「通せません! 門は完全に封鎖しました!」

「チッ……だから…門はそのままでいい……! 脇の通用門から出せと言っている……!」

「いいえ許可できません! 一刻も早く避難して下さい!」


誰に頼もうと、こんな返答ばかりで全く話が進まない。

痺れを切らした私は力ずくで突破する事を思い付いたが、その考えを見透かしたようにガシリと腕を掴まれて。


「待った待った! 何考えてんだよジョセ! …保安兵に手を出すのはヤバいって……!」

「…き、気安く呼ぶな……それに……そんな事を気にしてる場合じゃない……!」

「でもここは落ち着いてさぁ……第一、そんな無茶できる状態じゃないだろ!? フラフラじゃんかよ!」


確かに、今の私に20人以上もの保安兵を相手にする余裕は無い。

だからといって、ここで大人しく待つなど余りに馬鹿げている。 門を破られてからでは遅いのだから。 


掴まれた腕を強引に振り払い、左手を剣に掛ける。

勿論、斬る為ではなく峰打ちの為に。

その時――


「おやめなさい」


透き通るような女の声。 そして、何故か抜けない剣。

ふと手元を見ると、柄の先端に当てられた何者かの手によって抜刀を封じられていた。


いつの間にか真横に立っていた見知らぬ女性。

そのスラリとした長身の彼女に、一瞬だが魅了されてしまう。

顔をベールで覆った全身水色のローブ姿に、艶やかな長い銀髪。 その姿は、どこか神秘的な雰囲気を漂わせる。


「その気があるなら、私についてらっしゃい」


言い残し、兵達が陣取る門の方へ歩いて行く。

その背中を呆然と見送っていた私は、彼女の言う通り後をついて行く事にした。


「行くぞ、お前も来い」

「え、あぁ…しっかし綺麗な人だなぁ…大人の魅力がムンムン」


すっかり見惚れるチックに、また肩を借りて歩き出す。

そうして追い付くと、当然の如く保安兵に止められていた彼女が何やら動きを見せた。


両手を天に掲げ、また戻す。

下ろした両手を今度は胸元で交差し、何やら意味不明な言葉を呟き始めて。


「…tφdoΨuenvΦwΩocbwдogηej…望まぬ休息リプネル!」


最後の言葉を発した次の瞬間。

その両手から放たれた黒い放射状の光が、無音のまま一瞬の内に拡散した。

すると、目の前に居た保安兵がバタリと倒れ、続けて周囲の保安兵達も次々に倒れていった。


「眠ってなさい」


手を下ろすと囁くように小さく呟き、また歩き出す。

驚いた事に、すぐ傍に居た私達2人に影響は無く、それ以外の兵が全員倒れてしまった。

彼女の残した言葉通り、それは決して魔法による危害を与えた訳ではなく、何らかの術で眠らせたものだと理解。


余りの不可解な現象に、私もチックも唖然として声も出ない。

これは以前、私が操られてしまった魔術の類だろうか。 そう思いつつ黙って後に続く。

正体は分からないが、この女性が只者でない事だけは確信した。


予想通り門の脇へ向かった彼女は、そこの小さな扉を開け迷わず外に出て行く。

つまり、彼女も私と同じ目的でここに来たのだ。




扉を抜けた先、そこで目にしたものは。

数日前、馬車で通って来たジステアへと続く街道。 魔物の姿はまだ見えない。

しかし足元より響く地鳴りと遠くで巻き立つ砂埃から、今まさに押し寄せる大群の姿を連想させる。


「さて…痛々しいその傷、治しておきましょ」


振り向き様に言い放った彼女。

こちらに歩み寄り、まるで神に祈るように合わせた両手を、今度は地面にかざして。


「大地に眠る慈愛の精よ…汝の力を借り、気脈の力を以て有りし治癒力を高めん…神秘の癒しヒーリアス!」


瞬間、掌から発せられた白い光。

その柔らかな光に包まれた私は、まるで見えない毛布に覆われているような錯覚に陥る。

体中が温もりで満たされていくと同時に、不思議と傷の痛みも消えていき。


「ぁ…な、何を…」

「…完治」


まさかと思い、顔のガーゼを剥がしてみて驚く。

信じられない事に、裂傷は完全に塞がっていて…というか跡形も無い。

それだけでなく、腕も自由に動かせ、締め付けられ息苦しかった胸の痛みも皆無。 全ての箇所から痛みは消え去っていた。

――治癒魔法など存在したのか…!?


「あなた方も協力して頂ける?」

「え…」

「もし小者を討ち漏らした時はお願いね」

「…分かった」


何を協力するのか、何を頼まれたのか、聞かずとも即理解。 そんな状況と場所だから。

しかし開いた口が塞がらないといった心境だったが、彼女の不思議な力について尋ねるのも、礼を言うのも後回し。


「おいチック、武器は持っているか?」

「ん、あぁナイフ持ってる。 こう見えて俺、一流のナイフ使い! ま、これは盗んできたヤツだけど」


言いつつ、チックは腰の辺りから得物を抜いて見せる。

それは刃渡り25センチ程の、煌びやかな銀の装飾が施された立派な短剣。


「…まぁいい、彼女の援護だ。 言われた通りにするぞ」

「了解っ! ん~美女2人を守る闘い、もう最高のシチュだぜぇ!」


色々と責め立てたい衝動に駆られたが、もはや口を開くのも馬鹿らしい。

彼女を先頭に、2~3歩後ろで武器を構えて待機する。 気付けば魔物の群れは、既に目視可能な位置までその距離を縮めていた。


ふと彼女を見ると、治癒の時とはまた違った構えを取っており。

それはきっと、魔力を練り出す為の一般的な準備動作。 つまり彼女は “魔道士” で間違いない。


群れの移動速度は予想以上に早く、その勢いも凄まじい。

このままだと私達を飲み込み、激突した門を簡単に破壊されてしまう。 そう考えていた矢先、遂に彼女が動きを見せる。


圧縮された青白い魔力の塊。

そうとしか表現出来ないものが、彼女の両手の間で練り出されていて。


二式氷結魔法フリズォーネ!」


大地に向け放たれた魔力は、茶色の土を半透明の氷へと変化させて。

ビキビキと彼女の前方が凍り付いて行き、迫り来る大群の足元まで到達した瞬間、驚くべき光景が目に映る。

キィーンッという鋭い音を発し、瞬く間に先頭集団を氷漬けにしてしまったのだ。 その数およそ十数体。


三式暴風魔法ストームヴァース!」


全てを凍り付かせた訳ではない。

そう把握した頃には、彼女の次なる一手が既に放たれていた。


両手を掲げ、天を仰ぐ彼女は身動きせず、しかし別段何も起こらない。

如何な魔法が繰り出されたのか理解出来ずにいると、突如として変化した空模様。

一方、氷像に戸惑う後続集団はその動きを暫し止めていたが、多少バラつきながらも猛進を再開。


立ち尽くす彼女に迫る脅威。 

出番が来たと、剣を構え1歩踏み出そうとした正にその瞬間。


ビュオッ。

突発的な強風で荒れ狂う一帯、その中でも彼女の前方に発生した突風。

それはまるで防壁のように術者の身を守り、近付く魔物達を次々と吹き飛ばしてゆく。  


――ドゴオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!!!!


瞬間、天が光り、響き渡った凄まじい轟音と衝撃。

雷鳴か、落雷か、自然現象の偶発か、しかし余りに理解の範疇を超えていて、それが本当に魔法の力なのかと疑うのみ。

只一つ断言出来るのは、彼女に襲い掛かる魔物全てが確実に排除されているという事。


「…チック! 右に1匹!」


脇に回り込み、魔法の範囲外に逃げていたのはグロットブラス(所謂ゴキブリ)。

そして反対側にもう1匹。 バーウルフィ(所謂オオカミ)の姿を捉え、こちらは自ら後を追う。


大群の応戦に多大な魔力を消耗し、隙だらけになった彼女を守る為の雑魚散らし。

つまりは、これが私達に任された唯一の役割。


「はっ!」

「うおおおおっ!! 汚ねぇんだよテメェ! ざけんなぁっ!!」


魔法によって引き起こされた雨風の影響は大きく、戦闘の舞台は視界の悪い森。

しかし全快した肉体と集中力を以て、目まぐるしく動く敵を瞬時に捉え、鮮やかな剣の一振りで素早く仕留める。

対しチックは、とてもナイフ使いとは思えぬ間合いから、ひたすら敵の触角を斬り付けるばかり。


「何をしている! 腰が引けているぞ!」

「いや…倒せるって、楽勝なんだって! でもこの役回り酷くね!? 相手グロ過ぎいいいいっ!!」


言い訳と判断して見切りを付け、他に討ち漏らしが無いか周囲を念入りに見回す。

すると、路傍で膝を付く彼女の姿が目に入り、その身を案じた私は透かさず駆け付ける。


「おい、大丈夫か……!?」

「えぇ…少し疲れただけ………魔力の消耗に比例して……体力も消耗するから……」


言って、激しい雨に打たれつつ顔を上げた彼女に外傷は見当たらない。

その疲労具合から、どうやら相当な魔力を消耗したらしく。


「協力……感謝するわ……こっちは全て片付いたから……」


その言葉を受けて前方を見据えた私は、目の前の光景に度肝を抜かれた。

雨に打たれる魔物の氷像群。 遥か遠くに散らばる無数の死体。 抉られた地面、その幾つもの窪みに伏す黒焦げの巨獣達。

突風に耐えた大型の魔物は、全て落雷によって無残な死を遂げたらしい。


この時、私は魔法の恐ろしさを改めて実感した。

そして攻撃、補助、回復の全てを兼ね備えた一流魔道士である彼女の偉大さを。


「うわわわ! こっち来んなああああっ!! ええぃ、こうなりゃ何か飛び道具で……!」


未だ戦闘中の阿呆チックにはもう関わりたくないと、心から思った瞬間でもあったのだが。



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