第39話 残された愛情
「マコ! 離れろ!!」
「エ……?」
ある不穏な気配を感じ、抱き着くマコを咄嗟に突き放した。
感情的には魅惑の一時に麻痺していたオレだが、感覚までは麻痺していない。
「あの鳥、まだ生きてるぞ!!」
鋭い矢で見事に額を貫かれ、確かに倒したものだと思い込んでいた。
だが、地に伏し身動き一つしなかった筈の巨鳥は起き上がり、バタバタと翼を動かしながらこちらを見据えている。
「そんナ…急所ト、思ッタのに…」
「いや、急所には違いない…だがデカい分、生命力も半端無いって事だ」
戦闘再開。
剣を握り直し、今にも飛び立とうとする巨鳥へ向けて全力疾走。
「引き付けるから、もう1度狙え! 同じ場所で良い!」
言い残し、程良い間合いで飛び掛かる。
天高く振り上げた剣で狙う先は、まだ無傷なもう片方の翼。
バッサアアア!!!!
「ぬぉ…!」
跳躍からの、渾身の斬撃はヒットせず。
剣が触れる直前、飛行体勢を整えていた巨鳥は勢い良く空に舞い上がった。 その風圧に押し退けられたオレは体勢を崩しつつも着地し、上空を見据える。
「ちっ、まだ飛べたか!」
当然、このままでは剣の間合いの遥か外。
初手と同じく相手の突進を待つしかないが、もしこのまま何処かへ飛び去られると成す術は無い。
上空で留まり見下ろす巨鳥。 見上げるオレ。
そんな膠着状態を打ち破ってくれたのは、空を裂く鋭い連続音。
それを聞いた次の瞬間、上空の巨鳥が低い唸り声を上げ揺らめく。 見ると素早く放たれた3本の矢が、翼の各処に全て命中していた。
落下地点を予想したオレは、そこで剣を構えて待つ事に。
「ナイス、マコ!」
「準備、万全! 次ノ一太刀、待っテマス!」
そう言われたからには、期待に答えない訳にもいかない。
そして、止めをマコに任せると決めた以上、素早く確実に動きを封じる為の鮮やかな一手を。
敵が真っ直ぐ落ちてくる事を確信したオレは、両手を左脇へ引き、以前も使った抜刀術のイメージを膨らませる。
真上から急降下してくる巨体への斬術。
下手をすれば、下敷きになって自分があの世行き。
こんな無茶をする必要は無いのかもしれないが、対空戦は自分的に課題でもあり、この場を使って是非試そうと思った。
太刀筋と、避難経路を確認して。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
ザシュッ!!
タイミングを合わせ、天に向かって斬り上げる。
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!
後に残ったものは落下の轟音と、確かな手応え。
しかし、攻撃直後の横へ跳び退くという動作が一瞬遅れたオレは、強烈な衝撃波で激しく転倒。
幸いにも巨体の下敷きになる事は免れたが、落下の衝撃で巻き起こった土煙は、周囲の視界を遮ってしまった。
傍で膝を付くオレにも敵の姿は全く見えないが、マコは狙うその先を完全に見極めていた。
「そコッ!!」
―――グァオオオオオオオオオオオオオオッ!!!
掛け声の後、鋭い快音。 そして、けたたましい断末魔。
どうやらマコは見事に決めたらしく、一連の音のみで展開を読み取る事が出来た。
未だ不明瞭な視界の中、剣を背に納め、マコの元へ。
…と、そこでオレは透かさず身構えた。
「あっ…と、もう抱き着くなよ! 分かったから!」
「…あ…ゥ…デモ、今度コそ倒しタ!!」
「あぁ、早いとこ爪を捥ぎ取ろう」
土煙が消えた眺めの良い山頂で、オレは割と地味な作業に取り掛かった。
いっそ腕ごと斬り落としてやろうかと思ったが、下山の際に邪魔なので爪だけを剥ぎ取った。
無事に目的を果たし、ホッと一息。
そうして立ち上がった、その時。 足元で僅かに光った何かを、オレは見逃さなかった。
「お、短剣だ」
「エ?」
「落ちてた…って言うより埋まってたらしいな。 地面が抉られて出てきたみたいだが」
巨鳥の脇で見つけた1本の短剣。
魔物を倒した故のお宝とは思えず、何の装飾も施されていないソレは、捨て置くに値する安物に過ぎない。
「刃に血がべっとり付いてる…」
「あッ!! チョっとソレ、見せテ下さイ!」
言われてマコに渡すと、何やら食い入るようにその短剣を見つめている。
もしや値打ちのある物だろうかと思い、少し期待しながらマコの反応を待った。
「…コレ、父の物! 間違イ無イ!」
「え…お父さんの?」
「ハイ! デモ、どうシテこんナ所に…とにカく父ガ、持ってイタ物に間違いナイ!」
病気の妻と2人の娘を置いて、忽然と姿を消したマコの父親。
そして、彼の所有物だという短剣をこの山頂で発見した。 固まった血が付着し、地面に埋まった状態で。
冷静に考えたオレはある一つの結論を導き出し、思わず鳥肌が立ってしまった。
「マコ…お母さんが病気で倒れた後、それから1年近くお父さんは家に戻って来てない…そうだったよな?」
「…デス」
「もしかしたら……いや、この周囲をもう少し探してみよう。 他にも何か見つかるかもしれない」
頭の中では、既に確信の域にまで達していた結論。
だがそれをマコに話す前に、この目で確かめる必要があった。 真実に結び付く証拠を。
落下した巨鳥によって大きく抉られた地面。
他の何かを見つける為、2人で手分けして周囲の捜索に当たった。 必死に探す一方、オレは何も見つからない事を密かに期待していたのだが。
見事に期待は裏切られた。
何やら白く丸い物体が、その一部を土中から僅かに覗かせていて。
「これは…」
「何デスか…ソレ」
その色と質感と触感から、嫌な予感が的中したと思った。
マコは不思議そうに見るばかりで全く気付いていないようだが、どう考えてもその正体は1つ。
しかし確信を得るべく、丁寧に周りを掘り返す。
「キャッ!!」
「マコ。 落ち着いて聞いてくれ」
掘り出した物、ソレは紛れも無く人間の頭蓋骨で。
誰の骨かなんて考えたくもなかったが、その答えはもう明確で、導き出した真実をマコに隠す訳にはいかず。
「お父さんは…ここに来たんだ」
「エ…」
「おそらくだが…あの鳥を倒す為に、その短剣を持って1人で…」
「そんナ…! …じゃア、ソレ……そ、そんナ…だっテ…お父さン、お母さンヲ見捨テ…」
「見捨てたんじゃない!! …薬の事を知ってて、お母さんを助けようとしたんだ…!」
例え真実とはいえ、マコにとっては余りにも辛い現実。
だが、彼女にはそれを受け入れる強さがある。 と判断したオレは、全ての結論を告げた上で、更なる一言を付け加えた。
「鳥の額にあった傷…きっと、お父さんが付けたものだ」
「アあ……う…お父…さ…」
「お父さんには倒せなかった。 でも、マコが倒した。 …あの傷を目印に」
最後の発言だけは推測の域を出ないが、オレにはそう感じ取れた。
ふとマコの方を見ると、その目から流れ落ちる涙が見えて、オレは喋る事をやめた。
「うァアアアああッ!!! …ヒッ…オ、おドオざアアアアああああああん!!!!」
その場に泣き崩れるマコ。
膝を付き、土で汚れた頭蓋骨を両手で抱き締めながら。
どんな言葉を掛けるべきか分からず、彼女の肩にソッと手を置いたオレは、その悲しみを共に味わう事にした。
消息を絶って以来ずっと憎んでいた父親の温もりは、抱えた遺骨から彼女へと確かに伝わっていた。
「キュウ…」
「わっ!」
ふと顔を上げると、目の前に浮かんでいるワンダの姿が。
マコの泣き声が下まで届く筈も無く、単にアリィが逃がしてしまったのか、まさか何かを感じ取って来たとでもいうのか。
ともあれ、せっかく薬を手に入れたのだから、早急に下山してマコの母親に届けたい。
今の状態のマコに岩壁を下らせるのは危険と判断したオレは、捥ぎ取った爪を懐の奥に納め、背中の剣をドサッと下ろし、蹲るマコを強制的に背負い上げた。
「邪魔してすまん。 でも、早く爪を薬にしてお母さんに飲ませてあげよう」
「あ…ゥ…ハイ」
「しっかり掴まっとけ、このまま下りるから」
「…ヒッ、く…そんナ……ちゃんト…自分デ」
「いーから手を回せって。 その骨と短剣は、前側でしっかり持っとけよ」
人を背負って下りるなど、余りにも無謀な行為だという事は百も承知。
自殺行為…というか共倒れの危険が激増するのだが、マコの体が予想以上に軽く、これはイケると確信した。
「で、ワンダ…って、言葉通じるかな……オレの剣を下まで運んでくれ。 分かるか?」
「キュウ」
驚いた事に、あっさりと理解してくれたようで。
地面に落ちている大剣を口で咥え、必死に翼を動かし、フラつきながらも何とか浮かび上がってくれて。
「よし偉いぞ、ちょっと重いけど頑張れ」
「アグゥ」
ボテッ、と落ちた剣。
間抜けというか、天然というか、こんな愛らしい生物が魔物とは益々以て思えない。
「いや、おいおい…口塞がってんだから返事しなくて良いって…」
「キュウッ!」
失態を見せてしまい、照れているのか、ムキになっているのか。
そんなワンダの下降を見送りつつ、マコを背負ったオレは崖の際まで進み、そこで予想外の敵と闘う事になった。
見下ろした先、そこに広がる森の小さな木々達。 つまり、とてつもない高さ。 闘うべき敵とは、己の恐怖心。
――め、目眩が…いかんいかん。
登る際には相当な体力を要する岩登り。
だがここに来て初めて、下る際には相当な度胸も必要だと学んだ。




