第37話 褐色の美女
「なンヤて? 奇跡ノ農薬? そないなモン知らへんワ。」
「キセキ……オォ奇跡! アナタハ神ノ奇跡ヲ信ジマスカ!?」
「君何御用? 今君、奇跡進言確? …嗚呼、不通言葉……心残……」
――あぁもう……。
いわゆる、言葉の壁というヤツ。
このミクサという町、本当に移民ばかりで多様な人種の多様な言葉が飛び交い、話しかけても殆ど会話が成立しない。
つまり、情報収集も困難を極めるという事。
オレ自身ローベルグの人間ではなく、いわゆる異国民。
それでも元々扱っていた言葉が常用語で、旅をする上で人とのコミュニケーションに困る事は無かった。
世界各国を訪れた経験から、地方訛りや奥地の方言にも多少は詳しいつもりでいたが、その程度の知識では全く通用しない。
――こりゃアリィ達も苦労してるかも……。
とりあえず、旅人風の買い物客より比較的言葉が通じる、住民や商店などを重点的に聞いて回る事にした。
言葉の通じる相手には出会えても、結局は何の情報も得られず。
一度アリィ達と合流しようかと来た道を引き返していると、街路樹の脇から何やら視線を感じて。
見ると、フード付きの白いローブ姿の女性が木箱を前にして地ベタに座り、こちらをジッと窺っている。
その木箱の上に置かれた小さな水晶玉とタロットカード的な物から察するに、その女性が占い師と断定。
――まぁ一応、聞いてみるか……。
真っ白なローブ。 それとは対照的に、曝け出されたその顔は妙に黒っぽい。
この町でも余り見かけない茶褐色の肌に、髪はオレと同じく真っ黒だが、瞳の色まで黒い人種は初めて見た。
異国民なのは明らかで、言葉の壁にぶち当たる事を覚悟した上で。
「ちょっと聞きたい事が…あーー言葉は分かる?」
「ハイ、運勢デスね。 見てサシあげマス」
ニコッと笑顔で、黒く円らな瞳で真っ直ぐ見つめられて。
相手の言葉はちゃんと理解出来るモノだったが、どこか会話がズレているような気もする。
「いや、悪いが占いには興味無いんだ」
「そデスか…デも何かお探シ?」
「あぁ、実は奇跡の妙薬って薬を探しているんだが…何か知らないか?」
ゆっくりと、はっきり、聞き取り易い言葉で尋ねる。
しかし彼女は大きな目を更に見開き、ポカンと口を開け黙り込んでしまう。
「あーー言葉が難しかったかな…えーっと」
「アナタ! どれクラい強いカ!?」
言い直そうと考えていると、突拍子も無くそんな切り返しをされて。
全く意味が分からなかったが、質問に質問で返され、更に質問で返すのもどうかと思い。
「どれ位って…まぁそれなりに」
「本気!? 本気デ探しテるカ?? 手に入れタら分け前ヨコすカ!?」
言葉遣いはともかく、これは収穫有りと判断。
どうやら彼女は何か知っている様で、仕事そっちのけで興味を示す様子から、自らも欲している物であろうと考慮した上で。
「本気で探してる。 見つけたら分け前も渡す…で、薬の在り処を知ってるとか?」
「…あリカ??」
「あ、えっと…薬がある場所ってこと」
「知っテる! 取リに行くナラ、ワタシ仕事終わル!」
「は…?」
言って透かさず立ち上がった占い師。
脇に置いてあった手提げ袋に水晶玉とカードを納め、それを肩に掛けると今度は目の前の木箱を勢いよく担ぎ上げた。
――わお、ダイナミック。
「行ク! 早く! 案内スる!」
「あ…ちょ、待った待った! その前に仲間と合流したい!」
薬の在り処を聞き出せると思いきや、当の情報提供者が行く気満々で。
一体何処に在るのか知らないが、とにかくこの場は彼女の案内に任せる事とした。
占い師の彼女を連れて入口前広場に戻ると、既にアリィ達はそこに居て。
有力な情報を得たのか、もしくはお手上げ状態なのか、遠目に見た2人の表情から何となく窺えた。
「レグザ! あれ…何で木箱なんか担いでるの?」
「…後ろの彼女の荷物。 で、そっちの成果は?」
「さっぱり駄目だ、まず言葉の通じる相手が少な過ぎる…収穫ゼロだ」
やはり2人も言葉の壁にぶち当たっていたようだ。
両者共かなりの博学故に多少の期待はしていたが、どうやら異国の言葉にまで知識は及ばなかったらしい。
「紹介しとく、彼女はこの町の占い師でマコ。 薬の在り処まで案内してくれる。 で、こっちはオレの仲間でアリィとホヴィン…と、珍獣のワンダ」
「は、初めマシテ…ヨロしく頼ム」
「キュウ」
「わ~綺麗な人~! よろしくです!」
「どうも。 しかし案内って…何処で手に入るか教えてくれりゃそれで良いんだが?」
そんなホヴィンの物言いは、オレが数分前にしたモノと同じ。
2人には歩きながら説明する事にして、ここから先はマコに道案内を任せる。
「まズ荷物を置いテ、準備ノ場所に行ク」
「準備?」
「あーーホヴィン、あの山を登るらしい。 薬は山の頂上で手に入るんだと」
「ま、マジかそりゃ!?」
ホヴィンに加えてアリィも驚いているが、つまり登山の為に準備が必要という訳。
マコから聞いた話では、山の頂上に住む巨鳥の爪というのが奇跡の妙薬に他ならないのだと。 鳥の爪を削って磨り潰した物が薬になる。 そんな嘘みたいな本当の話が実在するらしい。
巨鳥…つまり魔物の爪を持ち帰るとなれば、必然的に相手を倒すという事になる。 マコはその巨鳥にたった1人で挑み、命を落とし掛けた事もあるのだとか。
「そういえば、まだ聞いてなかった。 マコはどうして薬が欲しいんだ?」
「…母ガ…不治ノ病」
「あ…」
実に分かり易く、実に切実な願い。
セフィの早期回復を願うオレ達と比べれば、かなり切迫した状況という事だ。
最初に薬の事を尋ねた時、彼女が仕事を中断してまで行動に出た理由が今やっと分かった。
「奇跡の妙薬ってのは、不治の病まで治しちまうのか?」
それは最も気になっていた質問。
聞きたくとも少し躊躇ってしまった、そんな質問を代わりに投げ掛けてくれたのはホヴィン。
「分からナイ…デモ、ソレに望ミ繋ぐしかナイ」
これだけ人の溢れる町で、他に全く情報の得られなかった幻の薬。
ソレはおそらく噂程度のモノでしかなく、実際に使った人など全く存在しない可能性もある。
その効能がどれ程のものか分からないのは当然で、情報源であるノルディーの医者にもっと詳しく話を聞いておくべきだったと少し後悔した。
「着いタ。 レグザさン、水晶台ヲ持っテ頂き感謝」
「水晶台…あぁ、この木箱か」
登山の準備というから家に戻るのかと思いきや、着いたのは路地裏の行き止まった場所。
空き箱や壊れた荷車などが捨ててあるその場所に荷物を下ろし、マコが手に取ったのは布で包んだ何やら長い物体。
「デは行きマス」
「え? 準備ってそれだけ?」
「ハイ、コレ私の武器」
街から目視できる程の近距離にある割と高い山。
その山に登る準備が武器のみというのは信じられなかったが、マコは真剣な面持ちで更に一言付け加えた。
「ワタシ接近戦ダメ、だかラ、強イ剣士サンに出会えテ、とてモ頼もシイ」
言って、手に持った長い物体の布をシャッと引っ剥がした。
その正体は、どう見ても手作りで余りにも無骨な木製のロングボウ。 まさか弓1本で巨鳥に挑んだのかと思うと、マコの無謀さというか肝っ玉に圧倒される。
――弓を扱える占い師…面白いな。
ローブを脱ぎ捨てたマコは褐色の腕と足を露にして、動き易さ重視の正にアーチャー的な軽装。
軽装と言えば聞こえはいいが、言ってみれば非常に露出度の高い服装。
セフィの露出度も結構なモノだが、マコはそれ以上と思われる。
――い、いかん…邪念退散!
アリィの妙な視線を感じた気がして、必死に平静を装って皆を促す。
長弓を背負ったマコを先頭に、目指す山へ向けて歩みを進めるのだった。