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第38話 『不可抗力』

奇跡の妙薬とは。

『如何なる病気や怪我をも僅か一晩で完治させてしまう不思議な万能薬エリクサー

『ミクサ山(名前が無い)に住み着く巨鳥の爪を主成分とした特効薬』

どちらも不確かな情報故、実際にモノを手に入れた上で真偽を見極める他は無い。


目的は森林浴かと見誤る程に穏やかな登山道を進みながら、マコは自らの事を語ってくれた。

セフィの早期回復を願う一方、マコの熱意に感銘を受けたオレは、薬に関する2つの情報が真実であってほしいと心から願った。


片言で非常に聞き取り辛かったマコの語りだが、オレの意欲を底上げするには充分な力を秘めていて。

決して彼女の境遇に同情した訳じゃなく、その信念の強さにオレは惹かれた。




つまりは、こうゆう事――

マコには姉が1人居て、病に臥せる母親も含めた3人暮らし。

母親の看病は織物職人である姉の役目。 その僅かな稼ぎを補う為、占い師として毎日のように朝から晩まで街角に座り込むマコ。


1人旅をしていたオレが、数年前に訪れた事のある砂漠の国。

マコはその国の出身で、生まれ育った家を2年程前の内戦で失くし、比較的平和なこのローベルグ(魔物関連を除けば治安は良く、移民に対し寛容な国)に移り住んで来た。

その頃には父親も含めた家族4人、ミクサの町で貧しいながらも幸せな生活を送っていた。


ところがある日。

母親が重い病に冒され、何処の医者に診せても現状維持以外の事は出来ないと言われてしまう。 

つまりそれは、時期が予測不可能な余命宣告を受けたも同然。


更に追い討ちをかけるように、家族想いだった父親が忽然と姿を消してしまった。

理由も分からないまま、病気の母を見捨て何処かへ去ってしまった父をマコは恨んでいた。


暫く経った頃、街である噂話を耳にしたマコ。

それは奇跡の妙薬という、どんな怪我や病気も一晩で治してしまう薬が存在するというもの。

そして町の北側に見えている小高い山、そこに住む巨鳥の爪こそがソレに他ならないのだと。


マコは決意した。

武芸の心得など全く無い姉と、日に日に痩せ細り元気を失っていく母。

2人に余計な心労はかけまいと、マコは誰にも告げず1人で山を登った。 手製の長弓を持って。


必死の想いで登り切った山頂で目的の巨鳥に出会えたが、全く歯が立たぬまま命辛々山を降りた。

家族には手傷を誤魔化し、秘めたる想いを胸に抱えたまま、その後マコは何度も何度も命懸けで巨鳥に挑んだ。

真実かどうかも分からない噂話を信じて。


母親の元気な姿を見たい。

只それだけを願うマコに、恐怖心など有りはしない。

だが決して恐れを知らない訳ではなく、覚悟によって迷いを捨てた彼女の意志の強さと言えるだろう。


倒す事が不可能という時点で、爪を持ち帰る事など出来る訳がなく。

度重なる無謀な挑戦の末、未だ目的を果たせていないマコだが、決して諦めようとはしなかった。

日々の占い業に精を出しながら、マコは共に巨鳥を倒してくれる強者を求めていた。

そこに現れたのが……




「ココから少シ大変」


緩やかな傾斜の登山道が途切れ、高々と切り立つ岩壁に道を塞がれてしまう。

先頭のマコは壁を前にして立ち止まり、そこに一同の疑問を抱えたホヴィンが歩み寄る。


「大変って…どう進むんだ? 完全に行き止まりだが、回り道とかあんのか?」

「ココ、登ッタ先、頂上」


言ってマコが見上げた先。

皆が揃って視線で追うと、殆ど垂直に切り立った岩壁は正に断崖絶壁と言えるもの。 


登山準備というモノが一切無く、案内役であるマコの軽装具合からして、あのまま楽に山頂まで達するものかと甘く見ていた。

つまりは、装備無しでロック・クライミングをしろと。


「勿論オレは行く。 アリィ、ホヴィン、無理そうならここで待っててくれて構わない」

「悪い、俺には無理だ。 これ登るとか…本気か? 落ちたら死ぬぞ…?」

「わ、私も無理…ごめん」

「キュウ」


岩登りというのは、筋力、身軽さの双方がバランス良く備わっていなければ困難な芸当。

故に2人が拒否するのは当然として、羽の生えたワンダもここで待つ気らしい。 というか、アリィの肩を定位置と決め、すっかり落ち着いている様子。


「一応、ワンダが追って来ないように見とけよアリィ。 上は危ないから」

「…分かった。 行けなくてごめんねマコさん…レグザも気を付けて」

「下に撃チ落としタラ、その時はトドメ、お願イしマス」




大型の弓を背負い、慣れた手つきで岩壁をズンズンよじ登って行くマコ。 その後にオレも続く。

背負った武器の重量的にはオレより楽だろうが、女性とは思えないマコの度胸と運動能力には圧倒される。

気持ちの面で、オレとは背負うモノの重みが違うといったところか。


「感謝、してマス」

「…くっ…え…!?」


黙々と足場探しに集中していると、突然上から話しかけられて。

落ちないよう必死だったオレはうっかり聞き逃してしまったが、決して上は見上げない。

彼女の服装から考えて、見てはいけないモノが見えてしまいそうで。


「来テ頂き、感謝してマス」

「…あ、あぁ…でも、それ…早いって!」

「エ…?」

「爪を…持って帰ってさぁ…! お母さんが…ぐっ、元気んなって…っからだろ…礼は! …よっと!」

「…ハイ!」


喋ってみて、これ以上の会話は無理と判断。 マコは割と普通に喋っているのだが。

――気を抜いたら落ちる…絶対。




装備も、心の準備も無しで挑んだ岩登りだったが、何とか無事に登頂成功。

ゼイゼイ息を切らし辿り着いたオレに対し、殆ど息も乱さず、最後手を貸してくれたマコは凄まじい体力の持ち主だと理解。


「もウ何度目になるカ…待ち構えテいタらしイ」

「…ん?」


崖っぷちに凛と立つマコが見据える先。

そこに見たモノは、巨大な翼でバッサバッサと低空飛行を続ける、想像以上にデカく凶暴そうな巨鳥。


「うわデカっ! しかも唐突!!」

「ワタシを敵視しテル。 落とサレないヨウに、注意」

「りょ、了解…」


同じ浮遊生物といっても、ワンダのそれとはスケールが大違い。 両翼を広げたその横幅は軽く10メートルを超す。

途中から気配は感じていたが、まさか臨戦態勢を取って待ち伏せているとは予想外。 だが山頂は広くて見渡しも良く、比較的自由に立ち回れる有利な地形。

透かさず剣を抜き、突き飛ばされても落下しない位置まで移動し、マコと肩を並べる。


「弱点とかは?」

「額に最初かラ付いテいた、刺シ傷? のようなモノが。 ソコなら矢ヲ通す、多分」

「OK、オレが引き付ける。 狙える時に決めてくれ」

「ハイ! 大きイのに素早イのデ、注意!!」


そんな助言を背中で受け止め、程良い距離まで駆け寄る。

消耗した己の体力を考慮し、短期戦で尚且つ、決め手はマコに託す事にした。

武器の種類的にという事もあるが、寧ろ心情的に。 これまで幾度も挑んできた彼女に、やはり最後も決めてほしい。


「ふんっ!!」


ビシャッ! と全力で斬り上げた地面から勢い良く舞い上がる土煙。

ソレは敵の顔面に命中し、高度を上げた巨鳥は空中で停止後、猛スピードでオレ目掛けて。


クアウウウウウウーーーーーッ!!!!!


流石、迫力だけは天下一品の突進撃。

しかし速度を見極め、寸前でかわし、片翼に大振りの斬撃をヒットさせる。

――的がデカくて大助かり!


グワゥッ!!!―――――ドッザアアアッ!!!!!


オレの背後へ、轟音と砂塵を巻き上げ着地した巨鳥。

あっさりと飛行能力を奪う事に成功し、僅か数秒で引き付ける役目を終えた。


まずは怒らせた上で、相手の攻撃を誘う。

空中を自在に飛び回る敵に対しては、こちらから間合いを詰めるよりも敢えて先手を譲るべし。

このサイズの鳥には初めて対峙したが、いわゆる突進角度の多彩なイノシシとでも思えばいい。


「マコ!!」


ヒュッ、と空を切る静かな一閃。

オレが名を呼ぶ頃には、既に彼女の弓から矢は放たれていた。


グァギャアアアアアアッ!!!!!―――――ズンッ!!!


着地したその場所で、額のど真ん中に受けた矢の一撃で地に伏した巨鳥。

短期戦を望んではいたが、まさかこれ程の超短期戦で幕を閉じるとは予想の範疇を超え過ぎていて。


「やっタ!! スグ倒せタ!!」

「あぁ、マコの狙いが良…ぬわっ…ととっ!」


疑いの目で巨鳥の最期を見届けていたオレは、視界の外から思わぬ衝撃を受けてしまう。

だが決して痛みは無く、寧ろ心地良いというか、暖かいというか、フワフワというか。


「嬉シ!! やっタッ!! レグザさン、感謝!!」

「ちょちょちょちょ、まっまっ待っ…!!」


全身に食らった衝撃の正体。

それは物凄い勢いでマコに抱き着かれた、魅惑と困惑のダメージ。

簡単には引き離せない程、相当な力で両腕ごと抱き締められ、絞め付けられ、完全に自由を奪われて。

――ヤバ…死にそう…色んな意味で。


本気を出せば、決して脱出できない事もない束縛攻撃。

しかし赤らめた顔で、一瞬たりとも恍惚の笑みを浮かべた馬鹿な自分。

この時、アリィにも、セフィにも、この事は絶対に隠し通そうと心に誓ったオレであった。



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