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第40話 波乱の幕開け

「―――――!」


灰色の天井、軋むベッド。

高鳴る鼓動、荒立つ呼吸、それに伴う胸の激痛。


しっかりと目を見開き状況を把握する。


夢。 そう夢。

久しぶりに見た家族の夢。 でも、とても悲しい夢。

幼い自分と、両親も居て、まだ立って歩く事も出来ず、言葉すら覚えぬ内に殺された弟の姿も。

それはきっと、5才の頃の忌わしい記憶。


寝覚めはもう最悪だった。


「起きとったか……随分とうなされておったようじゃが、夢でも見とったかの?」


声のした方へ視線を移すと、部屋の入口付近に白衣姿の老人が立っていて。

内心それが誰かを理解しつつも、動揺を隠せず無言のまま睨み付けてしまう。


「驚かせてすまんの、容態が悪化したと思うてな。」

「……手当てしてくれた……医者か……」

「ふむ。 …顔色は良いようじゃの、安心したわい。 熱だけ計っておこうかの。」


そう言って歩み寄り、胸ポケットから体温計を取り出す医者。

今更だが、例え医者といえど他人に体を弄られるのは気味が悪く、腕を伸ばし受け取ると自らソレを脇に挟む。


「レグ……つ、連れの……居場所を知っているか……?」

「ミクサに向かったようじゃ」

「……ミクサ?」

「お前さんを早く治す為にの、奇跡の妙薬っちゅう幻の薬を探しに行きよったわい。」

「…そ……そんなものが……」

「ワシが教えたんじゃ。 確実な情報とは言えんが、知人から聞いた事があっての。」


つまりは、私を置いて旅を再開した訳じゃない。

そう理解し、やれやれと思う反面、少しホッとしたような複雑な気分に駆られて。


「私は……どれ位で退院…」


言い終わらぬ内、静かに、しかし荒々しく開かれた病室の引き戸。


「大変です先生! 魔物の大群がこの町に向かってるそうです!!」

「な、なんじゃと!?」

「門を破られた時の事も考えて、何処かへ避難して下さいと保安兵が……!!」


必死の形相で知らせに来た中年の看護婦。

当然、その内容は私にもはっきりと聞き取れて、反射的に上半身を起こす。

怪我の具合は聞かされていないが、僅かな動きにも伴う胸の激痛から肋骨が折れている事は明らかで、包帯と留め具で固定された右腕も殆ど動かせない。


「くっ……詳しく教えろ……どっちから……!」

「こりゃ! まだ起き上がっちゃいかん!」

「……東よ! ジステアも襲撃に遭ってほぼ壊滅だとか………それで、そのまま街道を伝ってこっちに向かっているらしいわ!」


――あのジステアが壊滅……!?

これは只事ではないと理解すると同時に、捕まった団員と住民達に想いが及ぶ。

そして、ジステアの門を破る程の大群となれば、この町の門も破られる可能性は非常に高く。


「な、何をする気じゃ! やめんかお嬢ちゃん!!」

「…放せ……!」


ベッド脇に立て掛けてあった剣。

それを手に取り立ち上がると、医者達の制止を振り切り病室を出た。  

まともに動ける状態ではなかったが、ひ弱な老人や女を払い除ける事など容易く、フラ付く足取りで診療所を後にした。




いざ外へ出ると、ここが住宅街だという事を知った。

しかし、とても昼間の住宅街とは思えぬ人の多さには驚かされた。 大声で避難を促す者。 ひたすら困惑してウロウロと歩き回る者。 ご近所同士で何やら相談し合っている主婦連中。 玄関を開け放ち、必死で荷造りしている家族連れ。


東が分からなかった私は、避難して行く人々とは反対方向へ歩みを進めた。

どうやら襲撃の情報は既に広く知れ渡っているらしく、騒然とする住民達からは相当な危機感を窺える。


街自体が広い故、目指す東門までは相当な距離があるようで。

まだ走る事も出来ない私にとっては、果てしなく遠い道筋。


「あ! 見つけた!! おーい!!」


前方、少し先から聞こえた呼び声。

まさか自分に向けられたものとは思わず、歩く事に必死な私は軽く聞き流す。


「そこの綺麗なネエちゃ~ん! 女剣士さんってば!」

「……!?」


それが自分の事だと確信する。

ふと視線を向けた先、何やら見覚えのある人物が。 2度と見たくもない顔だったが。


「き、貴様……何故ここに居る……」

「おぉこわっ…! そんな鋭い目つきで見なくてもさぁ……って、その怪我どしたの??」

「……その問いに答える必要は無い……こっちの質問に答えろ……」

「だから恐いってぇ、もうちょい優しく接してよ~。」


現れたのは、ジステアで捕らえ連行した筈の盗賊男。

小悪党といえど立派な犯罪者。 まさかこの短期間で解放される訳が無く。


「さては……逃げて来たな……?」

「あ~そそ、騒動の隙を見て俺だけね。 他の連中は牢屋の中……って、そーいえば傭兵団も大量に捕まってたなぁ。」

「無事…なのかっ? …住民は…どうなった……!?」 


この男が脱走した事を責めている暇など無い。

まずジステアに関して問い質すと、街は壊滅というより半壊状態で、事前に地下へ避難済みだった大半の住民は無事らしい。

奴が知り得る情報を端的に聞き出した上で、先を急ぐ私は最後にある命令を下す。


「脱獄は重罪……法に代わって裁きを下してやりたいところだが……生憎時間が無い。 …償いの意味で私について来い……」

「ん!? 仲間にしてくれんの!?」

「…魔物共を一掃する……手伝え」

「でえええええっ!? 必死こいて逃げて来たのに、立ち向かえっての!? そりゃ無いって~!!」


命令であって、懇願や要求ではない。

つまり、この男に拒否する権利は無い。


何時ぞやと同じく、突き付けた剣で脅しながら強制的に連れて行く事にした。






「なんかキツそうだし、剣なんて納めなよ。 逃げないし協力するからさぁ……何なら歩くのも手を貸すけど?」


暫く歩いた所で、そんな台詞を吐く男。

フラつく足取りに加え、利き腕が使えず左手で構えていた剣。

信用など全く出来ないが、肉体的には正直厳しく、一刻を争うこの場は敢えてその言葉に甘えておく。


「いいか……肩を借りるだけだ……妙な所に触れたら即刻斬る……」

「こう見えて紳士なんだぜ? レディに対して失礼な事なんか……あ、そーいえば名前って…ジョセでいいの?」

「……」

「ほら、あの可愛い子にそう呼ばれてたからさ。 因みに俺の名前はチックね、チック=ノーランド。」

「………黙って歩け」


相変わらずの軽薄ぶりに、脳内温度は急上昇。

だが、漸く目的地が見えて来た事で心を鎮める。 左右に伸びる壁に挟まれた東門、その前に大勢の保安兵らしき姿が見えて。


「やはり…もう閉ざされているか……」

「門の事? そりゃあねぇ、俺が通った直後には閉められてたし。」


硬く閉ざされた巨大且つ頑丈な門。

普通に考えれば、如何な魔物が来ようと破られるとは夢にも思わない堅固な守り。

しかし今回ばかりは状況が違い、相手は種類も数も不明な魔物の大群。 対策も練らぬまま閉ざして待つのみでは、門を破られた時が脅威であるし、街全体を包囲される程の大群ならばもう絶望的。 


「門の外に…何らかの対策が必要だ……」

「そ、外ねぇ……」

「行くぞ、脇にある兵の通用門から外に出してもらう。 …門の死守だ」

「ちょ…マジでええええええっ!!?」


躊躇うチックの腕を掴み、保安兵の元へ強引に突き進む。

ここで何としても食い止めなければ、敵の勢力次第では街の崩壊も有り得る。


レグザ達は居ない。 私が踏ん張らねば。 この命に代えても。

そんな固い決意を持って前進する私に、もはや傷の痛みなど微塵も感じられなかった。



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